心ノ傷ヲ映ス魔
転移の気持ち悪さに吐き気を催しながら俺は周りを見る。
トラップで飛ばされた場所は闘技場のような空間だった。
入口や出口らしきものは見つからない。
もしかしたらここが最後の階層なのだろうか?
ふと、足元を見ると小さなぬいぐるみが落ちていた。
触ってみるとふわふわした犬のようなぬいぐるみ。
「なんだ、これ?」
――迷宮の中にぬいぐるみ?
考えながら調べようとしたところで顔を歪ませる。
目の前、闘技場の中心地に巨大な鏡のようなものが浮いていた。
――【ハートオブペイン】。
目に入るとエネミーの名前が表示された。
それよりも別のものに俺の目は奪われる。
巨大な鏡の目の前、生贄のように空中へ捧げられた少女の姿。
「レコー!!」
巨大な鏡の前で拘束されている少女は意識がないのか動かない。
彼女を縛っている蔓は鏡から伸びていた。
あれは敵だ。
アクティブスキル【クライ・クライ】を鏡に向けて攻撃しようとした所で拘束していた蔓の一部が動いて襲い掛かる。
鞭のように振るわれた蔓が籠手にぶつかる。
派手な衝撃に手が痺れた。
しかし、クリティカルは起こった。ブチリと音を立てて千切れる。
グチン!と横から別の蔓が飛来した。
死角からの攻撃に対応できず地面に倒れる。
視界が揺らぐ。
血管のどこかを切ったのだろう左目が真っ赤に染まった。
「くそっ、出し惜しみしている場合じゃない」
両手の籠手が赤い炎に包まれる。
迫る蔓が触れようとしたところで燃えた。
「使いこなすの難しいな」
悪態をつきながら地面を蹴る。
俺が使っているのは少し前に手に入れたアクティブスキルとは別の力【精霊の四元素】、エレメンツフォースだ。
これは精霊テトラがいなくなった時に俺のステータスに“追加”されていたもの。
魔法が使えない俺が唯一使えることができる魔法の一つだ。。
このスキルは籠手に【精霊魔法】を宿す。
本来なら俺は魔法を使うことができない。
ステータスにあるように魔法素質が0だ。どう足掻いても魔法は使えない。
けれど、このエレメンツフォースは籠手に精霊の魔法を記憶させており、マナと呼ばれるものを吸収して力に変えている。
魔法は体内の魔力を変換させることで使うが、エレメンツフォースは周囲の自然力【マナ】と呼ばれる力を籠手に通して変換、魔法を発動させる。そうすることで魔法もどき(レティア談)を使うことができる。
蔓が燃えて怯んだことを確認しながら地面を蹴った。
次々と飛ぶ蔓を躱しながら彼女へ近づく。
阻もうとするものはすべて焼き尽くす。
精霊魔法の一つ炎の壁【ファイヤーウォール】が接近するものを燃やしていく。
絶対防御ともいえる力だが欠点もある。
さらにいえば、エレメンツフォースを使いこなせていない。
籠手へ視線をおろせば籠手の輝きが明滅している。
5分間、
それがエレメンツフォースを使える時間だ。
残り時間は2分ばかり。
急いで彼女を助けないといけない。
彼女を拘束している蔓の数は減っている。
残りの蔓が牽制するように放つ攻撃を躱し、地面を蹴る。飛来する蔓を壁が燃やしていく。
彼女を拘束している蔓を炎で燃やし、鏡へ拳をぶつけた。
派手な音を立ててガラスが砕け散る。
――ことはなく。
「なに!?」
鏡は割れず、それどころか腕を吸い込んでいく。
引き抜こうとしたところで俺の意識は闇の中に落ちた。
「って、あれ?」
真っ暗な闇の中に立っている。
どういうわけか学校の制服を着ていた。
俺だけかと思ったが、泣きじゃくっている女の子がいる。
三つ編みにしようとして失敗したような髪型、ぶかぶかの民族衣装、幼いながらも整っている顔立ちは悲哀に満ちていた。
レコーが幼くなったらあんな感じだろう。なぜか、泣いている子と彼女の姿が重なる。
「あの子はどうして」
近づこうとしたところで声が聞こえてくる。
他に人がいるのだろうか?
