本当の標的
「レティア」
「心得ています」
レティアは腰を抜かして動けないベルトルトを守るようにエクスクラメイテッドを構える。
俺は籠手をぎゅっと握りしめてルルと対峙した。
彼女と戦うのは一か月振りになるだろう。
「まさか半年もたたずにお前と戦うことになるとは世界は面白いな」
「俺としてはお前達に会いたくなかった」
「つれないねぇ!ま、手加減しねーけど!」
ダン!と派手な音と共に大剣を構えてルルが突撃してくる。
あの大剣は防ぐことはできない!
防御したら衝撃で自分の体がバラバラになる。
切っ先が天井を抉るほどの大きさを持つ剣の防御は不可能と判断、軌道を見切って横に跳ぶ。
「あめぇよ!」
しかし、相手は鞭を操るみたいに大剣を動かす。
天井から埃や破片を落としながら刃が追いかけてくる。
「相変わらず滅茶苦茶だな!」
「お褒めいただき光栄だ!逃さない!」
俺はアクティブスキルを放つ。
だが、ルルは笑いながら拳を足でいなすと横なぎに大剣を振るう。
「くっ、そぉぉおおおおおお!」
半ばやけくそ気味に体を横にずらす。
背中の骨がグギィと悲鳴をあげる。巨大な刃は俺の鼻先すれすれを通過した。
直撃すれば胴体から下が永遠にさよならしていた。
「やるじゃん!でもこれで終わりじゃ」
「いいや、終わりだぁ!」
足による連続攻撃アクティブスキル【ショットマシンガン】がルルの腹部に繰り出される。
「あ、足だと!?」
攻撃を防ごうにも大剣は大きすぎて戻すのに時間がかかる。直撃したら大ダメージを受けただろう。
「ふん!」
ルルは傍にあったソファーへ倒れこむ。
連続で繰り出す足蹴がソファーを穴だらけにする。
ソファーに倒れこむことによって攻撃をかろうじて躱された。
「驚き、そんなスキルを持っていたのかよ。前よりも成長したってわけか」
「舐めたままでいると痛い目を見るぞ?」
「そうかもな・・・・でもさ」
――そっちも舐めすぎだぜ?
ルルの目線を追いかける。
杖を構えたララが詠唱に入っていた。
「アイツの魔法は時間がかかるからな、ここから止めることは不可能だ」
不敵に笑うルルだが、そっちも落ち度はあった。
「お前も忘れているな。俺には優秀な仲間がいるんだぜ?」
「あ?」
ララの前にエクスクラメイテッドを構えたレティアの姿があった。
「なに!?」
「おっと!」
大剣で突撃しようとしたルルの前に立ち、アクティブスキル【クライ・クライ】を撃つ。
刃が派手な音を立てて折れた。
「どういうことだ!?あの奴隷、いつの間にララへ!魔法を使う痕跡はなかった」
「だから、いったはずだ。俺には優秀な仲間がいると」
「優秀な仲間?」
ルルは俺の後ろを見る。
そこには腰を抜かしていたベルトルトが魔法を使っている体制で動きを止めていた。
「っ、支援魔法か!」
「そういうこと!だよ!」
レティアは近接と魔法の両方が使える。しかし、魔法の使用は少し難がある。そこでベルトルトの支援魔法の出番だ。
風系統の支援魔法で脚力、無音を一定の場所へ展開することでレティアはララの眼前へ瞬時に接近した。
スキルなしの一撃でルルへ仕掛ける。
しかし、そこは経験の差といえばいいのか、繰り出した攻撃をルルは片手でいなす。
「驚いたね!腰抜け男かと思いきや・・・・支援魔法の使い手か!」
「そういうことだ。お前は前衛、ララは後衛なんていうのは前の戦いで分かっている!」
「ちぃ・・・・ま、当然だよな」
動揺していた様子のルルの言葉が普通に戻ったことで違和感を抱く。
気づいた時、壁に体を埋め込まれていた。
「ぐっ!?」
腹部から赤い液体が飛び出す。
袈裟斬りされて、中のシャツが破けている。
「な、ナオヤ!?」
「主≪ごしゅじんさま≫!」
「ぐっ・・・・つぅ」
大丈夫だ、と右手で制して前を睨む。
砕かれた大剣の中から覗くのは獣の牙を連想させる曲刀、橙色の剣、鍔の部分は狼の顔が彫られている。
「おっ、やっぱりだ」
にやりとルルは笑う。
「戦い方はわかっていても私が普通じゃない武器を使うっていうことは予想できていなかったみたいだな」
「そう、みたいだな」
「ま、次は仕留めるから安心してくたばってくれよ」
「そんな予定はない」
「んじゃ、アタシが書き込んでやるよ!」
曲刀を構えて突っ込んでくる。
レティアはララの魔法でこちらへ近づけない。
仕方ない、奥の手を。
「紡ぐ!水の精霊よ、自然を癒しで満たすその力でこの世界の穢れを洗い落としたまえ!」
