唐突なる起動
奇妙な空気の後、休憩をしてから俺達は迷宮攻略を再開する。
目的は転移アイテムが使用可能になれるようにすること、その原因の解明だ。
「しかし、この階層のエネミー妙に弱くなっていないか」
「おそらくレギオンエネミーを倒したからかも」
レギオンエネミー、塔に君臨するボスエネミー同様、探求者単独で倒すことができないエネミーを指す。
最低、20人から40人で挑む必要があり倒した時に手に入る素材は一級品ばかり。
「そのエネミーを誰かが倒したってことか」
「みている、アテナが倒したエネミーよ」
「ちょっと待て、あのエネミーってそんなに強大な相手だったのか!?」
苦戦はした。
けれど、あのエネミーはそこまで危険な相手だったのだろうか。
対処法さえわかれば簡単に。
「アテナの奴が短時間で撃退したからわかっていないかもしれないけど、レギオンエネミーは一定時間を経過するごとに特殊能力を発動させる。体面を覆っていた粘液は元から持つ特性に過ぎない。瞬殺したことでみせなかったけれど、発動していたら七徳姫でも苦戦していた」
七徳姫というのがどれほど規格外ということを思い知らされた。
まぁ、俺としては変な女の子としか見ていなかったな。
「まぁ、レギオンエネミーについてはわかったけど、それだけで周辺のエネミーが弱体化するのか?」
「迷宮のエネミー活性化原因はレギオンエネミーという説があり、実証はされていないが倒した時に周辺エネミーの力が弱まったことからそういう話がある」
ナイトエネミーも片方を倒せば、力が半減したことがあったな。
ここのエネミーも頭を潰せば弱くなるのだろうか。
「話し合いはそこまで、敵よ」
弓を構えるレコーの言葉通り、棍棒を持ったトロールのようなエネミーが姿を見せる。
エネミーが棍棒を振るう。
俺は横に跳んで攻撃を躱す。
直撃するはずだった攻撃は地面に小さな陥没を生む。
大きく背後に回りながらトロールの背中にアクティブスキル【クロスアタック】を打ち込む。
トロールがくぐもった声を上げたところでレコーの狙撃が命中する。
額に突き刺さった矢の先端が赤く光っていたことを見て、俺は離れた。
トロールが俺の方へ再度、棍棒を振り上げようとしたところで頭が爆発する。
べちゃべちゃと肉片が飛び散るのに顔を歪めながら続いてアクティブスキルを発動させてトロールに打つ。
倒したエネミーの棍棒を拾う。
「これって、素材になるかな?」
「換金アイテムになるとは思う、武器や素材に使ったというのは訊いたことがない」
「ふぅん、ま、アイテムカードにいれておくか」
収納してから見渡す。
他のエネミーは先ほどの騒動で脅威と感じたら離れるだろう。だが、中には餌がいると考えてやってくるのもいる。
レコーは周囲を警戒していた。
ふと、彼女の持っている弓が目に入る。
「どうしたの」
「いや、お前の弓といいアテナの剣といい、どこかほかの武器と違うなぁと思って」
「当然、聖武器は他のものと違う」
「すまん、その聖武器って、なんだ?」
「そんなこともしらないの?この世界に七つしか存在しない最強の武器よ」
「・・・・そんなものがあるのか?」
「この世界の知識なさすぎ」
ばっさりと斬られたような感触を味わいながら歯をかみしめる。
仕方ないんだよ、いろいろあって学ぶ暇がなかったのだ。
「この世界に飛ばされたことを言い訳にしない」
「ご尤もで」
レコーの矢を開始の合図として前へ踏み出す。
棍棒を振り回すトロールの額に矢が突き刺さった。
鮮血をまき散らしながら暴れるトロールの攻撃を躱しながら籠手の一撃を放つ。
普通のストレートパンチだがぶよぶよした皮膚を通して脳に衝撃を与える。
後ろへ傾いたところでさらに矢が直撃、トロールに追加ダメージ。
アクティブスキル【クロスアタック】をぶよぶよした腹にぶつける。
気持ち悪い感触を味わいながらさらに前へ押し付けた。
