未来《さき》のない人生
「あれ?」
瞬きすると赤い空が目に入る。
体を起こすと森の中だとわかった。だが、わからないことがある。
何故、俺は森の中で倒れている?さらにいえばララの魔法で体を石にされてしまったはず。
「あの、無事、ですか?」
「うぉっ!?」
耳元で声をかけられて驚きの声を漏らす。
「あ、ご、ごめんなさい」
声の主は慌てて頭を下げる。
よくみるとそれは妖精だった。
「お前・・・・」
「僕はテトラといいます」
光が消えて、少年姿の妖精が現れる。
よくみたら傲慢な態度をとっていた少女妖精と一緒にいた子だ。
「どうして、ここに」
「あの、ごめんなさい!」
いきなり妖精は頭を下げる。
突然の事に面食らう。
「何で」
「僕の仲間が貴方を騙したんです」
ぽつり、ぽつり、と妖精は喋り始める。
この妖精の森には元々、番人として森の一部をくりぬいて創り出した木人がおり、近づくものすべてを一掃する役割を負っていた。だが、木人はいつからか狂い始め、住人である妖精すら襲うようになった。
危険を感じた妖精達は木人を森の出口へ魔法で縛り付けることで自分達の身を守る。
「つまり、あの妖精はウッドマンとかいうのがいるのを承知で俺を誘導したわけか」
「すいません」
「お前が謝ることじゃないよ」
あの女妖精、今度あったら感謝の言葉を述べようと考えていたけれど撤回だ。再会したらぶん殴ってやる。
「間に合ってよかったです」
「てか、教えてくれ。何で俺は生きているんだ?」
記憶が確かならルルの使う魔法によって体を石化され。
「貴方は確かに人間の魔法で体を石化されていました。ですが僕が解呪しました」
「・・・・どうして」
俺は妖精少年を警戒する。
同じ種族の子に騙されて殺されそうになったんだ。何か理由があってのことだろうという確信めいたものがあった。
「何が目的だ?」
「・・・・僕ら妖精族が貴方達へ犯してしまった償いです」
「償い?」
「元々、僕らは穏やかな森で生活するだけでした。長い歴史の掟で争いに加担してはならないといわれています。でも、リリューは人間を危険な場所だと知っていながら誘導したんです。それは許されることじゃない」
「だから、俺を助けたと?」
「・・・・はい、あの」
「なんだ?」
「お願いです。彼女を許してあげてください」
妖精少年は頭を下げる。
「どんなことでもします。だから」
「・・・・どこにいる?」
「え・・・・」
少し痛む体を起こして俺は尋ねる。
「俺と一緒にいたレティアという少女だ。どっちの方角に連れて行かれた?」
目を覚ました時、レティアの姿は無かった。
おそらくあの二人に連れて行かれた、取り戻す必要がある。
「あのダークエルフの少女のことですか?」
「知っているのか」
「はい・・・・あの、どうして、助けるんです?」
「何だと?」
「だって、人間とダークエルフじゃないですか。種族が違うのにどうして助けるんですか」
少年妖精は不思議そうに尋ねる。
「知るか」
俺は傍の石ころを蹴り飛ばす。
「ダークエルフだとか異種族だとか俺はそんなものに興味ない。あいつらはレティアを回収するといった、どんな目的かわからない、でも、酷い結末なのは想像できる。あの子を助ける」
「でも、貴方はあの人達に勝てない」
「だろうな」
妖精少年の言うことは的確だ。
俺だけじゃあいつらに勝つことは出来ない。実力も経験も向こうは何枚も上手だ。対してこっちは数ヶ月程度の実戦経験しかない。
何もかもが桁違いだ。
普通なら逃げることを選ぶ。
――でも
「それを理由に逃げるなんて事をしたくない」
あの時のような、何も出来ないまま終わるなんてもう。
「繰り返したくない、俺は、俺の前で失うものを出さない!」
それがあの時から抱き続けた、俺の迷うことない気持ち《かくご》だ。
だから、
「どれだけ絶望的だとしても俺は立ち向かう」
拳を強く握り尋ねる。
「だから教えてくれ。あいつらはどこへレティアを連れて行った」
テトラは人間の言葉に耳を疑った。
彼らの知る人間というのは自己中心的な性格、目的の為なら手段を選ばないという魔族や神族と同じくらい醜い存在だと聞いている。
この世界が出来上がるずっと前から醜い存在として語り継がれていた。だが、目の前にいる彼はどうだろう?他種族、それも妖精やライトエルフから疎まれているダークエルフを助けると叫んでいた。
妖精族であるテトラからしてもダークエルフは近づきがたい存在だ。ライトエルフや自分達が禁忌としている暗黒魔法を操り、人間や魔族などをたぶらかして世界を歪ませる。故に森や神聖な場所で生活する自分達からすれば接してはいけない、近づくことを許さない。
そんな存在を人間が助けるという。
――変な人だ。
テトラは人間という種族を知らない。
この森で生まれ、ずぅっとここで生活してきた。人間の存在は時々、流れてくる書物などから知識として得る、どれもが醜く、自己を中心としていることからテトラはあまり人間に良い印象を持ってはいなかった。
だが、目の前にいる彼はどこか違う。
拝読した人間とは何かが異なる。
――知りたい。
