精霊の力
ナオヤが先手をとる。
瞬く間に距離を近づけた。
スキルなしの拳を放つ。
狙う対象はララ、とみせかけてルル。
「おっとぉ?」
ルルは驚きながら杖で籠手を受け止める。
「不意打ちとは驚いたぁ、正攻法でくるタイプだと勘違いしていたよ~、でも失敗だね」
「いいや」
籠手が白銀の輝きを放つ。
異変に気づいたララが杖で押し返そうとした時、枝が折れるような乾いた音が響く。
部位破壊を目的としたアクティブスキル【クライ・クライ】の発動でララの杖が折れた。
「う、そぉ」
驚きで動けない彼女は危機感を覚えて後ろに下がる。
舌打ちをしつつナオヤは構えを解く。
数秒してスキル後硬直から復帰したナオヤへララが話しかける。
「驚いたよ。まさか私の杖を壊すなんて」
「その割には動揺しないんだな」
「これでも長く仕事をしているからねぇ~、そんな甘い甘い考えは捨てているんだ、てかさぁ、何でナオヤはこの奴隷を助けようとするわけ?今回、たまたま知り合っただけでしょ、自分犠牲にする必要性ないと思うんだけど」
「普通はそうだよな」
たった数時間、親しい間柄でもない。そんな関係なのに命を削ってまで動く人間などいないだろう。
元の世界ならナオヤもしなかった。誰かを助けるなんていうのは本当に大切な人の為だけであって見ず知らずの相手やさして親しくない者に動くなどしない。
「でもな」
けれど、それを否定する。
何も知らない、知ることを考えないヤツの戯言だ。
視ない、口を出さない、耳も塞ぐ。そうすれば自分は守れるだろう。だが、人間には少なからず良心というものが混じっている。ナオヤはその良心を大事にしてしまう人間だ。
“だから”命を捨てるなんてことはしない。
「俺は」
「まー、興味ないよ」
ララは笑う。
その表情に気づいたナオヤは前を見る。
彼女の後ろ、ルルが詠唱を終えて魔法を放つ姿勢をとっていた。
ヤバイ、と思うよりも早く魔法が飛来する。
「なーんて、な」
飛来した魔法が爆発した。
「っ!?ルル」
爆発を起こして周囲に広がる煙をなぎ払うようにしてナオヤがルルへ接近、ライトエフェクトを纏った拳が穿つように打たれた。
「ぐっ」
メキキィと骨が悲鳴を上げるのを感じながら体を後ろへ反らす。
少しでも致命傷に至らないための措置、派手に地面を転がる。
「いっつつぁ」
砂埃を撒き散らしながらすぐにルルは起き上がる。
「くそっ、倒れるまでに至らなかったか」
「いやー、なかなかにやるね~、もう少し遅かったら私の体にぽっかり穴があくところだったよ」
「ルル、大丈夫?」
「なんとかね・・・・ごめん、少し油断した」
「気をつけて、あの子、殺すことに躊躇いが無い」
ララの指摘にルルは頷く。
この世界で強くなる為に必要なものはと問えば武器、アイテム、そしてアクティブスキルと答える。アクティブスキルはエネミーを撃退、巻物を手に入れることで成長させることが出来る。成長させればさせるほどスキルは強靭で頼りになる。
だが、それは一歩間違えば、人間の命を奪う代物に変貌してしまう。
遠めながらもナオヤのスキルは一歩間違えば命を奪うほどの威力を持っていた。
事故か故意か。それは当人の内の中だ。けれど、二人は警戒するに越したことはないと判断する。
この仕事をはじめて、短くない。だからこそ、彼女達は察した。
このままでは自分達が殺されてしまう。
だから。
「手加減しない、彼は殺す」
「気に入っていたんだけどなぁ」
「悪い癖」
「あはははは、まぁ、本気でいくわ」
壊れた杖を投げ捨てて、ルルはアイテムカードから一振りの剣を取り出す。
現れたのは全身を闇一色で統一した片手直剣。
普通の剣ならさして気にしないだろう。だが、ナオヤは剣から放たれるナニカに危険な臭いを感じる。
まるで塔のボスエネミーと対峙した時のような気分だ。
「うーん、久しぶりだね。こっちの武器を使うのも」
剣を水平に構えたと思うとルルが眼前に立つ。
「っ!?」
「久しぶりの全力だけど、一撃で死なないだねぇ~」
黒い刃が軌跡を描く。
ギリギリのところでナオヤは躱す。
だが、完全に避けることはできずコートの端が斬られた。
ボウと破れた箇所から炎が噴出す。
「なっ」
慌てて炎を消す。
だが、炎は勢いを増した。
「無駄無駄、この呪剣の炎はそうそう消えないよ。そのまま燃えちゃいな」
「すぐに殺してあげる」
後方からララの氷魔法が飛んでくる。
――また爆発した。
ララは舌打ちをして必死に正体を探る。
先ほどから後方で魔法を撃つ度にどこからか阻害される。理由はわからない。
ルルの手助けを出来ないことが腹立たしかった。
攻撃を躱しながらナオヤが反撃する。
ララなら対応できる速度のはずが、段々とナオヤの速度が上昇していく。
普通の成長にしてはどこかおかしい。
「魔法によるステータス上昇かよ」
