予期せぬモノ
拠点を出てから二日目、俺達は折り返し地点にいる。
迫るエネミーの数は増えたり減ったりと統一性はない、そんな中で忌避地帯の嘆きの森に近づきつつあった。
忌避地帯に近づいているというのに先頭のタイタンズアタックに緊張感は欠片も無い。
むしろ俺達が緊張していることを嘲笑っている。
こいつらよく探求者の試験通ったなというのが俺の抱いた感想だった。
余裕綽々な彼らの行動は段々と雑に、なおかつ大きくなっていく。
取りこぼしのエネミーの数が増したこともあれば、近くの危険エネミーを放置するというとんでもないことをしでかした。
ルルが気づかなければ荷馬車が失われるという事態になっていた。
もし、次があったら俺はタイタンズアタックの連中と組むことは絶対にしない。それは後ろの二人も同じだろう。
そんな気持ちを抱えながら商団体はオアシスの付近で野営をしている。
「いよいよ明日は嘆きの森か・・・・」
「ナオヤはタブーに近づくのは初めてなんだよね?」
「あぁ、二人は」
「ララ達は二回目」
「あの時は凄かったな~超ド級の危険エネミー討伐でタブーに訪れた時は凄かった」
「でも、怖くない」
「・・・・なんで?」
「セブンプリンセス様がいたからよ!」
バッ!とルルが立ち上がる。
「豪傑の姫様が聖武器を操るだけで目の前に存在したエネミーは跡形もなく消し飛ばされた!あの時は凄かったな~恐怖なんて消し飛んだもん」
「凄かった(こくこく)」
「・・・・へぇ」
少し誇張が入っているのかもしれないが二人が純粋に豪傑の七徳姫を尊敬していることがわかった。
「ケッ、くっだらねぇ」
そんな俺達の会話にタイタンズアタックのリーダー、イゲスが絡んでくる。
「くだらないってなによ!」
「七徳姫だかなんだかしらねぇが、拠点から一歩もでないようなヤツを尊敬するやつの気がしれねぇっていってんだよ」
「失礼よ!」
「ルルの言うとおりだな、いない人間の悪口を言うことは褒められることじゃない」
「あッ?餓鬼が偉そうにいうんじゃねぇよ。そういうのは実力があるヤツが言うせりふだ。おこぼれにあやかっているんだから黙ってろ」
「フン、何がおこぼれよ。そっちがちゃんと討伐しないのが問題でしょ。実力の無さはそっちでしょ!」
「こ、の餓鬼ィ!」
顔を真っ赤にしてイゲスがルルへ近づこうとする。間に割り込む形で俺が立つ。
「やめろ」
「退けやぁ!」
短気な性格のイゲスは拳を振るう。俺は懐へ入り込んで足払いする。
バランスを崩して地面に頭から倒れこむ。腕をねじるようにして掴む。
「明日から忌避地帯へ向かうんだ。無駄な体力は使う必要が無いだろ?俺達はもう休むからアンタも自分のテントに戻ったらどうだ?」
腕を押さえながらイゲスは唾を吐き出して去っていく。
血走った目が頭に残って離れない。
「ナオヤ!」
イゲスがいなくなってルルとララが慌てて近づく。
二人は心配そうに俺を見ている。
「どうした?」
「大丈夫!?怪我とかしていない!」
「治癒するから傷あったらみせて(うるうる)」
「俺は怪我をしていないって、明日も早い、そろそろ寝ようぜ」
「もーう、女の子に寝ようってナオヤは変態さんだ~」
「変態、さん」
「失礼だろ、お前ら」
「でも、ナオヤって、優しいんだね」
「なんだよ、薮から棒に」
「暖かい(うるうる)」
二人はそういうと俺に抱きついた。
異性に抱きつかれるというのはあまりない、アテナに抱きつかれている事を除けば、そうそうあるわけがない。
「ナオヤはいい人間だね」
「うんうん」
「わけがわからん」
呆れていた俺は振り返る。
「どうしたの?」
「・・・・いや、なんでもない」
さ、離れろと言って二人を引き剥がす。
ぶーぶー文句を言う彼女達に背を向けてテントに向かう。
手を振って、荷馬車の方へ視線を向ける。
気のせいか?何かを引っかくような音が聞こえた。
髪を引かれるような気分を残しながら俺は設置されたテントの中に入る。
疲れていたのか横になってすぐ、俺は深い眠りに落ちた。
▼
日が昇ると同時に商団体は移動を開始、警戒地点である嘆きの森がみえてくる。
嘆きの森は見た目からすれば普通の森林地帯と大差ない。だが、雰囲気といえばいいのだろうか、どこか生命が存在しない、寂しいという気持ちがみえてくる森から漂ってきていた。
嘆きの森に近づくに連れて襲い掛かっていたエネミーの数が少なくなってくる。
タイタンズアタックの連中が取りこぼしているとかそういうわけではなく。後ろから追いかけるということもなくなっていた。
「忌避地帯の場所にもよるけれど、近づくことを極端に嫌がるエネミーもいるんだ!」
「原因はわかっていない(ぼそ)」
大変、勉強になります。
荷馬車の先頭がゆっくりと森に近づく。
その瞬間、大きな悲鳴が響いた。
「っ!?」
「先頭からだよ!」
「・・・・っ!?」
「二人ともここにいてくれ」
俺はルルとララに指示を出して前へ走る。
先頭の馬車からの悲鳴に後列の馬車達はどうすればいいか戸惑っていた。
「止まれ!様子を見てくる」
後続の馬車へ指示を飛ばし、俺は森の中へ足を踏み入れる。
