護衛クエストの招待状
新しい話です~
見上げると雲ひとつ無い赤い空が広がっている。
空が丸く感じるから地球みたいな惑星だろうかと考えてしまう。昔の偉い学者達は地動説、天動説という二つの考えがあった。
天動説は地球が中心で、世界には端があるというもので、その端を越えたら闇の底に落ちてしまうという文明の恩恵にあやかっている人達からしたら荒唐無稽なものだ。逆に地動説は太陽を中心に地球などの惑星が回っている。
もし、この世界が天動説のように終わりが在ったとして、そこに向かえば帰る手段が見つかるのだろうか。
「・・・・ん、ぁ」
後ろで艶かしい声が聞こえてくるが無視しよう。
もし、地動説のように太陽が中心で多くある惑星のひとつならば、帰る手段はロケットを作って漆黒の世界へ飛びたつことなのだろうか?そうだとしたら最悪を通り越した絶望が待っている。
この世界は中世のヨーロッパに近いレベルだ。いくら魔法があるとはいえ、宇宙へ向かうことはできない。
赤い空の向こうに広がっている宇宙を考えていた俺の服の裾を誰かが掴む。
うん、俺の精神じゃ現実逃避は時間で言うと五分、文でいうと十行にも満たないようだ。
諦めて、振り返る。
目に入るのは漆黒の髪、日本人の髪よりも黒く、みているだけで吸い込まれてしまうほどのものだ。続いてボロ布から覗く褐色の肌は染み一つなく綺麗、小柄ながらに整った顔立ち、年齢は五歳から八歳の間くらい、黄色の瞳は怯えた表情でこちらを見上げていた。
成長したら間違いなく美人の部類に入る子どもの鎖骨から胸元にかけて伸びている銀色のルーン文字、そして、俺のステータスカードに追加されている一文。
アカギ・ナオヤ
種族:人間
スキルレベル4
【筋力強化】【言語理解】【武器所持(籠手)】
【状況把握】【空間能力:AA(戦闘時)】【不幸】【使用制限(武器)】
【魔法適正(E)】【???】【???】【不屈の精神】【意思を継ぐ者】
【目利き】【戦闘経験】【物理耐性:C】【魔法耐性:D】【瞬間的行動能力】
武装:黒鉄の籠手
防具:ミスリルブラックコートⅢ
アクティブスキル5:【クロスアタック】【アンダーナックル】【クライ・クライ】【インパクト・ドレッド】【トライ・スプレッド】【アクセルクロス】
奴隷契約:レティア(種族:ダークエルフ)
レティアという名前と一緒についている奴隷契約なる項目、俺を見上げている少女、
本当、どうしてこうなったんだろうと俺はため息を零す。
思えば、あの依頼を受けた時から嫌な予感がしていたのだ。
「護衛依頼ですか?」
ギルドホームでクエスト終了報告をして帰ろうとした俺を受付嬢のミューゼルさんに呼び止められた。
メガネをかけた知的な印象を与える彼女は去ろうとした俺へある情報を教えてくれる。
「実は、この拠点から別の拠点へ移動する商業集団の護衛をしてくれる探求者を求めているんです」
差し出されたクエストの内容はそこそこ悪くないものだった。元々別の拠点から移動してきた仲間がエネミーに殺されてしまった為による一時的な求人募集だ。
金額も数日ほど、拠点を離れるからと通常のクエストよりも額がデカイ、これを断る者はいないだろう。
「これなら逆に受付一杯になってもおかしくはないんじゃ?」
「実は、この商業集団の進行ルートに嘆きの森があるんです」
「嘆きの森・・・・って、年中、誰かの泣き声が聞こえるとかいう忌避地帯でしたっけ」
「そうです、不気味でその森へ足を踏み入れたら最後、誰も戻ってこないといわれる忌避地帯の一つです」
俺はこの募集に人が少ない理由を察知した。
忌避地帯はギルドが立ち入っては危ないと示しているエリアで、足を踏み入れても命の保障はできない危険度から「財布の中身が一杯になっても使えなければ意味が無いよね」という皮肉から支払われる報酬額が高い。
対して、このクエストその近くを通るならもう少し金額やアイテムが手に入ってもおかしくはないだろうと内容を見た探求者は考えた上で受諾しないのだろう。
実際に話を聞いた俺もこの内容はあまり受け入れる気がしなかった。
金額がつりあっていないというのが正直な感想だ。
「どこがおススメなんですか?」
だが、受付嬢のミューゼルさんはこのギルドの中で優秀な人だ。この人が推薦したクエストは当たりが多い。
忌避地帯があるとはいえ、何か俺の得になる。そんな気がしたのだ。