探そうとしたところでそれは違うものだと気づく。
『あの子、まぁた成績悪かったそうよ』
『他の子はエネミー討伐を集団でできるようになっているのに』
『本当にあの子が姫の素質を持っているの?』
『もしかしたら間違いじゃ』
『いっそ、処分すれば』
『今まで反応がなかった弓を彼女が触れたら輝きを放った。素質を持つものを確保しない限り拠点は万全にならないのだ』
『我々に必要なのは最強の七徳姫、それもこの弓を使いこなせる完璧な姫君だ』
『そのためなら我々はいかなる手段も』
『完璧であれ』
『完璧であれ』
『完璧であれ!』
聞こえてくる声は他者を貶すもの。
しかも、一人の少女に向けられている。
「なんだよ、これ」
ようやく絞り出せた声は小さい。
小さな少女に大人達がぶつけるものは普通ならありえないもの。
何で、こんな子が大人にけなされないといけない?
どうして、こんな子に大人達は自分達の気持ちを押し付けているのだろう。
「ふざけるな・・・・」
彼女はゴミ箱じゃない。
自分達の理想の為に一人の少女を犠牲にして七徳姫を作り上げたということにどうしょうもない怒りがこみあげてくる。
――【???】が・・・・
「ふざけんなよ!」
どうしょうもない怒りを外へ吐き出す。
囁いていた声達が静かになる。
言い方はおかしいかもしれないが声がはじけ飛んだ。
静かになった空間に女の子と俺だけになる。いや、もともと二人だけしかいないのか。
俺は泣きじゃくっている女の子に近づく。
近づくと女の子が泣きながら謝っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、が、がんばるから、わたし、がんばるから、だから」
「無理して頑張る必要はないんじゃないか?」
「え・・・・」
「今までどんなことがあったのかわからないから、俺はやめろとはいわない。けれど、何でも全力で挑んでいたらいつかパンクするぞ」
「私は七徳姫にならないといけない、完ぺきな」
「どうして?」
「七徳姫は完ぺきでないといけない」
「そんなものか?」
なんともいえない表情を浮かべる。
七徳姫=完璧という図式が頭で結びつかない。
さらにいえば、接してきたアテナすら完璧という文字が程遠いものだ。
俺は頬をかきながら尋ねる。
レコーはぽつぽつと話し始めた。
かつて、先代の七徳姫は知識という全ての知識を持って敵と戦い完璧なる勝利を収めてきた。
故に、彼女の守ってきた拠点で七徳姫は完璧でないといけないという決まりがいつの間にかできていた。
七徳姫育成では様々な知識を叩き込まれる。
その中でレコーは血を吐くような努力の果てに七徳姫と周りから認められた。
「だから、私は完ぺきに」
「阿呆だな」
「・・・・なっ!?」
俺はレコーに言う。
「何を」
「七徳姫っていうのは周りから認めないと名乗ったらダメなのか?」
「それは・・・・・でも、完ぺき」
「お前のいう完璧な七徳姫ってなんだ?」
「何もかもこなして」
「アテナは口下手だぞ」
「それは・・・・」
「完璧に見えるのか?」
口ごもるレコーへ俺は尋ねる。
「七徳姫として完璧さを目指すっていうなら俺はとやかく言わない、でもさ、周りからいわれて完璧さを求めるっていうならやめろよ」
「でも、私は、完ぺきでないと必要とされない」
「俺はお前のこと必要だぞ」
「・・・・ぇ?」
驚いた顔をするレコーへ俺はぬいぐるみを取り出す。
それを彼女へ差し出す。
「お前は俺にとって必要だ。だから無理をしているお前を見るのは嫌なんだよ」
