二人の回収者
「な、なんなんだ、お前ら・・・・!?」
タイタンズアタックのリーダーイゲスは大きな声を上げて叫ぶ。
足元に落ちている愛用していた剣は粉々に砕け散っており、それは傲慢だった彼の表情を恐怖に染め上げていた。
「全くさぁ、どうしてこんなことになってんのよ」
忌避地帯の近くで陽気な女性の声が響き渡る。
普通なら誰も気に留めないだろう。だが、場所が悪すぎた。
彼女の傍に転がっているのは大量の獣型エネミーの死骸、そして事切れている人間の亡骸たち、それらを踏みつけながら魔導師姿の女性は座り込んでいる男へ視線を向ける。
「ひぃぃ」
「そんな声だされても楽しくな~い、私が聞きたいのは」
「そこまでにしようよ」
陽気な女性の傍にもう一人いた。
流れるような髪、相手を魅了させる蟲惑的なスタイル、男なら一度は視線を向けてしまうほどの双胸をもちながらも冷めた目が全て台無しにさせている。
「こいつら、どうする?」
「そうね。普通にクリアできるような仕事をこなせないような連中は組織に必要ない」
「ヒッ!ま、待ってくれ!俺に、俺にチャンスをくれ!」
「一回はあげた。けれど、貴方達は今回も失敗した」
「バレないようにちゃんと偽装も施してあげたっていうのにね~」
「ま、ま―」
二人が杖を振り上げる。
魔力が空中で練りこまれた。それをみたイゲスは悲鳴を上げて逃げ出す。
足をもつれさせながら逃げていく男を二人は笑いながら魔法を放つ。
凶弾は音を立てず愚か者の命を刈り取る。
グチョリ、と音を立ててイゲスは地面に倒れた。
「さて、死体処理~っと」
陽気な女性が杖を振るう。
赤い炎が死体を焼き払っていく。
「商品を探すわよ」
「え~、あそこから落ちたんだよ?もうないんじゃない」
「私のコンパスに反応がある」
妖艶な女性が魔法で練成したコンパスがある方向を指していた。
「あれは上玉だから回収しないとうるさい」
「は~、私の仕事は回収業じゃないっての~」
「仕方ない、いこう」
「だね~」
二人は他愛の無い会話をしながら森の中へ歩みを進める。
▼
「・・・・これは、騙されたと見るべきかなぁ」
ふよふよ浮かぶ妖精から言われた道を真っ直ぐ、目の前に広がる光景に俺はなんともいえない表情を作る。
「?」
「いや、なんでもない」
首を傾げるレティアへ笑みを浮かべ、俺は目の前の洞窟をみる。
ごつごつした岩に囲まれてぽっかりと大きな穴が目の前に広がっていた。
どこかと繋がっているのか洞窟からは風を吸い込む音が響く。
「どうするかなぁ」
このまま中へ入るか入らないか、この洞窟が安全かどうかなんて誰にもわからない。
妖精の言葉通りなら洞窟を通れば帰れるというわけだ。
洞窟はデメリットの塊だ。
薄暗いし狭い、エネミーと遭遇したら逃げ道が無い。
なにより。
「暗闇に目が慣れるまで時間が掛かるだろうな」
ランプなどを手に持てば戦闘に支障をきたす。
近接の俺にとってはデメリットしか生まないのだ。
「せめて魔法で暗闇とかがなくなればな」
「・・・・」
俺の言葉に何を思ったのかレティアが指を前に出す。
「ん、どうし――」
ポォと目の前に小さな灯が姿を見せる。
薄暗い洞窟が少しだけ明るくなった。
俺は球体を見てからレティアをみる。
「お前、魔法使えるのか?」
「・・・・(コクン)」
レティアは小さく頷いた。
頬をぽりぽりと触りながら俺は少し考える。
「中を少し調べたいからその魔法、使ってもらっていていいか?」
「・・・・うん」
「あと、レティア、魔法を使うのは体力を消耗すると聞く、疲れてきたら無理せずいうんだぞ」
俺の言葉にレティアは何かを考える素振りをみせたと思うと頷く。
ゆっくりと洞窟へ足を踏み出す。
中は薄暗く、冷たい風が頬を撫でる。
昔、一回だけ鍾乳洞に入ったことがある。夏なのに肌寒くて長い時間いるだけで風邪をひいてしまうかと思った。
同じくらい、この洞窟の中も寒かった。
俺はアイテムカードから防寒具を取り出してレティアの上から覆いかぶさる。
彼女はきょとんとした。
「風邪ひいたらまずいからな」
「・・・どうして」
ぽつり、とレティアが言葉を漏らす。
「ん?」
尋ね返すが彼女は答えない。
色々と複雑な悩みがあるのだろう。
警戒を緩めず俺は洞窟の中へ進む。
魔法というのはかなり便利だと洞窟の中を歩みながら俺は実感させられた。薄暗い洞窟をレティアの魔法は照らし続ける。
手持ちのランプなどと比べると性能は雲泥の差といってもいい。
それだけ魔法の灯は暗闇を照らせるのだ。
魔法が全く使えない俺としてはとても羨ましい。何でも魔法は使用者を選ぶらしい、適正が高ければ高いほど高度な魔法を使える、逆に適正がないヤツほど低い魔法ですら危険なことになる。
先日、アテナ立会いのもと魔法を練習した。
結果はとてつもないものだった。
魔法の詠唱を終えても発動しない、どれだけ詠唱を繰り返しても起こらない。あまりの腹立たしさに詠唱を破棄したら地面が爆発した。