「うぉっ!?」
ルルは急にバランスを崩して前のめりになる。よくみると足元に水の鎖のようなものが伸びている。
「なっ!?なんだこりゃ」
足を縛る鎖を引きちぎろうとするが魔法で構成されている為、なかなか、解けない。
支援魔法だ。
俺はベルトルトを見る。
ベルトルトは水差しからこぼした水に手を当てて必死に彼女を睨んでいた。
「あぁくそっ!ほどけね、ララなんとかなんねぇ」
「ルル!前」
ハッ、とルルが前を見る。
「よそ見は禁物だぜ?」
曲刀を盾として使おうとするが遅い。
ライトエフェクトを纏う拳を振るう。
轟音が響き、ルルが地面を大きくバウントする。
「や、やったのか?」
倒れて動かなくなったルルをみて、ベルトルトはぺたんと地面に座り込む。
俺も安堵の息を吐こうとした。
「いやぁ、効いたわ」
むくりとルルが体を起こす。
「ひ、ひぃぃぃい!」
「くそっ」
「おっと、ここまでだ」
ルルが手を前に出して制する。
ベルトルトが「くぇっ!?」と間抜けな声を漏らす。
「どういうことだ」
「そのままの意味だよ。これ以上、お前達とやり合うつもりはないってこと、なぁララ」
「うん」
ルルの傍にララが降り立つ。
「な、何を言っているの!?早く奴らを始末しなさいよ」
戦いを傍観していた女が二人の所へ近づく。
「そうね、ルル」
「ほいよ」
流れる動作で曲刀を女の心臓に突き立てた。
「る、ルテイル!!」
ベルトルトが悲鳴を上げる。
女は胸元を見てから二人をみた。
どうして、という言葉の代わりに血が流れる。
「悪いな」
「上からの命令、貴方は行動が雑すぎた。尻尾を掴まれる恐れがあるから排除しろろってさ」
「そういうこと」
曲刀を引き抜いて指で後ろに押す。
抵抗できないままルテイルは大きな音を立てて倒れる。
「ま、目的は果たしたから帰るわ」
「このまま返すと思うか?」
「勘違いしない方がいいわ」
ララが杖を俺達へ向ける。
「私達は上からの命令で全力を禁じられているの。本気を出したら貴方たちなんか敵にすらならない」
「そーゆうこと、ま、ナオヤとはいつかガチでやりあってみたいけどね」
妖艶な笑みを浮かべながら二人は壁を砕いて外へ飛び出した。
慌てて追いかけるが既に闇夜の中に溶け込んでとらえることができない。
「・・・・逃げられた、いや、逃してもらえたか?」
「おそらく、魔導師の方も全力ではありませんでした」
レティアも暗闇を見る。
ルルとララ。
あの二人が所属する組織って、一体なんなんだ。
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「どうして神器を抜いたの?」
「んー、気分かな」
隣でララが尋ねる。
ルルの返答に顔をしかめたのをみて慌てて訂正した。
「冗談だって、なんていえばいいのかな。アイツとやりあっているとさ、ここが熱くなるんだよ」
トン、と形のいい胸元を叩く。
「熱く?」
「そう、アイツが攻撃を繰り出す度に全身がひんやりとして次に何をしてくるのか、次はどうしようか考えが次々と浮かび上がってくるんだよ。今まで誰かを殺すときはそんなこと考えなかったんだけどさぁ~」
「だから、神器を発動させたの?」
そうかもしれないと笑う相方をみてララは顔をしかめる。
表面は明るい性格をしているが根っこの部分は自分と同じくらい人を殺すことへ冷酷になれる人間だ。
そんな彼女が戦いの中で快感を見出している。
原因があの少年であることに不快感を覚えた。
「どうした?急に不機嫌な顔して」
「別に」
嘘だ。
ララにとってルルはなくてはならない存在、半身といっていいほど大事だ。
そんな彼女が自分以外へ興味を示し始めているということに良い気分ではない。
このままだと、彼に気持ちが傾く危険がある。
滅多なことがない限り彼らと自分達が遭遇することはないだろう。
だが、この世に絶対というものはない。
組織の活動がこれから激しくなれば嫌でも彼らと遭遇する。
赤城ナオヤが探求者である限り・・・・。
「さて、次の依頼はなんだろな~」
隣で呑気なことをいう彼女を心の中で愛しいと感じながらララは答える。
「しばらく休暇、だって、アイツがしばらく暴れまわるもの」
「あぁ~、それは」
「・・・・どうしたの?」
ルルをみると、獣のような、けれど、どこか女らしさを混ぜ合わせた妖艶な笑みを浮かべていた。
あぁ、何を考えているかわかったぞ。
「赤城ナオヤと戦える楽しみが増える」




