はた迷惑な依頼
「匿ってくれ!」
ギルドホームの一角、レティアと共にクエストを選択していた俺のところにベルトルトが駆け込んできた。
昨日の傲慢、リーダーとしての器、それら全てが幻想だったんじゃないかと思わせるほど、目の前のベルトルトは違っていた。
顔面蒼白、足は生まれたての小鹿みたいにプルプル震えている。
走ってきたのかとても疲れている様子だ。
「・・・・は?」
把握する前にベルトルトが俺にしがみついてくる。
なりふり構っていられない様子に戸惑う。
異変を察知したミゥーゼルさんがやってくる。
「どうされました?」
「いや、俺も事情がまるで理解できていないんです。あの、個室、お借りしてもいいですか」
「こちらへ」
尚もしがみついて離れないベルトルトを引きずるようにしてミューゼルさんの後に続く。
個室の中に入り、しがみついているヤツを剥がす。
「ぶべ!?」
設置されているソファーにぐでん!と頭から落ちたようでごろごろと地面を転がる。
「終わったら呼んでください」
「ありがとうございます」
一礼したレティアへ微笑みながらミューゼルさんは出ていく。
残されたのは俺達三人のみ。
がくがく震えているベルトルトの反対側に腰かけて俺は睨む。
「さて、何用だ?」
「は、は、は、恥を承知で頼む!僕を助けてくれ」
「そこが理解できない。奴隷解放団体のお前からすれば俺は敵だろ」
「そ、そ、そ、そ、そうかもしれないが、頼む!!この拠点で頼れるのがキミしかないんだ!!」
「あの、主≪ごしゅじんさま≫、まずは話だけでも聞いていませんか?それから判断した方がよろしいかと」
「そう、だな」
傍で立っていたレティアの進言を俺は受け入れる。
「話せよ。頼みを訊くのはそれからだ」
「あ、ありがとう!ありがとう!」
「話を訊く、まずはそれからだ!」
勝手に喜んでいるベルトルトに釘をさして、俺は話を促す。
しばらくして、彼は口を動かす。
「婚約者から逃げたい!?」
「そ、そうなのだ」
ベルトルトの話の内容は至ってシンプルなもので、家族間で結んだ婚約者がこの拠点にやってくる。彼女が苦手でのがれるためにしばらく匿ってほしいというものだ。
「か、か、彼女は僕の話を聞いてくれないんだ!どんなことも自分優先で、僕を尻に敷こうとするんだ。あんなの、絶対に嫌だ。僕は、僕は、に、に、逃げるんだ」
「いちいち震えるな。話は理解できた。だが、何故、俺のところに来た?」
そこが疑問だった。
「俺とおまえの仲はすこぶる悪い。さらにいえば決闘をしたばかりだ。何故、俺に頼む?」
「た、頼れる人がいないからだ」
「そこで俺に白羽の矢が当たる理由がわからない。何かあれば団員に頼めばいいだろう」
「む、無理だ」
「なぜ?」
「だ、団員のほとんどが彼女の部下だからだよぉ」
「「・・・・」」
俺とレティアは互いを見る。
なんといえばいいのだろう。
「「ご愁傷様?」」
「だ、だから助けてほしいんだ!!」
思ったことを口にすると叫びをあげるベルトルト。
なんだかなぁ。
「団員の仲間に飛び込めば、婚約者に見つかりアウト、そこで面識があるけれど連中の息がかかっていない俺か?」
「そうだ!君と外に出ていれば問題がない!」
「・・・・ならば」
「ひ、引き受けてくれるのか!?」
「無理だ」
「なぜ!?」
目を見開いて叫ぶ。
「俺は武器と防具がない」
「だから、どうして!?」
「修理などの費用が不足している。だから他を当たれ」
「だ、だったら!」
ベルトルトは意を決したように叫ぶ。
「僕がその代金を払う」
「あ?」
「く、クエストだ」
ベルトルトが叫ぶ。
「僕はキミへクエストを依頼する。クエスト報酬として、武器の修理費用を受け持つ!今日一日、拠点の外で活動することだ」
「依頼なら仕方ない。受けるよ」
「本当か!?」
「ただし、こちらも条件を提示する」
「な、なんだ?これ以上、金を要求するというなら」
「クエスト中、奴隷云々の話をするな」
「なに」
面食らったようなベルトルトに俺はいう。
正直、クエストの間、コイツにずっと奴隷云々の話を訊かされるのは迷惑だ。
外に出るならレティアも同行するだろうし。
「わかった。その話はしない」
「ならば、問題ない」
「早速、外に出よう」
個室を出てミューゼルさんの下へ向かう。
