踏み出した一歩
世界を救ってくれと頼まれて、良いと言うか嫌だだと言うか。もちろん普段の俺ならば後者を選ぶに決まっている。そんなことが俺にやり遂げることができるわけがないのだから――
「なあ、お前ってさ一体何者なわけ?」
「私か?私は・・・いわゆる魔法使いってところかな」
「ふーん、そうなんだあ。・・・・・・って、魔法使い!?」
「うん」
彼女は『何を驚いている?』というような顔で返事をした。
あのおんぼろマンションからの帰り道、俺らはお互いのこと、世界の救い方など父さんのことには一切ふれず、話をしていた。お互い気を使っていたのだろう。
「・・・・・・ここ、現実だぞ。夢じゃないんだから、目を覚ませ」
「は?とっくに覚めてるけど」
「いやいや、魔法使いって、ファンタジーじゃないんだから」
「私は本当のことしか言ってないけど?」
彼女は真顔でそう言った。
ほ・・・本気か?何だ、この信じてくれとでも言うようなその瞳は。俺にそんな目で訴えてもだ・・・だめだからな。信じないからな。
「君だってその力は持っているさ」
「分かった。信じる」
彼女は笑顔でそう言った。
俺はうなだれた。
この少女の笑顔には勝てない。負けた。そのとても綺麗な瞳にも俺は弱いみたいだ。
「で、俺はこれから何をすれば良いわけ?」
「うん、そうだな・・・。忠政様から聞いた感じだと、君が何を使うか決めるってところかな」
「何を使う?何だそれ。そんなことから始めんのか」
「そんなこととは何だ。とても大事なことなんだぞ。決めたものによって未来が変わると言っても過言ではない」
彼女はそう、少し怒ったように言った。
未来が変わるって、ちょっと言い過ぎなんじゃ。
と、ちょっと冷たい視線を夏樹におくると彼女は自慢気に言った。
「ちなみに私はどの魔法使いよりも強い。選んだものが良かったんだな」
ムフンッ。
とてもじゃないが『良かったな』と言えるような様子ではない。
俺は一歩退いたように彼女を見ると、ようやく彼女はこちらを見た。
「何だその目は」
「いや、別に」
彼女は睨みつけてきた。
俺は恐ろしくなって、目を背けた。
なかなか鋭い目をお持ちだ。だが、もうそろそろ止めてくれないかな。怖いから。
「・・・じゃあ、お前は何がしたいと思っている」
「な、何があるんだ?」
夏樹は俺を睨みつけたまま、不機嫌そうにそう言った。
感情豊かな子でなによりだ。
「私と同じ魔法か、剣か、銃か、錬金術か、人形使いか、妖精使いってところかな」
「結構多いんだな」
「ああ、世の中には2つのものを使い分ける変な奴もいる」
変な奴って・・・。
でも、すげえな。2つも使い分けるのか。俺にも、できたらかっこいいだろうな。
そう考えていたら、どうやらにやけてしまっていたようだ。
「なんだ君は。気持ち悪い。ニヤニヤするんじゃない」
「え?ああ、ごめん。俺にやけていたか?」
「気持ち悪いぐらいに、とっても」
「ごめんごめん。俺は・・・剣使いにでもしようかな」
「そうか、それは丁度良かった」
彼女は微笑んだ。
「丁度良かった?」
「うん、ついて来い」
そう言って、彼女は俺の前を歩き出した。
何を考えているんだ?
まだ、会って間もない彼女に俺は困惑させられていた。
この少女には、少し近づき難い雰囲気がある。それは、何を考えているかが見えないからなのだろう。
まだまだ蒸し暑い夕暮れ時に、俺は夕日に問うのだった。
『彼女は、何を隠しているのですか?』