ギルドホーム長の会議
ガサガサと靴底が伸びている雑草を踏む音だけが森の中に響く。
少し風が吹けば木々のざわめきも聞こえてくるだろう。
だが、そういうものは一切無い。
あるのはどこか不気味な薄暗さを保っている森だ。
手入れされていない道を歩きながら俺は近くの木々にナイフでバッテンを刻む。
これで十箇所目、等間隔で木々に刻みながら歩いている俺は後ろを振り返る。
マークが移動した痕跡は無い。
木々が移動するタイプのエネミーだった場合、迷わない為の措置が無駄になる。
最悪、森を燃やす、と考えたところで首を横に振った。
あいつらと敵対したところでメリットはない。
なによりウソをつく必要性が思いつかなかった。
「だい、じょうぶか?」
後ろを歩いている少女へ振り返る。
ぼーっとした目でこっちをみる少女はこくん、と頷く。
だが、俺はすぐ下をみて、後悔した。
彼女の足元は延びた雑草の葉で傷だらけになっている。
ちくちくと痛いだろうにそんな表情を見せない。
俺は息を吐く。
――配慮が足りないな。
屈んで少女の前に背中を向ける。
「?」
首をかしげている少女へ俺は話す。
「足、痛いだろ?俺の背中に乗れ」
「・・・・」
どうすればいいのだろうと困惑している様子の相手に俺は微笑む。
「大丈夫だ、お前背負ったくらいでダウンするほどヤワじゃない」
だから、さっさと乗れと促すとゆっくりと小さな手が首に回る。
ぴとり、と小さな体が背中に感じながら体を起こす。
「何かあったらすぐに背中を叩け、いいな?」
森の中が安全とはいえない。
今は何も現れないが、いつどこで姿を見せるのか、予測不可能な動きを見せるエネミーもいるのだ。
彼女の感覚、俺の感覚もあわせれば対応できる。気がした。
ざくざくと森の中を進む。
どれだけ時間をかけただろうか?
太陽が真上に来ていた。
あれからずぅっと歩き続けたが中々出口にたどり着けない。
――騙されたか?
出口だと言葉巧みに騙しこんで永遠に出られない森の中へ誘い込まれた可能性、油断したところで妖精達が襲い掛かる。
「ダメだ、思考がぐちゃぐちゃだ・・・・少し休憩しよう」
後ろを見ると変わらずボーッとした目が合う。
どうやらずっと起きていたようだ。
「少し休憩する。いいか?」
コクン、と頷かれる。
返事を確認して手ごろな岩に彼女を下ろす。
座ったことを確認してアイテムカードから入れておいた食事を取り出した。
ベーグルのようなパンだ。
中に挟まっている肉が何なのかは知らない。
パンを半分に千切ってほら、と差し出す。
「これを食べろ」
幼女は俺の手、目、をみてからパンをみる。
もう一度、同じ事を繰り返してからおずおずとパンを受け取った。
受け取ったことを確認して手を離す。そこで、何を思ったのか彼女が慌てて引っ込める。
そのためにパンが音を立てて地面に落ちる。
「あらら」
俺はパンを慌てて拾う。
少し砂を被っているが問題ないだろう。
「ま、仕方ないな。こっちを・・・・おい?」
少女は頭を抑えて縮こまっていた。
ぎゅっと固く目を閉じている。
その様子はまるで何かを耐えようとしている様子だ。
俺はパンを置いて、手を伸ばす。
手が近づくにつれて震えが大きくなっていく。
「大丈夫だ」
ポン、と小さな頭の上に手を載せる。
「ぇ?」
か細い声が口から漏れた。行動が予想と違っていたという表情だ。
目線を合わせる。
「こんなことでいちいち怒らない。お前がどんな目にあってきたのかはわからないけれど、安心しろ。俺は理不尽な暴力をお前に振るわない」
少女の体の震えが止まっている。
一応、信じてくれたのだろう。
俺は地面に置いたパンを差し出す。
え?という表情で俺を見る。
「子どもなんだから遠慮するな」
違う、というかもしれないが無理やり押し付ける。