「どうして、私は完ぺきじゃぁないから」
誰からも必要とされない――先を言う前に少女を抱きしめる。
「俺はお前の力が必要だ。完璧、完璧じゃないは関係ない。俺は」
少し息を継ぎながらまっすぐにレコーを見据える。
「俺はお前が必要だ」
泣いていたレコーが涙をこぼす。
「あ、わ、悪い、俺」
「ううん、違う」
ふるふると泣きながらレコーは顔を上げる。
そこで、俺の意識は闇の中に落ちた。
▼
「・・・・うっ」
鈍痛を感じながらレコーはゆっくりと体を起こす。
砂が口の中でざらざらと音を立てる。
何が起こったのか、
「そんな・・・・!」
目の前の巨大な鏡のエネミー。
その中心に半ば吸い込まれている赤城ナオヤの姿があった。
「・・・・助けないと!」
体を起こして背中の矢筒へ手を伸ばして固まる。
捕まる最中で潰れたのか、残りの矢すべてが役に立たない。
「そんな・・・・」
矢筒を覗きこんだレコーは愕然とする。
彼女が使う武器は弓矢、そして短剣。
短剣はエネミーに破壊されている。
弓は聖武器だから滅多なことがない限り壊れない、だが、矢は違う。
先端は魔石を用いているがそれ以外は普通の素材。
弓で使うことができない。
一つだけ、
たった一つだけ矢がなくても戦うことができる方法がある。
しかし、それを使うことはレコーにできない。
「何も、できない?」
無力感、
その言葉がレコーの体にのしかかる。
完璧でないといけない、
七徳姫である自分は無力であってはならない。
計画通りに全てをこなさないといけないのだ。
だから。
「(計画もなしに戦うことは許されない)」
今までの彼女なら戦闘を行わず、この場から離脱して装備を整える。
敵のスキルや攻撃パターンの検討はついていた。
それならば、と頭の中で声が響く。
「でも」
ぎゅっ、とレコーは弓を握りしめる。
――逃げたくない。
今までなら計画通りに進めただろう。
レコーはそうすることを拒否、したかった。
けれど、今の彼女に戦う術がない。
弓だけで戦うことは無理だ。
レコーの目から涙が零れる。
――悔しい。
何もできない自分が腹立たしい。
目の前にいる人間一人助けられないのか?と涙が流れる。
零れる涙は握りしめている聖弓に落ちた。
ピコン、音が響く。
レコーの目の前で聖弓が輝きを放つ。
「弓が・・・・」
宙に舞う弓をレコーはゆっくりと掴む。
【制限解除】という文字が弓から表示された。
困惑するレコーは指でタップする。
【制限解除】項目。
【光の矢】【炎の矢】【水の矢】【雷の矢】【風の矢】【土の矢】が解放されました。
現れた内容に目を通してからレコーは顔を上げた。
瞳にさっきの絶望の色はない。
むしろ強い意志を宿していた。
エネミーは既にレコーへ興味をなくしているのか怪しい動きを見せない。
眼中にないというのならそれでもいい。
残っていた涙を拭い去り、両手の中の弓を静かに構える。
「一の弓≪ファーストアクティベート≫」
紡いだ言葉と同時に彼女の手中で光り輝く矢が現れた。
狙いはエネミー。
放たれた光の矢はエネミーの鏡を貫く。
ビシリと小さな亀裂がエネミーの体に刻まれる。
攻撃されたと認識すると残りの蔓がレコーへ伸びた。
伸びてくる蔓に慌てず冷静に構える。
「二の弓≪セカンドアクティベート≫」
炎をまとった矢を蔓に向かって撃つ。
蔓は躱そうと動くが炎はまるで生き物のように追尾して焼き尽くす。
その間を縫うように走ったレコーはもう一度、矢を形成する。