彼の知識欲がナオヤという存在を見て刺激されていた。
元々、テトラというのは他の妖精族から変わっているといわれている。外へ出ることを望んではいないが、様々な知識を望む。
同じ妖精族のリリューは堕ちる一歩手前とバカにする。けれど、テトラはやめるつもりはない。
知りたいことを知ることの何が悪いのか、気持ち悪いことをそのままにしておくことのほうがどうかしているというのが彼の持論である。
故に、テトラは決める。
自らの疑問を解消する為にはどうすれば良いのか。
「わかりました、僕が案内します」
▼
ルルとララに連行される形でレティアはダイゴロウが待つ荷馬車へ歩いていた。
首根っこを引っ張られる形で歩かされている彼女の頭の中に逃げるという選択肢はない。逃げようという考えすらしなかった。
仮に逃げたとしてもその先がないのだ。
レティアは気づいたら“ココ”にいた。いつ、どこで生まれて、自分が何者かなどわからない。
自分を認識した時から奴隷だった。
奴隷として彼女は様々な教育を受けた。その中でご主人となった相手に逆らうなと厳しく教育される。
拷問という名ばかりの教育だった。
逆らえばどうなるか、胸の刻印を発動させて苦しませる。その間に暗示をかけていく。
――決して主に逆らうな。
――主の命令は絶対だ。
――お前の体は全て主のモノ。
――命は主の為に捨てるのだ。
苦痛の中で何度も何度も同じ言葉をレティアは聞かされた。
そんな教育の中、ある日、主の元へ連れて行くといわれる。危険らしく自分は樽の中に押し込められる。
樽の中でレティアは身じろぎせず大人しくしていた。
これも教育によるものだ。
どれだけレティアが疲労を感じても、空腹を覚えていても彼女は動かない。
動いてはならぬと指導された賜物だ。
そんな中で彼女は主と出会う。
――この人が私の主。
出会った主は聞いていた話とまるで違った。
主は何人もの奴隷を侍らして好き勝手に過ごし、時々、刻印で奴隷をいたぶるのが趣味という、だが、レティアの主はそんな様子はどこにもなく、それどころか自分に優しい。刻印が使われるのではないかと怯えていた事に気づくと何もせずに頭を撫でてくれる。
大きな手で撫でられるとぽかぽかした気分になった。
この気持ちがなんなのかわからない。
けれど、悪くなかった。
魔法を使えることを知るとレティアのことを気遣って、褒めてくれる。
――嬉しかった。
今までレティアは褒められるということがなかったから余計に嬉しかった。
けれど、今のレティアは悲しみに沈んでいる。
自分の主は彼ではなかったと二人の魔導師は言う。
契約を解除して本来の主へ引き渡す為に彼女達は現れたというのだ。
レティアはそれに抵抗をしない。
抵抗した時に待っているのは激しい痛み。
彼女達は刻印で自分を苦しめる事が出来る。だからレティアは抵抗できない。そもそも教えから抵抗することをしない。
そんな選択を取らないのだ。
――嫌だ。
だからといって彼女は何もかもに従順というわけではない。嫌な気持ちは抱くし、反抗心を持つ。これから会う主よりもあの人が良い。だが、ソレは叶わないだろう。
なぜなら、彼は死んだのだから。
石になって、もう会えない。
どれだけ彼女が会うことを望んでも彼が動くことは無いのだ。
だったら、抵抗したところでその先は無い。
生きていれば抵抗しただろう、だがレティアは石になるところを目撃している。
彼女の抗う心は既に折られているに等しい。
二人の女性に突き従う形で歩いていたレティアはいつの間にか動きを止めていることに気づく。
なんだろうと前を見て、レティアは固まる。
土埃が舞う砂利道の先、一人の男が立っている。
ボロボロだというのにその目は強い意思を宿し、先へ行かせないと言うように籠手を構えていた。
ナオヤが待ち構えていた。
「驚いたなぁ、アンタ、生きていたんだ」
「まぁな」
「・・・・ありえない」
ナオヤへ二人はそれぞれの反応を見せている。
ルルは面白いものを見るように、ララは信じられないという表情でナオヤをみていた。
レティアは目を見開いて動かない。
「まだ、無事みたいだな」
彼女の無事を確認してナオヤは笑みを浮かべる。
「まーた、邪魔しに来たの?」
「奪われたものを返してもらう。それだけだ」
「元々、こちらのもの」
「知るかよ。一応、俺が主ってことだし、何よりやられたまま終わるなんて嫌だね」
「負けず嫌い」
「私の質問に答えていない。どうやって石化から解放された」
「悪いな、俺は答える術をもたない」
本当のことをいえば妖精に助けられたとこたえるだろう。だが、そんなことを話している間に仲間を呼ばれたら不利になるのはナオヤである。
だから手短に会話を切り、籠手をつけた腕を構えた。
笑いながらルルが忠告する。
「感心しないなぁ、さっきのことをもう忘れたみたいだね」
「忘れてないさ」
二人は強い。
向こうは万全、対してこっちはボロボロ。はっきりいって勝てる見込みはゼロに近かった。
でも、ゼロパーセントというわけじゃない。
ナオヤは籠手の具合を確認して二人を睨む。
相手の底がしれない。だから――。
「(短期決戦だ!)」