何かを言う前にパンを口に放り込む。
ジャリ、と口の中で音がする。表情を変えないように注意してパンを頬ぼる。
「おいしいな、お前も食べろよ」
手にあるパンを促す。
おずおずと小さな口をあけて中に入れる。
数回、咀嚼したら急に目を見開いて、ぱくぱくと食べた。
「んぐぅ!」
「あぁ、一気に食い込むから、ほら、水だ」
用意しておいた瓶の蓋を向ける。
慌ててそれを受け取り、ごきゅごきゅと飲んでいく。
ふぅ、と息を吐いた後、目が合う。
俺が笑うと向こうは恥ずかしいのか俯いた。
可愛い顔だなと思う。
それから俺達はもぐもぐとパンと水を味わう。
食糧に関してはアイテムカードに保管されているから当面、心配の必要は無い。
もし、あるとすれば――。
「(救援の存在があるかどうか・・・・・だよなぁ)」
探求者は基本的に救援関係のクエストを行わない。情報が無い場所ほど命を失う危険性というものが段違いなのだ。そんな危ない場所へ助けに向かおうとする者は絶対的な実力を持つ猛者か死にたがりのどちらかだ。
厄介なことはまだある。
俺のいるエリア、そこは忌避地帯とされている場所、情報が無い場所と比較することもできない危険が潜んでいる。
そんなところに救援がくるというのは神様がやってきてチートアイテムを与えてくれるのと同じくらい無きに等しい。
つまり、俺は自力でこの森から脱出しないといけないわけだ。
余計な希望は持たない方が良い。
どうすれば森から脱出できるかを地道に考えよう。
幸いにもマークが移動するようなことはない。
ある程度、進んで何も無ければ、今日は休もう。
マークをつけた数を思い返しながら残りのパンを頬ぼる。
もう一つ、気になっていたことがあった。
隣でパンを食べている少女、レティアのこと。彼女は樽の中に入っていた。どこかの拠点から移動する時に紛れ込んだのだろうか。もし、そうならどうして一度も見つかることがなかったのだろうか?
さらにいうと、どうして奴隷なんていうステータスがついている?もし、本当に彼女が奴隷だというのなら、どうして俺が主みたいなことになっているのだろう。
そうなる切欠があったとしたら指先が首もとの刻印に触れた時、あの時に契約がなされたと考えたら・・・・。
だが、そうなると次に浮かぶのは未契約の彼女が樽の中にいたこと。そもそも奴隷というのは拠点で認可されているのか。
「(ダメだな)」
知識と情報が不足すぎる。
「・・・・?」
悩んでいることが表情に出ていたのか隣のレティアが見上げていた。
「気にしないでくれ、大丈夫だ」
ポン、と頭を撫でる。
途端に目を細めて嬉しそうな表情になった。
最初の頃と比べると大分、心を開いてくれている。
奇妙な森の中で二人っきりだが、どこなく安心感があった。
――彼女のことは後で考えよう。
微笑んでいるレティアをみて、答えを保留することにした。
ギルドホームの一室、アイオリスは壁に設置されている魔導具を起動させる。
音を立てて壁にモニターが表示された。
『五分の遅刻だぞ』
モニターの向こうがクリアになったところで厳しい声が投げられる。
視線を向けると金髪に険しい表情の男がみえた。落ち着かないのかテーブルを指で鳴らしていた。拠点の一つナイツオブパラディンのギルドホームを勤めているオミット、イライラした表情は変わらない。
「この会議は開始時刻までに着席していれば問題ないはずだが?」
「ふん」
「まーまー、落ち着こうよ。一年ぶりの会議なんだからさぁ」
一触即発になりかける空気の間に陽気な男が割り込む。トワイライトキングダムのギルドホームのヨードだ。
「遅刻魔の貴様がいうセリフではないな」
「ひっどいな、これでもかなり急いで作業を終えているんだけど?てか、そろそろ時間だからもめるのやめようよ」
ヨードの言葉に二人は沈黙で返す。