「実は、この記されてはいないのですが、依頼主はアクティブスキル、中伝の書を持っている人がいるらしいのです」
「それ、本当ですか?」
小声で俺は尋ねる。
「はい、ナオヤ様はアクティブスキルのレベルは5でしたね」
「あぁ」
「この情報が確かなら、中伝を手に入れるチャンスだと思いまして」
「・・・・確かに」
アクティブスキルは初伝、中伝、といくつかのランクに分かれていて、一定レベルに達すると次のスキルを手に入れるために巻物を手に入れないといけない。
俺のスキルは次の中伝の巻物が必要になりつつあった。
渡りに船というのはこういうことだろう。けれど、問題もある。
忌避地帯に近づくということはそれなりの危険がある、塔攻略と比べるとマシかもしれないが油断できない。
「まぁ、受けようかな」
だが、中伝が手に入るのならば話は別だ。
安全マージンを取りつつ注意すれば何とかなるだろう。
「何かクエストを受けるの?」
「うぉっ!」
ぎょっ、と振り返るとアテナが立っていた。
肌と肌が触れ合う距離、普通ならドキドキするところだが今は別だ。
コイツがクエストの話を聞けば何を言い出すかわからない、心配して止めてくるかもしれない、それか一緒についてくるというかも。
それはそれで厄介だ。
「遠征クエスト?」
「違う、護衛クエスト、近くの拠点までの護衛だ」
「アテナさんもこのクエストを受けますか?」
「・・・・いい」
ミューゼルさんの提案をアテナは断る。
少しの間が気になった、だが、アテナはいつもの表情に戻った。
「鑑定したアイテムをとりに行かないといけない。後で」
そういうと離れていく。
どうしたんだ?
俺に何か言うかと思ったんだが。
「やっぱり、アテナさんは断るかぁ」
「何か、知っているんですか?」
「アテナさん、正確に言うと七徳姫に約定みたいなものがあってね、他の拠点へ許可なしに近づいてはダメらしいの」
「へぇ、そんな約定があるんだ。というか、他の七徳姫って見たことが無いけれど、どんな人がいるんだ」
「そうね、個性豊かとギルドホーム長から聞いているわ」
個性豊か、ね。
アテナも十分に個性的なのに、そんな奴らがあと六人もいるわけか。
全員と遭遇しないことを願う。
そんなことを考えながらミューゼルさんにクエスト受諾を伝える。
「畏まりました。クエストは明日の朝八時、拠点西口ゲートの入り口に集ってください、そこに他の探求者の方たちと依頼主がこられます」
「わかりました」
▼
クエスト受諾後、アイテム鑑定の終わりと共に俺は宿へ戻る。
七草の宿で夕飯を頂く。
今回の食事はハネウサギのクリームシチュー、柔らかい肉にシチューの味がしみこんでいて、とてもおいしい。
ちなみにハネウサギというのはエネミーで、存在するエネミーの中に食材となりうるものもいる。見た目を知っているから、最初は抵抗があったのだが慣れによるものだろう。
今は何の遠慮もなく食べている。
――うん、おいしい。
シチューを食べ終えたところで宿屋の娘さんが食器を片付けてくれる。「おいしかったよ」と告げると笑顔で「お粗末さまでした!」と返してくれた。
代金は払っているので俺はそのまま部屋に向かう。
ぎしぎしとなる木製の階段をあがり、自室に入る。
部屋で荷物の整理をする、といっても俺が持っていくのは数日の食糧、籠手、着替えの服だ。
「といってもアイテムカードでほとんど収容するから準備もすぐに終わるんだよなぁ」
アイテムカードに収容限界というものは存在するが数日程度の食糧や水などで満杯になることはないし腐る心配も無い。ただ、人間というものは何日以上経過した~の肉とか水というものに抵抗感を覚えることがある。保管していることを忘れないようにしないといけない。
「さて、今日は」
――コンコン。
寝ようというところで扉をノックされる音、ベッドに倒れこもうとした俺は無理やり体を起こす。
誰だ?こんな時間に。
首をかしげながら扉を開ける。
すぐに閉める。
「酷い」
相手に侵入させまいと閉めたが既に遅く、彼女は中にいた。
「不法侵入という言葉を知っているか?」
「知らない」
しれっと返す相手に文句を言いたかったが、彼女のペースにはまりつつあることに気づいたので話題を変える。
「用件はなんだ?」
「・・・・」
「どうした」
尋ねた途端、アテナは急に目をそらす。
ギュッと手の中にある枕を抱きしめている。
ん、枕?
