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敗北する姫


 レコーが目を開けるとそこは大きな闘技場を模した空間だった。


 壁が迷宮と同じ物質の岩でできていることから、ここが迷宮だろうという推測は立てられる。


 問題は、


――ここはどの階層なのだろうか?


 手持ちのデータにこんな規模の階層の情報はない。


 おそらく、残りの階層のどこかだろうと考えられる。


「あの時、発動したのは転送、おそらくトラップの類」


 レコーが思考の海に沈みかけたところで前方、壁がさび付いた音を立てて動いていることに気づく。


 彼女は弓を握りしめながら近くに隠れようと動く。


 しかし、闘技場は彼女の得意とする隠密、後方からの攻撃の為に必要な壁となりうるものがない。


 彼女にとって分が悪い場所だった。


 残りの矢数が少ない状況でどんなエネミーが姿を見せるか。身構えているレコーの前でそれはゆっくりと現れた。


「なに、これ?」


 そのエネミーをみたレコーの第一声は困惑だ。


 天井にまで届く巨大な鏡、手足の部分は植物の蔓らしきものがうねっている。


 現在、確認されているエネミーを分類するなら獣型、人型、非固定型となるだろう。


 だが、目の前のエネミーはそのどれにも該当しない。


 どんな能力を持っているか予想もできなかった。


 レコーの頭の中でいくつかの対策が浮き上がる。


 エネミーの能力が判明しない限り無暗な攻撃は藪をつついて蛇を出すことになりかねない。


――ここは相手のパターンを把握する必要がある。


 様子を伺うためレコーは後退していく。


 出口を探して離脱する。


 この闘技場からレコーが脱出しようと下がった途端、鏡の形をしたエネミーがぐるんと動きを見せた。


「!?」


 鏡についている無数の蔓がレコーへ迫る。


 飛来する蔓を見て、弓ではなくアイテムカードから短剣を取り出す。


 蔓の動きが早すぎて矢を射る時間がないということ、間合いを詰められすぎてしまったことから短剣で応対する選択をとる。


 しかし、それは悪手だった。


「折れた!?」


 蔓へ短剣を突き立てた途端、派手な音を立てて刃が折れた。


 限界がないのか蔓は逃げ回るレコーを追跡する。


 一定の距離を保つことができないため矢を放てない。


 持っている短剣は半分から先が折れている。


 なんとかして距離をとろうと考えていたレコーの足に蔓が絡む。


「しまった!」


 足に絡みついた蔓を何とかしようと矢筒から魔石が埋め込まれている矢を取り出す。


 取り出そうと手を動かしたところで別の蔓が左右の手首に絡みついた。


 腕と他の手足に巻き付いた蔓の力はとてつもなく、レコーの体はぴくりとも動かせなくなる。


 動きを封じられたレコーへエネミーがゆっくりと鏡を向けた。


 何か攻撃を仕掛けるかもしれない。


 エネミーから逃げようと足掻くが巻き付いた蔓はびくともしなかった。


 鏡にレコーの姿が映った途端、視界が真っ暗になる。


















 何度も見た光景だった。


 座り込んで泣いている小さな少女、見下ろしているのは神父のようなデザインの男。


「これは・・・・」


 レコーが見たもの、それは幼いころの自分。


 そんなものが映されているのか、敵の策略か何か?


 目の前の現象に対して思考を巡らす。


 だが、


「・・・・」


 どうしても、“あれ”が気になる。


 レコーを見ているのはかつて自分を指導した男、聖武器を託した人。


 今はもう亡き人。


 その前で泣きじゃくっているレコーの手の中には。


「!?」


 目を見開く。


 間違いじゃないかと目を凝らす。


 そうであってほしいと願う。


 だが、彼女の目は正常に作動しているようだ、目の前で泣きじゃくっている女の子の腕の中に“あるべき”はずのものがない


「どうして」


――どうして、ユニコがいないの?


 泣いている幼いレコーの腕の中にはいつも一緒だったぬいぐるみのユニコがいなかった。


 それはありえない。


 あってはならないことだ。


 ユニコがいたから“今の”自分がある。


 レコーという少女が七徳姫という存在に至ることができたかけがえのない親友。


 そんな友達がいないことに彼女は激しく動揺する。


 どうして、いないのか。


 何故?


 疑問を抱きながらレコーが周りを確認しようとしたところで違和感を覚える。


――まさか?


 むくむくと膨れ上がる不安から逃れようとするようにレコーは腰のポーチへ手を伸ばす。


 この予感が外れてほしいと思いながら。


「っ!?」


 だが、この時の彼女の直感は正しい。


 外れてほしいという予想は当たりだった。


「そ・・・・んな」


 ふるえる手でレコーはポーチの中を探る。


 何度も、


 何度も、


 何度も、何度も、何度も、何度も、


 ポーチの中を必死に探るレコーの表情から余裕という色が失われていく。


 終いには腰に下げているポーチを外して中を覗きこむ。


 愛しい親友がいない。


「嫌だ」


 それだけで彼女は絶望に落とされる。


 絞り出すように出た声は震えていた。


 冷静で、


 知的な、


 計画的に敵を倒すことを当たり前としていた彼女から信じられないくらい弱々しいもの。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」


 何かから逃げるように必死に頭を振る。


 そんな彼女に周囲から声が飛び交う。


 聞こえてくるものからも逃げるように耳をふさぐ。


 飛び交う呪詛は手をすり抜けて脳を、“こころ”を蝕む。


 見えない刃がレコーをずたずたにする。


 刃から身を守る術はない。


 今までの彼女なら冷静に対処できただろう。


 レコーは敵の攻撃を受けるだけだった。


 敵の攻撃に敗北した瞬間でもあった。





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