雑に扱うととんでもないことになる。アテナに説教されたのは苦い思い出だ。
「大丈夫か?」
背負っているレティアへ尋ねる。
彼女はボーッとしていたが慌てて首を縦に振った。
どうやらかなり疲労が堪ってきているようだ。
「魔法を解除してくれ」
俺はレティアにいうと首を横に振る。
まだ大丈夫ということをアピールしているのだろう。
全く。
「俺が疲れた、休みたいから魔法を解除してくれて良いぞ」
少し納得いかないという表情を浮かべながらもレティアは灯を解除する。
すぐに洞窟が闇に閉ざされるが入れ替わるように設置したランプの光で明るくなった。
背負っていたレティアをおろして寝袋などを設置する。
じめじめ空気が漂う中、俺はレティアに毛布と寝袋を渡す。
「今日は此処で休む。体を冷やさないように暖かくするんだぞ」
レティアは魔法を長時間使用していたからかなり疲れているはずだ。肌寒い鍾乳洞で休ませてしまうのだから暖かくさせる。
少し戸惑った表情を見せながらレティアは毛布を体に巻いて横になる。
それをみてから俺は壁にもたれた。
服が湿気で濡れるのを感じながら今日一日を振り返る。
――タイタンズアタックの暴走、
――巨大な虎との戦闘。
――妖精との遭遇。
――レティアとの邂逅。
一日でとんでもないことに巻き込まれた気がする。
それと。
「(レティアの胸元の刻印か)」
ステータスカードを取り出して俺はレティアの情報を表示する。
何度見直しても奴隷という言葉が目に付く。
奴隷、
現代の世界では廃れた制度だ。
海外、特にアメリカが出来る前に黒人などが多く、奴隷として扱われてきた。
奴隷は人ではないといわれ、過酷な労働に狩り出される。そんな人達を一人の人間が解放させるまで奴隷制度というのは長く根付いてきた。
日本でも似たようなことがある。
現代で奴隷というのは聞かないが、もしかしたらあったかもしれない。この世界でも奴隷はいる。
その事実に俺はなんともいえない気持ちになった。
現代で存在しないであろう奴隷がこの世界にあること、そして彼女を俺が所有しているという事実、これだけでも俺は最低な人間だと意識させられる。
当たり前なこの世界では気にしないだろう。だが、俺は元々、この世界に居たわけじゃない。何かが原因で飛ばされたのだ。そんな俺が奴隷を持っている。
知り合いが見たら糾弾するのは間違いないだろう。
「・・・・戻ったら」
拠点に戻ったらギルドホームに相談しよう。
彼らなら解決案を教えてくれるかもしれない。
奴隷の彼女を解放したらどこかの施設へ任せよう。
来訪した人間を保護する施設などが受け入れてくれるだろう。
そんなことを考えながら俺は眠りにつく。
すぐ傍でレティアがじぃーっと暗い目でみていることに気づかないまま。
▼
バキバキとなる背中を叩きながら俺はレティアを背負って洞窟の外に出た。
かなりてこずるかと思った洞窟進行は一日と少しを費やすだけで終了する。
拍子抜けするほどのあっさりさになんともいえない気分を味わいながら空を見上げた。
赤い空は変わらず、違うことがあるとすれば。
「あれが森の出口、拠点も見えるな」
視線の先、森の向こうに俺が生活する拠点の壁が見える。
どうやらあの妖精は俺へ嘘を教えていなかったようだ。
もし会うことがあったら感謝の言葉をいおう。向こうは絶対に受け入れないだろうけれど。
「危ない!」
誰かの声に俺はぴたりと動きを止める。
条件反射で止まった御蔭で俺の命は繋がった。
踏み出した手前、巨大な手が叩きつけられた。
土埃と小石が俺の体にぶつかる。
「な、なんだ・・・・?」
目の前に現れたのは巨大な木の人だった。
ほっそりとした体型に足まで届く細長い腕。顔の部分はのっぺらで感情があるのかわからない。
見た目、殴ったら折れるんじゃないかと思うほど細い木の人は腕を振り上げる。
「レティア、掴まってろ!」
背中のレティアに叫んで俺は後ろへ大きく跳ぶ。
ブゥンと風を切る音、少し送れて他の木々をなぎ払って手が通過する。
人型エネミーが腕を振り上げるよりも前に俺は間合いに入り込む。
振るった腕が通過したのを見届けてから拳を叩き込んだ。
バキィと殴った箇所に亀裂が入る。
どうやらそこまで強敵ではないらしい。
だが、油断はしない。既に何度も学習したことだ。
振るわれる攻撃を見切り、懐で何発も拳を入れる。
何度か拳をいれたところでエネミーの体がバキリと割れた。
上半身と下半身が真っ二つに別れて地面に落ちる。
「うっわぁ・・・・」
このまま終わると淡い期待を抱いたが砕いたエネミーの下半身は未だに動いている。
このままにしておくと危ないな。
地面を蹴り、アクティブスキル【インパクト・ドレッド】をエネミーの顔に放つ。
派手な音を立ててエネミーの頭部が砕け散った。
コロコロとエネミーの頭から小さな結晶が転がり出る。
――なんだ、これ?
