二人目の姫君
少しぐだぐだ感ありますけれど、とりあえず、新しい話です。
拠点において最大の目的というものが定められている。
その一つが元いた世界へ戻るということ、これは飛ばされてきた人間が最初に抱く共通の目的といえた。
殆どの人間が突然、赤の世界へ飛ばされてきている。何の前触れもなし、気がつけば“そこ”にいる。そんな状況から一刻も抜け出すべく彼らは手がかりを求める。
その手がかりの一つが定期的に出現する塔の攻略。
空から降り注ぐ塔は一定の期間内、そこに存在し続ける。
塔周辺に出現するエネミーが活発化して危険の為、ギルドは半ば強制的に塔攻略を行わせる。ただし、これは帰るための“手がかり”をみつけるということも含まれていた。
未だに誰も塔を攻略できていない。
最上階に君臨するボスエネミーが強すぎるということから前人未到になっている。
塔が消えてしまえばすることがなくなる、というわけではない。
塔攻略の他、クエストを除いて重要なものが一つ存在する。
それは迷宮攻略だ。
一定期間しか存在しない塔とは別に迷宮はその場から移動、消えることは無い。
さらにいえば出現するエネミーの強さも変動が無いので探求者育成の場所として利用される。
しかし、迷宮という言葉通り、迷路のように入り組んでいる為、地図が作成されていないエリアでは細心の注意を払う必要がでてくる。しかし、危険ばかりではない。未踏のエリアに存在する宝は自身の強化、金銭などの収入を得る一つといえた。
そのため、迷宮を攻略しようとする探求者は多い。
そして、攻略を行うのは七徳姫も例外ではない。
レコーは呼吸を整え、静かに弦を引く。
薄暗い闇の中、徘徊するエネミーを倒す。
周囲に他のエネミーは存在しない、一つを倒せばこのエリアのマッピングは完了だ。
彼女の中に油断という文字は無い。茶色の三つ網が風で揺れるのを感じながら冷静に相手の動きを注意する。
のそのそと動いていたエネミーが止まった。
彼女は矢を放つ。
普通の矢でエネミーを倒せる。
カァンと硬い音が響いて矢が弾かれた。
地面に落ちた矢の先端が欠けている。
どうやら表皮がかなり硬いエネミーのようだ。レコーは慌てずに筒からもう一つの矢を取り出して構えた。
矢の方向へエネミーが振り返る。
亀とトカゲを足したようなエネミーはケケケケと唸りながら駆け寄ってきた。
かなり速い。
だが、レコーは既に矢を射った。
放った矢は普通のものではない、魔力を吸い込み性質を変える魔石というもので鍛え上げられた魔矢、そして吸い込んでいる魔力は硬質系統のもの。
先ほどは通らなかった表皮を矢が貫通する。
――続けて射る。
休む間もなく放たれた矢がエネミーの皮膚に突き刺さっていく。
確実に命を蝕んでいるというのに走る速度が落ちない。
狂気化だと判断して、アイテムカードから一本の矢を取り出す。
弓に添えるよう構えると矢が赤く燃え始めた。それを放つ。
喉仏部分に矢が当たる。
唸り声を上げてエネミーの爪がレコーに迫る。
命を奪うだろう一撃は彼女に当たらなかった。
「終わり」
バチン、と指を鳴らす。
爪が彼女の顔に触れるという距離でエネミーが爆散した。
肉片などが飛び散る中、彼女は構えを解く。
至近距離で爆発したというのに彼女に肉片一つついていない。
全て、彼女の計算どおりだった。
「ドロップした素材も中々・・・・」
表示したドロップ品を確認してレコーは立ち上がる。
背中の筒に入っている矢の数はまだ余裕があった。
だが、彼女はこの迷宮から出ることを選択する。
腰にぶら下げている時計の針が7を差していた。そろそろエネミーに凶暴化というステータスが付与されてくるはずだ。
そうなると消耗する矢の数が増える。
デメリットが多いから彼女は迷宮撤退を選択した。後はギルドホームに戻りアイテム鑑定などを依頼するだけ。
外に出た彼女は腰のポーチから小さなぬいぐるみを取り出す。
