小さいけれども大きな一歩
意識を取り戻したと聞いて俺は彼女の部屋へ向かう。
中に入ると体を起こそうとして奮闘しているレコーの姿があった。
「無理しない方がいいぞ」
あいている椅子へ腰かけると彼女は動くのをやめて顔だけで見る。
少し顔を赤らめているのは足掻いていたところを見られたことによる恥ずかしさだろうか。
「私は・・・・何日、眠っていた?」
「ほんの数日だ」
余談だが、俺も意識を失っていて、先日、目を覚ましたことは黙っておく。
「あれから、何が」
「俺も人づてだからしっかり話せないが、いいか?」
「うん」
俺は彼女へ説明する。
巨大エネミーと戦った後、遅れてやってきたアテナの手によって俺達は迷宮から脱出した。
転移アイテムはエネミーを撃退した後に使えるようになったらしくアテナは俺達を抱えて迷宮から脱出、拠点まで戻る。
そして、宿で療養中だ。
「・・・・迷宮攻略は」
「ギルドの判断でしばらく中止。攻略済みの階層に未確認のトラップがあったことから詳しい検査を行ってから、ということだ」
「そう」
レコーは天井を見上げる。
迷宮攻略ができないことを悔やんでいるのか、それとも別の理由か。
彼女が何を考えているか判断がつかない。
「あ、そうだ」
ポケットから小さなぬいぐるみを取り出す。
「っ、それ!」
「迷宮で落としたんだけど、キミのだろ」
ぬいぐるみを渡すと人目を気にせず抱きしめる。
よっぽど大事なものなのだあと様子からみて判断した。
「今度はなくすなよ」
「・・・・わかってる」
レコーが半眼でみてくる。
機嫌を損ねてしまったか?
困惑している俺の前でレコーがぽつりと呟く。
「・・・・ありがとう」
「え?」
「ありがとうと言った!」
顔を赤らめている彼女になんといえばいいのか、声が出ない。
いきなり感謝されたら困る。
動揺している俺へレコーはいう。
「これから、どうするの?」
彼女のいう“これから”は迷宮攻略ができなくなってどうするのかという意味だろう。
「元の世界へ帰るための手段を探す」
「そう」
帰る為の方法、強くなることと並行して行わないといけないもう一つのこと。
俺は元いた世界へ帰るんだ。
「結果がでないとしても?」
「そうだな・・・・出ないかもしれない、でも見つからないなんて確証もないだろ」
「そうね」
レコーは小さく笑う。
至って真面目な話をしているつもりなんだが。
「なら、これからもこの拠点で活動を続ける?」
「そうなるかな・・・・」
かつて共に戦った仲間や相良達は別の拠点で活動することを選んでいる。
だが、俺はまだ他の拠点へいくことを決意していない。住み慣れてきているというのもあれば、もっと別の、他の拠点へいく理由を見いだせていないのかもしれない。
そういえば、レコーは七徳姫なんだから彼女の生活している拠点があるはずだ。
戻らなくていいのだろうか?
「と、時々でいいから・・・・クエストを、一緒に受けてほしい」
シーツに顔をうずめるようにしてレコーが尋ねてくる。
「別にいいぞ」
「ほ、本当に!?」
レコーはがばっと体を起こす。
だが、筋肉痛で顔を歪めて元に戻る。
「無理するなよ」
「だ、大丈夫」
彼女を見つつ、俺は溜息ひとつ。
「なに?」
「いや、どこか変わったなって」
仕草の一つ一つが機械的だったレコー、本当に人なのかと思うほど無駄な動きを省いていた彼女、今は明らかに違うとことが多い。
人間らしくなったといえばいいのか。
俺の言葉に納得したようにレコーは頷く。
「変えたのはあなただから」
「俺か、そうだな、俺だ」
否定できない。
暗闇の世界でのやりとりが本当≪しんじつ≫ならばレコーという少女を変えたのは他ならぬ俺だ。
あの時のことが事実だというのなら彼女を変えた責任があるかもしれない。
「頑張るから」
「・・・・え?」
「これからも頑張る」
そういって顔を上げたレコーは今までにないくらい人間味を帯びていて、可愛い少女だった。
「いやはや、困った困った。まさか迷宮の奥にいたアイツまで倒しちまうなんて予想外にもほどがあるわぁ」
薄暗い空間、そこでロキの声が響く。
『甘い』
『のんびりしている暇はないぞ』
『第一の塔に加え、迷宮の番人まで攻略された』
『いずれは、ここにたどり着くことも』
「それは臆病すぎるってもんだぜ?忘れたわけじゃないだろ?過去にここへたどり着けたのは“魔皇”のみ。一族を一掃したから何があろうとヤツがよみがえることはないんだぜ?」
『・・・・』
反論する声はない。
ロキは内心、臆病な姿勢ばかりとる声の主達を馬鹿にする。
過去に一回だけ攻め込まれただけでこの怯えよう。
“本当の戦争”がはじまり、不利になればこいつらは逃げの一手に走る。
見限る時が近い、とロキは思考した。
「さて、塔と迷宮の一つが攻略された以上、そろそろ動き出すべきじゃないかねぇ?」
『まさか』
『あれを投入するというのか?』
『まだ時期は』
「遊びも真面目にやっておかないと楽しみがなくなるというものでしょう?そろそろこちら側も力を入れてみてもいいかと思うのですよね」
声達にざわめきが広がる。
それだけ彼の提案したものの扱いに困っているということだろう。
しばらく議論する声が飛び交う中、ロキへ一つの声が尋ねる。
『貴方があれを提案するほど奴らは力をつけているということですか?』
「状況を鑑みる限り、私は必要だと思います」
『ならば、あれの目覚めも必要のないことでしょう』
「ありがとうございます」
『ただし』
ほくそ笑むロキの頭上で高い声が響く。
『あれの目覚めにはフレイヤとオーズを参加させます。よろしいですね』
「わかりました」
舌打ちしたい衝動にかられながらもロキは深々と頭を下げる。
――楽しい宴の時は近い。