「ウッドマンの核です!ソレを壊して」
聞こえてきた声に、俺は迷わず足で潰す。
結晶が砕け散ると暴れていた下半身、上半身も動きが止まる。
「レティア、大丈夫か?」
俺は背負っている彼女へ尋ねる。
小さく頷いたのを確認して、俺は声の方へ視線を向けた。
「それで、姿を見せたらどうだ?」
「ご、ごめんなさい」
低い俺の声に怯えながら姿を見せたのは光る球体、いや、妖精だ。
球体がなくなって現れたのは少年のような小さな姿だ。どこかで見たことがあるな。
「助かったよ。アンタが声をかけてくれなかったら潰されてた」
「そんな!元々、僕の仲間がウッドマンの居る場所へ誘導したことが原因です」
「でも、お前がいなかったら死んでた。これは事実だろ」
「・・・・」
「そういえば、名乗ってなかったな。俺はナオヤだ、こいつはレティアだ」
「て、テトラといいます」
「テトラか確認なんだけど」
「みーつけた」
声に振り返ると同時に視界一杯に広がる炎。
「ぐぁっ!?」
体が焼けるような痛みを感じながら服についた炎を払う。
「おりょ、死ななかった」
「手加減したんだから当然です」
森の出口、そこに二つの影があった。
一人は活発そうな女性、今も手の中で杖をくるくると遊ばせている。抜群のスタイルを持っている大人しそうな女性、ただし、冷たい目やだるそうな態度が美貌にマイナスを与えていた。
「いきなり、攻撃とは穏やかじゃないな」
「まーね・・・・ん?ナオヤァ?」
「あら、そうみたいね」
「は?」
陽気な女性の言葉に俺は間抜けな声を漏らす。
こいつら、何で俺の名前を知っている?
「コンパスで探し物をしていたらまさか死んだはずの人間と遭遇するなんて」
「世の中、狭いって事だね“ララ”」
「そうね、“ルル”」
「ララ?ルル・・・・?」
二人が互いの名前を呼んだところで俺の脳裏に暴れながらも的確な魔法を繰り出すルル、大人しげであまり言葉を発しないながらも高威力の魔法を操るララの姿がフラッシュバックする。
「まさか、お前達」
「そのとーり!」
「この姿が私達本来の姿よ」
「いやいやいや!ありえないだろ!そんなこと」
「どうやら本当にここへきて日が浅いのね。魔法の中には姿を偽装できるモノがある。私達はそれで幼い姿をとっていただけに過ぎない」
「何で、そんな」
「おーっと!そこまでだよ」
俺に前に立ってルルが杖を構える。
「生きていたナオヤには悪いけれど、背負っているダークエルフを渡してもらおうか?」
「・・・・レティアを?どうしてだ!」
「理由を言う必要は無い。邪魔をするなら、殺す」
ぞっと、するほど冷たい言葉のララに俺は本気だと悟る。
背負っているレティアを下ろす。
不安そうにこちらを見る彼女に大丈夫だといってから籠手を纏った拳を構えた。
「悪いけれど、理由のわからないまま殺されるつもりは無い」
「そう」
「じゃあ、死ね」
二人が杖を構える。
魔法は発動に時間が掛かる。それまでに二人を攻め落としたら俺の勝ちだ。
状況はわからない。だが、このまま殺されるかもしれない状況を受け入れるつもりは無かった。
「魔法使いは近距離に弱いと考えたみたいだね」
俺の前に立つのはルルだ。
杖を構えている彼女へ俺は拳を繰り出す。
衝撃が体を襲う。
「ぐはぁ?」
何が起こったのかわからない。
気づけば足が地面から離れ、俺は砂埃の中にいる。
状況を確認する前に魔法が飛来した。
籠手で受け止めると異変が起きる。
「な、なんだ、これ」
魔法を籠手で受け止めた途端、腕の一部が石化する。
「石化魔法よ、私達の目的はアレを回収すること、貴方を無力化させれば終了」
「そういうわけだから、とっとと眠ってくんないかなぁ?一応、人殺しとか好きじゃないし」
そういいながらルルの杖がわき腹を抉るように繰り出された。
躱す暇も無く体が木に激突して視界が歪む。
「ぐっ、そぉぉぉぉぉぉぉ」
アクティブスキルを発動させようとしたところで片足の動きが止まる。
目線を下へ向けると足が石化していた。
「このまま石のオブジェにしてあげる」
ララが小さく笑い魔法を詠唱する。
動こうにも足は地面にぴったりとくっついて動くことが出来ない。
「暫くお休みなさい」
何かを言う前に俺の意識は闇の中に消える。