続けて矢を撃たれたエネミーは後退していく。
ずるずると下がっていくと鏡から彼がずり落ちようとしていた。
――もう少しだ。
彼へ視線を向けながらレコーは三番目の矢を形成、放つ。
限定解除された知樹の聖弓は【六の矢≪シックスアロー≫】を形成する能力があった。
言葉を紡ぐことで矢を形成≪アクティベート≫、射出する。
【六の矢】は魔法で言う属性を宿しており、最初に放った一の矢は光、二の矢は炎属性、目の前のエネミーの属性判断がつかない為、効果的なものを選択して攻撃している。
「急がないと・・・・」
乱れる呼吸を無理やり整えながら弓を構えた。
魔法属性を使えることは戦闘において有効だが、同時にデメリットも抱えている。
人間が使う魔法は体内に宿している魔力を消費する。
レコーが使う【六の矢】も同様に魔力で形成されるもので、七徳姫は常人と比べると膨大な魔力を宿しているとはいえ、迷宮の戦闘続きで魔力の消耗も大きい。
だが、退くつもりはない。
レコーは一息おいて、言葉を紡ぐ。
目の前のエネミーは蔓による攻撃のみ。
数の暴力で行けば倒せるだろう。
弓を構えなおして巨大な鏡へ向けたところで動きが止まる。
目の前の鏡に映っていたものは無数の目と口。
『無能』
『完璧でなければならない』
『七徳姫は全てをこなして当たり前』
『何もできない奴はいらない』
聞こえてくる言葉が見えない刃として彼女の心を刻んでいく。
口や目から向けられる負の感情、今までのレコーなら動けなかっただろう。
――『無理して頑張る必要はないんじゃないか?』――
彼の言葉が盾となって貫こうとする刃を守ってくれていた。
荒い呼吸を整えながらレコーは目の前の弓に矢を添える。
光り輝く矢に魔力を注いでいく。
巨大な矢と同時にドシンと疲労がのしかかってくる。
今も尚、言葉が刃として飛んできているがレコーの意識は矢へ向けられていた。
「これで・・・・終わり」
――風王の息吹≪テンペストバスター≫
放たれた一撃を蔓が阻もうと動く。
だが、巨大な光の一撃は蔓よりも速く動いて鏡を飲み込んだ。
ガラスの砕け散る音が闘技場内へ響く。
派手な音を立てて崩れ落ちたエネミーを前にしてレコーはぺたんと地面に座り込んだ。
――やった。
疲労で倒れそうになる中、レコーは息を吐き出す。
ポーチの中にいるユニコを取り出そうとしたところで地面から蔓が飛び出し全身に絡みつく。
「まだ、生きている!?」
必殺の一撃を受けたというのにエネミーは生きていた。
だが、無傷ではない。
瀕死の一歩手前という状況だ。体のほとんどが消滅を始めている。割れた箇所から赤い液体が流れていた。
倒すにはどうすればいいかと目線を変えたところで、ばくばくと鼓動している赤い心臓のようなものが見える。
「核を潰し損ねた・・・・!」
倒せなかった理由を察したレコーだが、四肢の動きを封じ込められてしまって攻められない。
しゅるりと蔓が喉を締め付ける。
グググ、と潰そうとするように占める力が増す。
苦悶の表情を浮かべるレコーの意識が遠のく。
ここまで頑張って、勝てないのか?
朦朧とし始めた意識の中でレコーは悔やむ。
何を、と問われればうまく言葉に出来ない。
けれど、悔しさで一杯だった。
このまま死ぬのか?と思い始めたところで急に蔓が体から離れた。
解放されて空気が肺で満たされる。
「ゴホッホゴオッ!」
何が起こったのか、レコーが顔を上げると巨大なエネミーの姿はない。
エネミーがいた場所、そこに黒衣を纏った少年がいる。
レコーは地面へ倒れた。