「他のメンバーは?」
「例外は除けば、いつもどおり音沙汰なしだよ」
「ふん、閉鎖的な連中だ」
「仕方ないよ、僕らはなんとか形になっているけれど、他のところはまだまだ問題や山積みなんだし」
拠点、それが出来てまだ日は浅い。赤い空が広まるこの世界は当初、人が住めるのに適した場所というものが存在しなかった。放浪の旅、いたるところから姿を見せる凶悪なエネミー。
当時は自分の身を守るのみで多くの人間が命を落とした。
辛く、死んだ方がマシと思える環境をここにいるメンバーは潜り抜けた。それからエネミーが近づかない城壁を発見、拠点の作成へと至る。
「他の拠点については何か聞いているか?」
「いーや、どこも今回の会議に出席する意思すらみせなかったよ」
「こんなものに意味など無い、我らは各々にすることがある。集る事など意味を持たん」
「つれないなぁ~」
「三人だけだが会議を始めよう」
「貴様が仕切るな」
アイオリスに冷たい態度のオミットを宥めて会議が始まる。
進行役はヨードが勤める。
「今回の会議について、まずは人族以外の奴隷についての話なんだ」
「何の意味がある?奴隷制度については決定したことだ。今更制度を変更するというのか?」
「そういうつもりはないよ」
奴隷制度、それは犯罪者を取り締まることとして確立した制度だ。
拠点が設立される前から犯罪は起こっていた。出来上がってからも尚、それは続く、悩んだギルドホームたちは魔法の一つであるテイム技術を利用して、奴隷という枠組みを作る。
胸に刻印をいれ、主に逆らう素振りを見せれば心臓に激しい痛みを与えていく。
「ただ、例外を設ける必要があると感じているのさ」
「・・・・犯罪者による奴隷技術の悪用か」
悪事に身を染めたものが奴隷技術を悪用し、勝手に奴隷として売りさばくといった問題が起こっている。
何度か取締りを行っているが大規模な組織がバックにいる為か摘発が難しい。
「つまり、奴隷制度に特例措置を設けてそいつらを救うということか・・・・下らん」
「下らない、だと?」
「そうだ、奴隷というのは弱者の果ての姿だ。そんな奴らに慈悲を与えることなどなんら意味を持たん。そもそも甘い言葉にのせられる者も中にいるはず、特例措置など無駄だ」
「奴隷になってしまうものが悪いといいたいのか?」
「そうだ」
「報われない気持ちを抱いたまま奴隷でいろというのは残酷すぎる」
「下らぬ、所詮は弱者の言葉だ」
ギロリ、とにらみ合う二人のギルドホーム長。
「この話は保留にしておこうか、次にアイオリス、先日の塔攻略について話してもらえるかい?」
「書面で送っているはずだが?」
「惚けるのか?」
「なんのことだ」
「さすがの僕も無理があると思うんだけど、七徳姫を含めて数人でボスエネミーを倒したことだよ」
「お前達はわかっているはずだ。七徳姫の強さを」
アイオリスの指摘に二人は言葉を詰まらせる。
それぞれの拠点にも七徳姫はいる。けれども疑念を抱かずにはいられないほど塔にいるボスエネミーというのは恐ろしい強さを秘めていた。
「だが、解せぬところも多いというのも事実だ。ボスエネミーが姿を変えるということ何か切欠がなければ」
「悪いが」
手をあげてアイオリスは真面目な表情で言う。
「私は戦いに参加した彼らの言葉を基に作成したに過ぎないのだ。こればかりはどうしょうもできない」
「まぁ、キミがそこまでいうのならそういうことにしておこうか」
ヨードの言葉は「ここまでにしておこう」という意味が込められており、内心、助かったと思いながら次の議題へ話を進める。
ボス攻略のすべてをアテナから聞いているが全てが半信半疑だった。
だから、すべてを明かすべきではないと考えたのだ。
「ま、いいか、じゃあ、次にファントムクラッカーズについて」




