従事か反逆か
ベルトルトはもやもやした気持ちのまま拠点の中を歩いていた。
ルテイルの約束の刻限まであと僅か。
決断をしなければならない。
そうでないと大変なことになる。
予感がベルトルトの中にあった。
だが、なんていえばいいのだろうか?
ここにきてベルトルトは強攻策をとるという選択に悩みがある。
今までは強攻策をとることで救われた奴隷がいたことも確か。けれど、ナオヤ・アカギとレティア、あの二人に対して、強攻策を行うことに激しい抵抗を覚えつつあった。
こういう時、誰かに悩みを打ち明ければどれだけいいだろう。
だが、ベルトルトにそんな友達もいなければ、仲間もいない。
「一人って、こんなつらいものなんだな」
赤い空を見上げてベルトルトは誰に言うもなく呟いた。
残り時間が少ない中で街を歩く。
拠点の中は活気にあふれている。
左右に展開されている店で様々な食材が並んでいた。
「(本当にこの拠点は・・・・活き活きとしているな)」
他の拠点と比べて、ここは圧倒的に活気で溢れている。
まだ完成していないということを除いても、街に住む人達ははどこか暗い。
そこの人達の気分が沈んでいれば、犯罪も増す。
罪のない人が奴隷へ落とされることがその例だ、だからベルトルトは奴隷解放のために奮闘した。
中にはいわれのない罪で奴隷へ落とされた人もいる。それを解放するためにベルトルトは相手のことを調べ、それを解放団体の会議で報告してギルドへ提出するなどを行ってきた。その中でナオヤとレティアの二人は今までとどこか違う。
具体的に何がとはいえない。
けれど、レティアが操られているように見えなかった。無理に引きはがす必要はないんじゃないか?とはじめて思えた。
「・・・・どうしたらいいんだ」
最初に戻る。
ルテイルに伝えたところで変化は起きない。
自分があの二人に対してなんとかしないといけないのだ。
そんなことを考えていると聞き覚えのある声が耳に入る。
顔を上げれば、民家の上にナオヤの姿があった。
手に何か作業をしている。
何をやっているのかとベルトルトは視線を向けた。
しばらく様子を伺っているとクエストを受けているんだと察する。
梯子を伝って降りたナオヤへタオルを持ったレティアが近づく。
遠くで話が聞こえない。
ベルトルトは無詠唱で魔法を発動させる。
本来、盗み聞きなど言語道断なのだが、切羽詰まっているベルトルトはそんなことを考えていなかった。
『これでクエスト終了だな』
『お疲れ様です・・・・あの、御聞きしてもよろしいですか?』
『なんだ?』
『どうして、クエストを続けるのですか?武器や防具の整備は完了したではないですか』
『借りを作ったままっていうのが嫌なんだよ』
『借り、ですか?』
『そ、本来なら自分で何とかしないといけないところをアイツの手助けで武器の整備の金が手に入った・・・・俺は誰かに借りを作るのは嫌だ』
『主は本当に頑固ですね』
『俺の覚悟、だよ』
『覚悟?』
『別の言い方をすれば流儀かな?』
聞こえてきた言葉にベルトルトはなんともいえない表情を浮かべる。
「覚悟か・・・・」
「ベルトルト様」
後ろから気配を感じて振り返る。
そこには白いローブを纏った団員がいた。
「時間です。我々は」
「待ってくれ!」
今にも二人へ向かおうとする団員へベルトルトは待ったをかける。
「彼らは手を出す必要がない」
「・・・・どういうことでしょうか?」
「その、彼らは無害だ。我々が手を下し、引きはがす必要はないと、は、判断した」
か細いながらもベルトルトははっきりと団員達へ伝える。
――手を出すな、と。
しかし、団員達は引き下がる様子を見せない。
「そうですか、やはり、洗脳されていますか」
「は、はぁ?」
突然の団員の言葉にベルトルトは困惑する。
何を言い出すと。
「ルテイル様の仰ったとおりだ」
「ですが、ご安心ください。ベルトルト様」
「貴方様は我々の手によって目を覚ますでしょう」
団員達がこぞって武器を構える。
突然の事態にベルトルトは言葉を失う。
動けない彼へ凶刃が迫る。
異変に気づき、逃げようとするベルトルトだが、間に合わない。
刃が彼の心臓へ貫こうとしたとき、頭上を赤い炎が飛び越えた。
「ぎゃああああああああああああ!」
炎は短刀を繰り出そうとした男を焼く。
人の焦げる臭いと悲鳴にローブの団員達は後ずさった。
「何やら物騒な空気だったんでな、乱入させてもらう」
ベルトルトを守るようにナオヤとレティアが前に立つ。
「あ、え」
事態についていけないベルトルトを置いて、ナオヤが残りの団員達を睨む。
先ほどの魔法で二人を脅威と感じた団員は火が消えた仲間を抱えて、その場から離れた。
「索敵しましたが、監視の目はありません」
「そうか・・・・んで」
ナオヤは座り込んでしまっているベルトルトへ振り返る。
「どういうことか説明してもらえるか?」
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例の団員達はどうやらベルトルトの部下らしい。
けれど、自分を襲おうとした理由についてははっきりとわからないそうだ。
自分が洗脳されていると言い出し、ナイフで刺そうとした。
「極端すぎる展開だな」
話を訊いて、俺は思った。
極端すぎるだろ。
拒否したら殺そうとするとか、どこぞの宗教団体か。
呆れて言葉の出ない俺にベルトルトは溜息を吐く。
「どうして、こんなことに、僕は反対しただけで」
「沈黙の螺旋効果だな」
「沈黙・・・・なんだって」
「簡単に言えば、大きな意見に小さな意見は逆らうことはできない。ベルトルトの意見よりもそのルテイルとかいう奴の力が強いってことだ」
「そんな・・・・僕は今まで」
「主≪ごしゅじんさま≫、どうなさるつもりですか?」
項垂れるベルトルトの横でレティアがいう。
「ギルドホームへ文句を言えばそれで終わりだが、流石にこっちも我慢の限界だ」
「それでは」
「乗り込む。その解放団体とかいうところに」
「な、待ってくれ!」
ベルトルトが立ち上がる。
「待たない。はっきりいってお前達の行動にはいろいろと迷惑なところがある。それをはっきりと伝える。それの何が悪い?」
「う、でも」
「ベルトルト様、あきらめてください」
レティアがぽん、とベルトルトの肩を叩く。
「私の主≪ごしゅじんさま≫は頑固ですので、決めたら絶対に曲げません」
「わかっているじゃないか」
俺が笑うとレティアも笑みで返す。