「だったら何だ?もう参ったか?」
「冗談、ウォーミングアップすらならないね!!」
叫びながら呪剣を振るうルルの攻撃を籠手で防ぐ。
呪いの炎で溶ける筈の籠手があろうことか防がれてしまう。
「魔法防御もついている!?」
動揺したルルへナオヤの籠手が炸裂した。
スキルを纏った一撃を受けたルルはにやりと笑う。
「つっかまーえた」
にっこりと笑って籠手をルルが掴む。
引き剥がそうとするが彼女の力が強く無理だ。
「このまま嬲り殺してア・ゲ・ル」
――呪炎ノ斬撃。
炎に包み込まれたナオヤをみて、テトラが茂みから飛び出す。
それをみたララがにやりと笑う。
「みつけた」
先ほどからララは異変に気づいていた。ナオヤへ魔法攻撃する度に何処からか阻害を受けていた。
さらにいうと敵対していたナオヤの能力が底上げされていく。
魔法による強化、妨害がなされていることをララは見抜いた。
だが、術者の姿が見つからない。
そのことがララを苛立たせていた。
だから、ルルへ指示を出す。
もし、ナオヤの仲間だというのなら危険に姿を見せるだろう。
目を合わせれば互いに何を考えているのかわかる。
――術者がいる。見つけるから手伝って。
――了解、囮役は任せなぁ。
ララの予想通り、重傷を負った彼を見て姿を現した。
茂みからふよふよと光り輝く球体が飛び出す。
「あれが邪魔者の正体か」
「エネミーかなんか知らないけれど、邪魔だよ~~」
呪剣と魔法による攻撃がテトラを襲う。
氷魔法を躱したところでルルの斬撃を受けて、落下する。
▼
痛む体をひきずるようにして落下するテトラを掌の中に入れた。
体を包んでいる光が弱い。
アイテムカードの中からポーションを取り出す。
「飲め、これで傷が塞がる」
「無理、です」
差し出すポーションをテトラは含もうとしない。
「人間の薬品は僕ら妖精に合わないんです・・・・」
「バカいうな、飲んでみないとわかんねぇだろうが」
「わかります。これはナツミグサという薬草を使っている。でも、僕らにとっては毒でしかない」
「うるさい、なら、別のポーションを」
「無理です。あの剣の呪いは相当なもの、今も僕の命を奪っている」
「ざけんな。まだ方法が」
「仕方ないんです、人間には出来ない、ことがあります」
「出来ないからって」
こんなところで諦めたくない。
痛む体を二の次にして俺は必死にアイテムカードの中を探る。
出てくるのは同じポーションばかり。
くそっ、
目の前の小さな命すら救えないのか!?
心を蝕む強大な無力感。
俺はまた何も、出来ない。
「さぁーて、このまま二つ揃って焼却処分してやるとしますか」
「体を残していると色々と厄介」
ルルが剣を振り上げる。
刃が纏うのは巨大な炎、あれで俺達を燃やすのだろう。
体を動かそうとするがさっきの一撃が効いている。
「すまない・・・・」
絞りとるようにでる声は小さい。
けれど、目の前の妖精に聞こえた。
「俺が、お前を巻き込んだ」
あの時、ナオヤがテトラへ道案内を頼まなければ――。
彼の協力申し込みをしっかりと拒んでいれば――。
彼を巻き込まなければこんなことにならなかった。
力不足。
浅はかだった。
俺は、
「ナオヤさん・・・・一つ、聞いていいですか?」
段々と光が弱くなっていくテトラが問いかける。
沈みかけていた意識が浮き上がった。
ふよふよとテトラが俺の前に浮かんでいる。
光でみえなかったその顔は血まみれで汚れていた。けれど、何故か清々しい。
「なんで」
「力が欲しいですか?」
テトラの言葉に俺の体が止まる。
最も望んでいるモノだ。
俺が欲しいもの。
それは。
「ナオヤさんが望む力は、破壊する為の力ですか?救済の力ですか?滅びの力ですか?嘆きをもたらす力ですか?全のための力ですか?それとも」
テトラの問いに俺は、
俺は、
俺は、
俺は、
俺は、俺は、
「さ、消えちゃいな」
炎が俺達を包み込んだ。
▼
――スキル【意思を継ぐ者】が発動しました。
――スキル【精霊の四元素】を取得しました。
――スキル【精霊の四元素】【エレメントアーツ】が発動しました。
炎が一瞬にして消える。
「・・・・は?」
「何が、起こって」
ルルとララの目の前、炎をかき消した当人がゆっくりと姿を見せた。
ミスリルブラックコートは既にボロボロで原形を保っていない。
額や顔からは出血が見られる。
両腕の籠手は所々に亀裂がある。
――満身創痍。
この言葉が今のナオヤにぴったりだろう。
だが、ルルとララは脅威に思えた。
見た目ではない。何かが変わった。
そう直感できる。
だが、逃げるわけにはいかない。
ルルが呪剣を構えた。
ナオヤが力を使う前に動く。
黒い刃は真っ直ぐに心臓へ迫る。
ブン、と振るった剣が宙を舞い、地面へ突き刺さった。
「は・・・・」
ルルが状況を確認する前に籠手が放たれた。
――轟音!