頭にダメージが残っていたトロールは起き上ることなく地面に落ちる。
粒子になっていくエネミーを眺めながら俺はマップを覗く。
この階層のマッピングはほとんど完了したといってもいい。
だが、
「見つからないな、転移アイテムを阻害するトラップ」
「これだけ探しても見つからないとなると移動しているエネミーが有している、他の階層にあるのかも」
「俺たちは迷宮攻略を続ける必要があるというわけか」
コクン、とレコーが頷いたのを確認して俺は振り返る。
後ろにいる二人組を睨む。
「何の用だ」
「つれない態度をとらないでください」
相良カズキは笑みを絶やさず近づいてくる。
「実は、僕達の転移アイテムも使用できないので、あなた方と共に迷宮攻略を行うと思ったのです。その方が効率的だと思いましたので」
「ま、自分で言うのもなんだけど、俺ら、かなり強いから即戦力にはもってこいだぜ?」
神原の言葉を普通なら否定したいところだがあながち間違いではないので強くでられない。
ボスエネミーの時の戦闘で彼らの実力は証明されている。
悔しいことに証明者は俺だ。
相良ならそれを利用すると考えていた。
さらにいえば、レコーは非合理的、効率が悪いことを嫌う。
彼女を知っているような態度をとる相良ならそこを攻めてくる。
「確かにこの状況ならあなた達と行動した方が迷宮攻略も進行するわね」
「そうでしょう」
「けれど、断らせてもらう」
「な、なぜですか!?」
「さっきレギオンエネミーに襲われていたのはなぜ?」
「あ?いきなり向こうが襲ってきたからに決まっているだろ」
「そうだとしたら何故、あなた達は戦わなかったの?」
「さ、最初は戦いました・・・・ですが、エネミーの体質が想像以上におそろしいものでしたので、撤退を」
レコーの質問に神原は言葉を詰まらせる。
入れ替わるようにして相良が言い訳をするが、レコーの表情は険しいまま。
「じゃあ、最後に私達へタゲを押し付けたのはなぜかしら?」
相良が詰まる。
「俺達はンなことしてねぇ!」
「仮にそうだとして見捨てたという事実は変わらない」
「それは・・・・」
「何よりあなた方は利益の為ならわたし達を裏切る。そんな要素がある連中を仲間にすることは効率が悪い」
故に断る、とレコーは告げた。
二人は何とも言えない表情を浮かべた後、俺を睨むと別のルートを選ぶ。
どうやら迷宮攻略は続けるようだ。
変なことを起こさないようにと願いながら隣のレコーへ視線を向ける。
「わたし達ね」
「・・・・何か含みのある言い方」
「いや、そんなことはないさ」
何か、心境の変化でも起こったのだろうか。
俺の身も案じてくれるなんて嬉しいことだ。
「ニヤニヤしないで、気持ち悪い」
「酷い言い方だな」
「うるさい、指示に従えないなら頭を射るわ」
「物騒なことを言うな!?」
先を歩くレコーは俺の言葉に小さく笑いながら逃げる。
俺はそんな彼女を追いかけた。
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――わたしはいったい、どうしたというのだろう?
後ろからやってくる男から逃げながらふと、そんなことを考える。
知り合ってまだ一日とも経過していない相手に自分の過去を話したと思えば、彼と共に行動することに抵抗を見せない。
今までの自分ならばありえないことだ。
レコー・ニャンニャという知識を司る七徳姫は効率性を求める。いや、求められる少女だ。
だから、相手が自分にふさわしくなければ切り捨てた。
そんな自分が一人の男に固執、否、共にいたいと考えている。
おかしなことだと自嘲する。
自分は人のぬくもりを求めるなどという弱い人間ではない。
自分は強い。
そんな人間だ。
だから。
「はーい、楽しい時間は終わりでちゅ~」
自身が転移魔法で飛ばされたという事に遅れたことは苦痛でしかなかった。




