開始早々
拠点を出た俺達は迷宮に向かって歩いていた。
七徳姫は特例がない限り拠点から長期外出の許可はでないことがあるそうだ、だが。
「迷宮攻略は元の世界へ帰るための情報が見つけられる可能性があるから数日なら出ていられる」
「・・・・大変だな、七徳姫っていうのも」
「構わない。私は希望だから」
希望、その言葉に彼女の想い全てがこもっているような気がした。
「あのさ」
思えば、アテナについて、俺は何にも知らないのだ。
彼女が七徳姫であるということ、それ以外を聞いたことがない。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
訊いたとしてどうするのだろうか?
今更ながら、どうして彼女は俺と一緒にいようとするのか、強い人間は大勢いる。そいつらと組んだほうが効率としてはいいはずだ。
そして、
――彼女は塔攻略で死ぬはずだった。
この世界をゲームだという奴らの言葉が真実ならばアテナは既に死んでいないといけないらしい。
「バカバカしい」
「・・・・ナオヤ?」
思ったことが口から出てしまったらしい。
アテナが心配している様子でみている。
「すまん、考え事をしていた」
「ここは外、いつエネミーが現れるかわからないから注意して」
「悪い」
「ううん」
大丈夫というように微笑むアテナになんともいえない気持ちを抱きながら数時間もせずに目的地である迷宮に到着する。
迷宮は塔と同じで何時、誰が、どのような目的で作成したのか不明、どこか薄暗い不気味な空気を放つ神殿が俺達を出迎えた。
「これが、迷宮か?」
「そう、この中にある階段を下っていくことで迷宮に入ることになる」
「事前にやっておくことはあるか?」
「拠点でポーションなど必要な道具は用意してある。後は・・・・迷宮内部の戦いになれること」
「わかった」
アテナはアイテムカードから光剣を取り出す。
道中にエネミーと遭遇したがすべて俺が撃退したからアテナは武器を展開していなかった。
身の丈もある光輝く剣を携えて、俺達は迷宮の入口へ足を踏み入れる。
神殿はRPGゲームに存在しているような教会と酷似している部分が多い、違いがあるとすれば入り口の奥に十字架の柱などがついていないことだろう。
柱がある部分に大きな階段が暗闇へ伸びている。
あれが迷宮への入口だろう。
グッ、と装備を握りしめる。
「よし、いこう」
アテナが頷いて俺たちは階段を降りる。
進むに連れて光が消えて、暗闇が支配していく。
「薄暗いな」
「いずれ目がなれる。それよりも、これ」
アテナは俺に一枚の紙をみせる。
それは地図だった。
迷宮の内部構造の地図、アテナはそれを広げると説明をしてくれる。
「最初の階層はいたってシンプル、目立つようなトラップも存在しない。ここにいるエネミーの中にアンデッドタイプがいるから注意」
「アンデッドタイプ?」
「物理攻撃に耐性が強いエネミー」
「それってつまり、俺とは相性悪いんじゃ」
「滅多に現れない、仮に姿を見せたとしても私が相手をするから、貴方は手を出さないで」
「わかった」
少しきつい言い方だが、俺の身を案じていることはわかった。
頷いて俺達は迷宮攻略を開始する。
迷宮のエネミーは塔に存在したエネミーと比べると弱かった。
けれど、油断、慢心をしていい相手でない。
一撃、一撃の当たり所が悪ければ命を落とす危険につながる。それは戦闘中において当たり前のことだ。
けれど、俺は戦闘などと無縁の世界に存在していた学生、何に注意し、気を付けなければいけないのかわからないところもある。
最近はそういったことにも慣れてきていた。
リザードマンタイプのエネミーが繰り出す剣を籠手で受け流すと同時にアクティブスキルを放つ。
技後硬直で動けないところをエネミーが襲おうとするが背後で待機していたアテナの剣が相手の命を奪う。
彼女曰くこの程度の階層ならスキルなしで撃退できる。
一撃で屠られたエネミーからいくつかの素材が手に入った。
「それにしても、最初の階層だからか?全然、他の探求者をみないな」
「おそらく転移アイテムで目的地まで行っているのだと思う」
転移アイテムは強力なエネミーを撃退した時にドロップされる素材で作られる特殊なアイテムで、市場に出回っているアイテムはとんでもなく高い。
今の俺が購入を考えたら財産すべてを失う覚悟がいる。
「迷宮攻略必要アイテムか」
「そう」
「まぁいいや、俺の目的は素材集めだ。順調にいこう」
出現するエネミーがスピードタイプもいるということから、他のエネミーと動きが異なる。
幸いにもアテナのサポートのお蔭で難なくエネミー撃退できる。
しばらく戦闘を続けていると暗闇に目が慣れてきた。
「どう?」
「大分、なれてきた。これなら一人で行動できるかもしれないな」
「まだ、貴方は迷宮の危険性を理解していない。迂闊に動き回ることは危険」
「・・・・そうだな」
アテナの指摘に頷いた。
相変わらずきつい物言いだが俺の身を案じてくれていることはわかっている。
分かりづらいけれど。
「少し、休憩を勧めます」
「俺はまだ大丈夫だけど?」
「次の階層に行く事にエネミーも強くなる。体力を温存させていく必要がある」
「適度に休憩が必要ということか」
「そう」
アテナは近くの岩に腰かけるとアイテムカードから小さなおにぎりと水筒を取り出す。
有無を言わせぬ空気に近くの岩に腰かけた。
薄暗いということと湿気が多いことからズボンが少し濡れたがそこは気にしないでおこう。
アイテムカードから昼食を取り出す。
レティア特製のサンドイッチと水が入った水筒、奴隷だから!と宿の厨房を借りて作ったものだ。
パンにレタス、肉などが挟まれている。
少し水気が抜けていたが食べられないわけではない。
口に持っていこうとしたところでアテナの視線を感じた。
「・・・・なんだ?」
「それはどうしたの」
「あぁ、レティアが昼にどうぞって、作って――」
最後まで言い終わる前に俺の手からサンドイッチが消える。
その代わり、おにぎりがあった。
「・・・・おい、これは」
「がつがつぐふぐふ」
「おーい」
「もぐもぐ・・・・ごちそうさま」
「・・・・」
「なに?」
「いや、なんでもない」
さっきの光景を見ていたら話す気力が失せた。
俺は手元にあるおにぎりを食べる。
ほどよい塩味でおいしかった。
「さて、そろそろ次の層に」
いこうか、というところでガコンと足元で音がした。
何の音か確認しようとしたところで視界が暗転する。
何かに引き寄せられるように背中から落ちていく。
落ちたと気づいたところで奇妙な浮遊感、ころころと体が回転する。
――罠だと認識すると共に意識が闇に消えた。