途端、深い霧が周囲に漂う。嫌な予感が全身を駆け巡った。あぁ、これは。
「最悪だね」
先頭の馬車付近、そこにヤツはいた。
深い霧と同じくらいの白、所々にはいる黒い毛皮、足にあるのは鋭い爪、黄色い瞳、口からは獰猛な唸り声が漏れている。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃいいい!」
「ま、でやがったぁああああああああああ!」
腰を抜かして逃げ惑う人達。そんな連中の後ろの巨大な存在が目に付く。
――巨大な虎。
それが目の前に立ちはだかった敵の正体だ。
虎の足元に転がっているいくつかの死体が目に入る。
みた瞬間、俺は地面を蹴った。
「うぉらぁあああああ!」
虎の足元にアクティブスキル【クロスアタック】を撃つ。
飛び散る土埃や石の破片に虎は下がる。
「おい、生きて」
タイタンズアタックのメンバー、五人のうち三人が死んでいた。
生き残っているのはリーダーのイゲスと取り巻きの一人だけ。
二人とも腰を抜かして座り込んでいる。
先頭の馬車は馬が殺されただけで無事だった。
「(無事だった、か)」
なんともいえない表情を作りながら目の前の虎を睨む。
「ここはお前のテリトリーってところか?」
俺の質問に返事は咆哮だった。
「ひぃぃぃぃぃ!」
「なんで、なんで、こいつが、また、でてくんだよ!?くそっ、くそがぁ」
大地を揺らすほどの振動に俺は前へ踏み出す。後ろでイゲス達が悲鳴を漏らす。
拳をバキバキ鳴らしながら虎を睨む。
お互いに下がるつもりは無い。
ならば。
「ぶっ飛ばすだけだ」
地面を俺と虎が同時に蹴る。
巨大な爪が体を抉るように繰り出された。
ギリギリのところで屈んで避ける。
標的を失った爪は傍の木々をなぎ払い地面に巨大な爪あとを残す。
――防御に回ったらやられる!
次撃が来る前にさらに前へ踏み込んだ。
スキルなしの一撃を虎のわき腹へ振るう。
「っ!?」
硬い。
わき腹に叩き込んだはずだ。
まるで岩に拳を振るったような感触に顔をしかめる。
飛来音に気づき、横に跳ぶ。
ブゥゥゥンと爪が空を切る。
少し遅れていたら首が胴体とさよならしていた。
冷や汗を流しながら虎の動きを見据える。
唸りながらこちらの動きに注意している、そんな様子だった。
アクティブスキルを使えば虎にダメージを与えることが出来るだろう、だが、それで倒せなかった場合を考えると最悪だ。
この虎は技後硬直を狙って攻めてくる。動けない俺は格好の的だ。
ここぞという時にしかスキルを使えない。
「ナオヤ!」
「いけ」
打開策を考えていたところで後ろから火と氷の魔法が飛来する。
虎は不意打ちに悲鳴を漏らし、体に魔法攻撃を受けた。
魔法を受けたというのに虎の毛皮に火傷などの痕跡は無い。
コイツ、魔法にも耐性ありかよ。
――驚きの連続だ。
拳を構えたところでルルとララの支援魔法がかけられる。
【速度上昇】【防御力強化】【攻撃力強化中】が施された。
少しは虎とやりあえるだろう。
攻撃態勢に入った所で後ろから巨大な砲撃音が響く。
「うぉっ?」
砲撃は少し外れて近くの木に直撃する。
派手な音と共に木が炎上した。
「な、なんだ?」
飛来した方向を振り返る。
「ひ、ヒヒヒ!この怪物がァ、とっとと死んじまえよ!お前らまとめて!」
口から涎を垂らしながらイゲスが笑う。
その手に握られている者を見て俺は言葉が出ない。
なんで、何でアイツは。
イゲスの手の中にあるものそれはロケットランチャー。
この世界は“近代的な兵器”が存在しない。
どうして兵器が存在しないのか、それはわかっていない。元々ないという説もあるが詳しいことはわかっていなかった。
だから、イゲスが兵器を持っていることに戸惑う。
「ド、どいてくれぇえええええええええええええええええ!」
イゲスが続いて攻撃しようとしたところで霧を引き裂くように荷馬車が突っ込んでくる。
操者は必死に手綱を握っているが我を忘れた馬は止まらない。
「くそっ」
虎から背を向けて俺は荷馬車に飛び込む。
「何やっているんだ!」
「手綱が、手に、か、か、あらまって」
「くそっ」
懐からナイフを取り出す。
ナイフは武器ではなく作業の道具として認識されるのでスキルは発動しない。
手綱をざくざくとナイフで裂いていると隣から悲鳴が漏れる。
前を見ると広大な崖が広がっていた。
「や、やばい」
ナイフを握る手に力が入る。
急いでガリガリと削る。
崖まであとわずかというところで紐が千切れた。
「おらぁ!」
隣の男を突き飛ばす。
男は草むらの上に落ちた。
続いて飛び降りようとしたところで後ろの樽からガリガリと奇妙な音が聞こえる。
なんだ、と振り返った所で樽が俺の前に飛んでくる。
籠手を樽に向かって放つ。
木製だからバキバキと派手な音を立てて樽が砕け散る。
破片を潜り抜けてそのまま後ろから飛び降りれば、完了だった。
だが、状況はそれで終わらない。
砕け散った樽から飛び出したのは褐色の女の子。
「は!?」
突然の事に間抜けな声を漏らし、女の子の体、首元に手が触れる。
紫色のスパークを放ち、手が痺れた。
何かが起こったことを確認したところで荷馬車は崖から落ちた。