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
「今日も、終わったよ」
知恵を司る姫君、レコー・ニャンニャは一日のノルマを果たし、拠点へ向かう。
▼
「それで、話というのは」
「悪いんだけれど、また、これの修復を依頼したいんだけど」
俺はミスリルブラックコートをアイテムカードから取り出してみせる。
トラーはふーむと唸りながらズタボロのコートの鑑定に入った。
妖精のすむ森、忌避地帯における双子の戦闘からそれなりの日と時間が経過したある日、俺は鍛冶師トラーの下へ訪れている。
理由としてはボロボロになっているミスリルブラックコートの修復ができないか。
双子との時から破損している部分はあった。だが、自身で修繕できた為、まだ大丈夫だろうと考えていた。
けれど、今回、問題が起きた。
クエスト中にエネミーの攻撃を躱しそこねて、コートがずたずたに破けてしまう。
慌てた俺はクエスト完了後にトラーの下へやってきた。
「はっきりいおう、修復は不可能だな」
「マジかぁ」
ボロボロのコートを卓上において告げられた言葉は俺にとって最悪だった。
「これは頑丈な素材で出来ているというわけじゃない。さらにいえば強化できる上限を超えていたからなぁ、これ以上の修繕、もとい強化したところで素材と時間の無駄というヤツだ」
防具や衣服などのアイテム類はエネミーから手に入る素材を元に強化することができる。
ただし、何でも強化自由というわけではなく、強い防具を作ろうと思えば強力なエネミーから手に入れなければならないとRPGのように強化素材というのは強ければ強いほど良い。
また、ミスリルブラックコートのような軽防具はスピードタイプのエネミーを倒す必要がある。ただし、この拠点周辺に生息するエネミーでその種類の出現はかなり低く、強化するのにも一苦労があった。
さらにいえばスピードタイプを選択する探求者も少ない。
最近、探求者はパーティを組むことが強くなっている。出現するエネミーの中に強力なタイプが稀にでるからだろう。身を守る為ということでタンクに転職する者や攻撃を重視する人が増えてきていた。
傾向が強くなってきていてスピード系統のアイテムを並べる店も減ってきている。
唯一、トラーの店が種類豊富だったことから足を運んでいた。
「なぁ、似たような防具は」
「今のところ、仕入れる予定はないな」
「マジかぁ」
「これを転機としてスタイルを変更してみるといいぞ」
「籠手やガントレットしか使えない俺にタンクが勤まらないのに」
「そうだったな」
うな垂れた俺へトラーが転職を進めてくるが生憎、俺には武器の使用制限という厄介なスキルが備わっている、壁役になっても籠手しか使えないのなら役目を果たせないのは見えている。
それにしても、と俺は周りの防具を見た。
「何か、重装備を扱う店が増えてきていないか?」
「ン、そうだな。最近は出現するエネミーの傾向が変わってきているという話だからな」
塔の出現以降、現れるエネミーの動きに些細な変化が起こっていた。
細かいことを上げればキリがないがステータスに変動が出ている。
例えば、ある程度、成長すれば初級アクティブスキルで楽に倒せるレッドゼル、稀にだが、一撃で倒せない特殊個体が現れていた。
もっと言えば、上位種と呼ばれているエネミーがふらりと現れるという問題もある。
「その為か、攻撃重視するヤツもいれば身を守る為とかいって重装備選択するの多いな」
「それって、いいことなのか?」
なんともいえん、というのがトラーの言葉だった。
元々、トラーは商人よりも職人としての意識が強い。代々、家が商売人ということもあったから鍛冶師かつ商人もやっていて市場にも詳しい。
何も知らない初心者がくればぼったくられることもあるが彼女曰く「勉強になっただろう?」だ。