アクティブスキル無しの一撃。
魔法を展開させる暇も許さずルルは地面を転がる。
「ルルぅ・・・・お前ぇえええええええええええええええ!」
激怒したララが詠唱を終えた。
大気中の水分が氷へ物質変化していき、形を変える。
巨大な氷龍が唸りを上げて放たれた。
「アイスブリザァァァァァァァァドォォォォォォォォォォォ」
氷龍がナオヤに迫る。
真っ直ぐに進んでくる氷の龍を前に籠手を構えた。
ボッボッと両手に炎が灯った。
「うぉらぁあああああああああああああ!」
両手を交差させてスキル発動。
アクティブスキル【クロスアタック】【エレメントヴォルケーノ】の組み合わせ技が氷の龍を溶かす。
氷が蒸発して周囲に小さな霧が発生する。
ララは冷静に魔法を撃てる体勢に入った。
視界に入れば迷わずに撃つ。
杖をギリリと握る。
風で髪が揺れた。
カッ、と目を見開き、氷の弾丸【ブリザードスプレッド】を放った。
煙を揺らし弾丸が通過する。
しかし、手ごたえは無い。
「そん・・・・な!?」
背後を振り返ったララの視界に映るのは拳を握り締めているナオヤの姿、杖で弾丸を構成する暇ももらえず彼女の頬を拳が抉る。
バチバチと雷撃を放つ籠手の一撃はララの意識を刈り取るものとして十分なものだった。
だが、それは直撃することは無い。
乾いた銃声が森の中に轟く。
「がっ・・・・」
ナオヤの口から苦悶の声が漏れる。
手を動かすと胸元にぽっかりと穴が開いていた。
小さな、小さな穴、そこから血が流れる。
栓が外れた小瓶から水が落ちるように止まらない。
「全く、何をやっているんだぁ?」
「・・・・」
撃たれたナオヤを蹴り飛ばし、拳銃を手の中で遊ばせながら男がやってくる。
ララは無言で倒れているルルの下へ駆け寄った。
「これは貸しだからな。さっさと商品を連れて戻るぞ。依頼主がお待ちかねだ」
「・・・・わかってる」
「ッたく、こんな雑魚にてこずるなよ。死神も落ちぶれたものだな」
「・・・・」
「まぁいい、ところで商品は」
レティアは気づいたら彼の下にいた。
地面に倒れている彼の服の中からどくどくと赤い液体が流れていく。
止めようにも自分と彼では体格の差から持ち上げることが出来ない。
必死に手を差し込むがびくともしない。
赤い液体でべとべとになりながら必死に体を動かす。
「・・・・ろ」
彼を助けようとしていると耳元で滓かな声が聞こえる。レティアは目線を動かす。
血で汚れた彼が朦朧とした目で自分を見つめている。
「にげ・・・・ろ」
震える手で彼は弱弱しい声で告げた。
――お前は、逃げろ。
なんともいえない感情に包まれた。
「ぅ・・・・ぁ」口から出るのは戸惑い、驚き、何を言えばいいのか形にならない声しかでない。
どうすればいいのか。
主の言うことは絶対。
奴隷として叩き込まれている基礎をレティアは実行できない。
それをしてはいけないという気持ちが膨れ上がる。
「おい、商品が血まみれになってんじゃねぇか」
ドゲシ、と男が彼を蹴り飛ばす。
抵抗する声も出ないのか地面に倒れ伏す。
くるくると黒い武器を手の中で弄びながら彼の頭をげしげしと蹴り続ける。
「ったくよぉ、こんな雑魚を相手するほど暇じゃないわけよ。てか、なんなのコイツ?石ころよりも価値ないだろ。そのうち死ぬだろうし商品連れて帰るぞ」
「・・・・」
レティアの中でナニカが音を鳴らす。
どくどくと全身の中を駆け巡る。
――幻影魔法を解除しますか?
レティアの前に文字が浮き上がる。
傍にいる男は気づいている様子が無い。
迷わずに彼女は表示された項目のYesを押す。