「ありがとうございます」
「話し合いは終わったみたいですね」
「えぇ、これから拠点の外に出ます」
「そうですか、最近、物騒ですから気を付けてくださいね」
「外はいつも危険じゃないですか」
エネミーがうじゃうじゃ。
安全な場所を探す方が難しいだろう。
「いえ、それもあるんですが・・・・これはオフレコで頼みますよ」
「なんです?」
「最近、拠点の外と中で人身売買を目的とした誘拐が起きているみたいなのです」
「誘拐?」
「そうです。誘拐して無理やり奴隷印を刻み込み、売り払う。そういう組織が暗躍していることでギルドホームは警戒に入っています」
「俺達も気を付けろということですね?」
「はい、最近、ナオヤさん達も有名になりつつありますから」
「・・・・わかりました」
「エネミーと戦うわけだ。お前の得意な分野は?」
「魔法だ!僕は後方による詠唱魔法が得意だ」
「そうなると前衛は私と主≪ごしゅじんさま≫になりますわね」
「・・・・なんだと!?レティアさんが前衛!?」
「いきなり叫ぶな、耳が痛い」
「し、しかし、彼女が前衛というのは危険が」
「ご安心ください。こうみえて、私は前衛職も可能ですから」
微笑みながらレティアはアイテムカードから呪剣・エクスクラメイテッドを取り出す。
刃をみて、ベルトルトが後退る。
「す、凄まじい魔力だ。れ、レティアさんは魔法剣士なのか!?」
「私はただの奴隷です。主≪ごしゅじんさま≫の為だけに剣を振るいます」
ビクッ、とベルトルトの顔が歪みながらも「そうか」と頷いた。
奴隷という部分に反応したみたいだが堪えた様子だ。
「支援魔法は使えるのか?」
「自慢ではないが支援魔法ほど得意なものはない!」
胸を張るベルトルトに微妙な気持ちを抱きながら俺はレティアへ視線を向ける。
大丈夫か?という意味で。
「問題ないかと思われます」
察したレティアが頷いたのを確認して、俺は装備を整える為にトラーの店に入った。
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「なるほど、思いのほか早く金が用意できたから怪しいと」
「思うよな。残念ながら事実だ」
トラーがなるほどと納得した表情を浮かべる。
「それで、頼んでおいた武器と防具は?」
「一応、整備と錬成は終わっている。これだ、これ」
トラーが箱を取り出す。
中に入っているのは漆黒の籠手と銀色のコート。
「籠手は元通りだけど・・・・このコートなんだ?」
膝元までの銀色のコートで、ところどころに黒いラインが施されている。
素材は前に使っていたミスリルブラックコートよりも上質だった。
「スピード系統のエネミーを基にして作った。防具名はシルバーラインという」
「シルバーライン・・・・ね」
コートを表裏とひっくり返してから身にまとう。
前よりもしっくりくる。
「なんか、初めて使うという感覚がないな」
「当然だ」
箱を片付けながらトラーが頷く。
「お前が使っていたミスリルブラックコートをベースに素材をふんだんに使ったものだ。お前が慣れたように感じるのは当然だ」
「・・・・なるほど」
道理で、とトラーの言葉に納得する。
「ありがとうな、トラー」
「商売だからな。代金はちゃんともらうからな」
「あそこにいるヤツに請求してくれ」
「ほぉ~・・・・アイツと一緒に行動しているのか!?おいおい、大丈夫なのか!」
「問題ない筈だ。何かあれば対処する」
「そうか・・・・ま、アイツ個人に関してはあまり悪い噂を聞かないから安心してもいいと思うがな」
「そう、なのか?俺からすれば迷惑以外の」
「悪い噂はあの団体だ。アイツ個人に関しては良い噂もあったぞ。困っている人を助けたり、不労の子に職を探しているとかな。ま、噂は噂だ。お前が判断することだぞ」
「わかってる」
新しいコートを羽織って、俺はレティアの下へ向かう。
「主≪ごしゅじんさま≫!」
「悪い、遅くなった」
「それが新しいコートですか?似合っておりますよ」
「ありがとうな」
いえ、と微笑むレティアをみてからベルトルトを見る。
「外に行くぞ」
「お、おう」
どこか緊張した様子のベルトルトをみながら俺は籠手を握りしめる。
整備された武器はとても使いやすく思えた。