そんな彼女が断言をしないとなると状況はあまりよろしくないのかもしれない。
「どうする?今なら少し重たくなるがプレートアーマーとかあるぞ」
「うーん、少し考えるわ。明日くらいに結論出す」
「今日はもうクエストを受けないのか?」
「コートの件もそうだけど、面倒なことが起こっているから少し休みたいんだよ」
「あの連中か」
「そ」
「きになったんだが、お前は迷宮を受けないのか?」
「迷宮かぁ」
「あそこならスピード系のエネミー出現も多いと訊くぞ」
「うん、それなんだけど」
「ナオヤ」
トラーの店の扉が開いて、アテナが姿を見せる。
甲冑姿ではなく青いワンピースにカーディガンを纏っていた。
「珍しいな、お前が私服でこの店に来るなんて」
「今日はクエストお休み、軽い格好をするのは当然」
「そういう意味合いでいったわけじゃないんだが・・・・まぁいい、二人そろってデートかなにかか?」
「違う」「そう」
トラーの冷やかしにそれぞれが違う返答をする。
気のせいかアテナのヤツ、肯定しなかったか。
隣の彼女をみると目が合う。
「俺はこの後、部屋に戻って休む」
「私も宿屋に向かう」
「ナオヤ、アテナのそれはデートっていわないだろ?」
「トラー、失礼」
「今回はトラーの勝ちだろ」
「むすぅ」
頬を膨らませるアテナをみて俺とトラーは苦笑する。
それから談笑に花を咲かせて、俺とアテナは店を後にした。
「コートはどう?」
隣を歩くアテナはトラーの店での件を尋ねてくる。あの騒動に関わっていたから気になるのだろう。
俺は肩をすくめる。
それだけで彼女は理解したようで視線を地面へ向けた。
「そう」
「別にお前が気にする必要ない」
「でも、私が関わらなかったら厄介なことにならなかった」
否定が難しいところだ。
あの連中、アテナが介入してもしなくても暴動染みた問題へ発展していた可能性がある。
「そもそも、あんな連中をどうしてギルドホームは放置しているんだよ」
「放置はしていない、何度も警告書は出している。けれど、彼らは聞き入れない」
「ふーん」
「嫌なら彼女を解放すればいい、そうすれば問題なくなる」
どうするか検討していた横でアテナがいってくる。
「何度も言っているけれど、俺が解放させた後はどうするんだよ?ギルドホームが責任を取るかといわれたらそうでもないみたいだし、あまり先がみえないのに解放なんてさせたくない」
「そういうと思った」
前を見るアテナ、気のせいか、さっきより不機嫌になっている。
「ところであの泥棒猫はどこに?」
「泥棒猫・・・・レティアのことか、あいつなら」
「主~~~」
ピクン、とアテナが警戒態勢に入る。
前方、二メートルばかりの距離から一瞬で俺の間合いへ入り込む黒い髪に褐色の肌を持つレティアが飛び込む。
「ストップ」
抱きつこうとしたところでアテナが阻止する。
「私の邪魔をしないでください」
「彼は疲れている。余計なことで疲労を重ねるわけにはいかない、パートナーとして当然」
「そうですね、ですから私が主を癒します」
「パートナーたる私の役目」
「いいえ、私の仕事です。部外者は外でリリンゴ飴でもなめていてください」
「貴方こそ、バッナッナでも食べているべき」
目の前でバチバチと火花を散らす二人を見て、俺はなんとも言えない表情を浮かべていることだろう。
あの一件以来からわかったことだがアテナとレティアは互いを毛嫌いしている節がある。
その理由はわからないがこういう場合の対処法は既に熟知している。
――無視だ。
無意味だと二人が察知してくれるまで無視を続ける。
それが二人への対処法というのは男の俺に力がないことをあらわすものなのか、それとも彼女達の個性が強すぎるのか。
とにかく、疲労が堪っていくことは間違いない。
この生活に慣れてきたものの、平穏というものは俺の前に姿を見せることは無かった。