視界の隅に捉えた存在に戦慄する。
初日、彼女と一緒の部屋にいた時のことだ。
別々で寝ていた、なのに、朝目を覚ましたら一緒のベッドに居る。そんな展開が僅か三秒で構成される。
イ・ヤ・ナ・ヨ・カ・ン。
「さて、俺はこれから外に用事があるから部屋に戻って」
「待ってる」
「いや、長引くから部屋に戻って」
「待ってる」
「だから、戻ってくるのが遅く」
「待ってる」
「・・・・やめた、用件を聞こう」
根負けだ。
どれだけ言葉で遠ざけようとしてもアテナに通用しない。
「一緒に寝る」
手の中にある枕をぎゅっと抱きしめてとんでもないことを言う。
前にもそんなことがあったなと思い出す。
あれがもう遠い日の出来事のようだ。
俺は少し考えて、隣のベッドを指す。
「お前は隣で寝るように」
「・・・・・・ケチ」
「何とでもいえ」
思春期の男子が女の子と狭いベッドで一緒に寝る。こんなことゲームや小説だけで十分だ。赤い空の異世界で銀髪の美少女と寝るなんて出来るか。
これは最大限の譲歩だ。
暗くなった部屋で二人っきり、普通ならとんでもないくらい心拍数が響いているのだろう。だが、俺はおそろしいくらい静かだった。
“あぁいう展開”になるわけがないという気持ちがあった。
「・・・・明日、拠点の外にでる」
「そうだな」
隣のベッドから話し掛けてくる。
やっぱり、この話だったか。
「拠点から離れすぎると危険が多いのか?」
「全部が危険というわけじゃない、ただ森の近くには妖精がいる」
妖精?
俺は首を傾げる。
「妖精って、背中に羽の生えた小人みたいなヤツか?」
「外見については知らない」
「危険なエネミーなのか?」
「ううん」
隣で首を横に振る。
「妖精は存在が認知されていないからエネミー認識されていない。ただ、貴方がいく森の近くに妖精たちが住んでいるという話がある」
「存在があやふやなのに注意しないといけないのか?」
「あやふやだからこそ頭の片隅でもいい、警戒をしないといけない。この世界は何が起こるか予測が出来ない。一瞬の油断が危険を招く」
アテナの言うことに一理ある。
脳裏を過ぎったのは塔の攻略中、終わったと思ったところでの光、その中に飲み込まれた仲間達、最後に――。
あの時のことを思い出して全身から嫌な汗が噴き出す。体ががちがちと震え始める。
俺の意思に反して体が暴れようと動く。
「ごめん」
アテナが俺の背中に抱きつく。
だれかのぬくもりを感じた瞬間、体の震えが止まる。
嫌な汗も、
後ろを振り返る。
背中にうもれて見えないが銀髪の少女が抱きしめている。
普通なら体を引き剥がすだろう。
だが、
アテナの、小さなその手を払う気持ちになれない。
俺は、彼女に安らぎを感じていた。
「まだ、日が浅いのに思い出させるようなことを・・ごめんなさい」
「いいや、アテナが悪いわけじゃないさ」
そうだ、
悪いのは――。




