夏の樹
夏樹が何かを隠していると思ったのは、彼女の微笑み方、笑い方が原因だった。
こちらに笑いかけているように見えて、彼女はどこか違うものを見ているような目をいつもする。それは、一体何が原因なのか。出会ったばかりの俺には、検討もつかない。
「ここだ」
「・・・・・・武器屋?」
「そうだ」
とても嬉しそうに彼女は言うのであった。
それにしても、こんなところにこんな店あったか?
俺が不思議そうな顔をすると、彼女は察したらしく口を開いた。
「ここは、異世界だ」
「へえー。・・・・・・え、今異世界って言った?」
「うん、言ったぞ」
「ほえー。そうなんだ、異世界なんだ」
もはや、俺はもうどうでも良くなってしまい、とりあえずは受け入れることにした。
魔法使いがいれば、異世界もあるよな。そうだよな。普通だよな。
受け入れたものの、俺は混乱しっぱなしであった。
「で、剣を選べと言いたいんだな」
「いや、もう剣は決まっている」
「え、そうなのか。俺にあった剣を探さなくても良いのか?」
「ああ、神に選ばれたものは、決められた剣を使うようにされている」
「はあ、そうなんだ」
溜息にも近いような相づちをうった。だって、なんかもうよくわからないんだもの。
「なんだ、その顔は。シャキッとせい、シャキッと」
「うるせえ、これでも俺は頑張ってるんだよ」
「頑張っている?何の話だ」
キョトンとして、彼女は言った。
何だそのかわいい顔は。やめてくれ。眩しい、眩しすぎる!今の俺にそれは耐えられん。お前は綺麗な顔をし過ぎている!
・・・じゃなくて、『何の話だ?』じゃねーよ。いきなり異世界に連れてこられて、冷静でいられるわけがないだろ。その辺を分かってくれよ、お嬢さん。
「・・・またアホ面して」
夏樹は、ボソッっと呟いた。
「さあ、中に入ろう」
「お、おう」
俺達は、店の扉を開いた。
チリン、チリン。
心地の良い、鈴の音が店内に鳴り響いた。
「いらっしゃーせー」
気だるそうな低い声で店員は言った。
すると、彼女はズカズカとその店員の前に立ってこう言った。
「あれは、あるか」
「ああ」
店員は、思い出したとばかりに返事をして、店の奥に入って行った。
って、待って。店に入る前、夏樹さん何とおっしゃいました?何気にディスってませんでした?俺のこと『アホ面』って言いませんでした?しかも『また』って。『また』って!
「持ってきたぞ」
「おお、これこれ。見ろ、翔也」
「あ?ああ。かっこいいな。うん、良かったな」
「・・・何を言っている。これは、お前のだぞ」
「ああ、そうなんだ。これは俺のかあ」
どうしたんだとでも言いたげな表情を、彼女はこちらに向けてきた。
そりゃあ、落ち込むって。だって、『アホ面』って言われたんだよ!しかも、こんな美少女に!
「何でそんな元気がないのかは知らないが、ちゃんとこれを見ろ!素晴らしいほどにかっこいいだろう。これは、お前しか使えないのだからもっと喜んで貰わないと困る。本当なら私が使いたいぐらいなんだからな」
「まあ、そうだな。喜ぶべきだよな。うん、嬉しいよ。ありがとう」
やっと、正気を取り戻した俺は、満面の笑みで彼女に応えた。
「うん、その通りだ」
彼女は、得意気にそう言った。
「って、お前魔法使いなのに、剣って使うのか?」
「ああ、使うとも。念のために、な」
「へえー、そうなのか」
感心したと言うように俺がそういうと、彼女は得意気に鼻をフンと鳴らした。
そうか、そうか。そんなに、嬉しかったか。何故だろう。同い年なのに、小さい子供と話しているみたいだ。
俺は、そんなことを微笑みながら考えながら、先ほど貰った剣を改めてじっと見た。
彼女の言うとおり、とてもかっこいい。剣先の滑らかな曲線もとても美しい。持ち手なんて、何とも言えない様な、とてつもなく美しい黒にシンプルであって細かいデザインがほどこされている。切れ味も何だかとても良さそうだ。こんな綺麗なものを俺なんかが使っても良いのだろうか。
「どうだ、気に入ったか?」
「おう」
俺は満面の笑みでそう言った。
「それは、良かった」
彼女はいつもとは違う、今までで一番美しい笑顔でそう言った。
それは、夏に一生懸命に立っているとても凛々しい樹のようだった。