――憤怒ノ罪漆黒骸骨双頭――
三体のうち一体を倒しただけで戦況は大きく変化した。
残りのナイトエネミーもアテナが加わっただけで、先ほどの苦戦が嘘のように撃退できる。
メインパーティ、サブパーティが残りのボスへ狙いを定めた。
「ボスの一撃は命を確実に奪い取る。危険を感じたらすぐに避難して!」
「おら!顎による噛み付きがくっぞ!下がれぇ!」
ベテランのアテナ、ザフトの指示で最初は危ないところもあったサブパーティだが、次第にドラゴンの動きになれて、対応できるようになる。
初見のサブパーティが混じっている中、特に敵へ多くのダメージを与えているのが相良と神原だ。彼らの武器、弓と槍はドラゴンへ確実に削っている。アテナも魔法系統のスキルを使い始めたことでさらに削っていく。
――勝てる。
その気持ちが広まりだしたところでドラゴンが空へ逃げようと羽を広げる。
「逃すかよ!」
上空へ向かうドラゴンに相良の矢と神原の槍が牙を向く。
骨の羽を切り落とされて地面に落下したドラゴンを探求者全員が囲む。
それぞれがスキルを放ち漆黒の骨にダメージを与えていく。
「これで、とどめ」
アテナの光剣がドラゴンの首を切り落とす。
ジュッと骨が焦げる臭いを残しながらボスは地面に崩れた。
床を揺らして、それっきり動かないドラゴンに誰も動かない。いきなり起き上がり攻撃を仕掛けると誰もが警戒しているのだ。
しばらくして、本当にドラゴンが倒れたという事実に誰かが「やった」と声を漏らす。
同時に歓声が沸き起こる。
誰もが武器を振り上げて、騒ぐ。
「つ、疲れた」
「俺も動けないぞ」
騒ぐ中、俺とトキトはぽかんとした表情の後、ぐったりとその場に座り込んでしまう。
無理もない、不慣れなボス討伐の中、ナイトエネミーを二人だけで相手を、そのままボス戦に参加した。
相当な疲労が堪っているのだろう。
地面に座り込んだ所へザフト達が駆け寄る。
「よっ、お疲れさん」
「ありがと」
「おいおい、そこは普通は俺達のほうへ言うもんだぞ」
「貰う物はもらう主義だ」
「お前は将来大物になるぜ」
俺の言葉にザフトは苦笑しながら肩を叩く。
疲れているから乱暴に揺らされている手を払う気力もない。
このまま眠ってしまいたいというのが正直な気持ちだ。だが、それで終わりではないということはわかっている。
「これから、どうするんだ?」
「あのエネミーの残骸を回収だな。残骸は滅多なことがない限り姿を見せないが、手に入れたら強力な魔器になる」
「聞きたかったんだけどさ」
そのとき、何が起こったのかわからなかった。
覚えているのは赤い閃光、誰かの悲鳴、そして、
自分を突き飛ばして武器を構える探求者達、そしてこっちをみて笑った――。
異変に気づいたのは誰だったのか、それは過去となってもわかっていない。
崩れていた残骸が急に赤く発光したと同時に首が落とされた箇所から二つの顔が姿を見せる。
「っ!!」
光剣を構えるアテナをみて、全員に緊張が走る。
新たに生えた二つの首、骨だけしかなかった体へ肉が宿り、肉体を形成していく。
咆哮と同時に赤と黒の光が走った。
「っ!?」
息を呑んで、アテナは向かう。
光の先は彼がいる。もし、直撃していたらと考えるだけで体が震える。
――嫌だ。
久しく忘れていた恐怖に体を支配されそうになっていたアテナはエネミーの攻撃に気づくことが遅れた。
「あぐぅ!!」
横から飛来してきた尻尾に反応できず、大きく壁に叩きつけられる。
ペキリと利き腕から嫌な音が聞こえて、手から光剣が落ちていく。
「何だよ、これ!?」
遠くからエネミーの動きを報告していたパーティから驚きの声が出る。
後方は回復担当ともう一つエネミーの能力測定を担っていた。復活したエネミーを測定していた探求者が叫んだ。
「名前が変わっている・・・・?」
暴れる二つ首のドラゴンは空に向かって吼える。
――憤怒ノ罪漆黒骸骨双頭――《――ザ・ラーススケルトンヒドラ――》
名前、外見が変化したエネミーは金切り声で吼えると周囲の探求者を威嚇する。
誰もが突然の事態についていけていない。
倒したはずのエネミーが復活、外見が変化する。そんなことは今までになかった、故にベテランの探求者達ですら対応が遅れてしまい、敵の放つブレスに飲み込まれてしまう。
ブレスを受けた人達は体が石みたいになって崩れていく。
その中にザフト達がいたことを俺はどこか遠い場所で見ていた。
目の前で彼らが石になっているのに、俺は動けないどころか動こうともしない。
事実を否定すらしなかった。
ただ、ただ、黙って前を見ている。
その間にも事態は動いていく。
体勢を整えた探求者達がヒドラへ挑もうとする。
だが、攻撃はヒドラへ届かない。
体勢に入った直前で尻尾、二つの顔が体をずたずたにして飲み込んでいく。
遠距離からの魔法攻撃がヒドラに直撃するがダメージを受けた様子は無い。
飛来する尻尾を躱して、光剣を振り下ろすが強固な皮膚にはじかれる。
アテナは顔を歪めつつ、短い詠唱で魔法を放つ。
魔法が当たる直前に霧散する。
「魔法無効化・・・・・能力!!」
ギロリとヒドラの瞳が遠くを睨む。
それをみたアテナが動く前に巨大な口が開く。
赤と黒が混じった光が放たれる。
射線上にいるのは後方で治癒などを担当していた探求者達。彼らが危険を感じるよりも前に光の中に消えていく。
「う・・・・・ぁあああああああああああああああああああ!」
仲間がまた失われた。その事実にアテナは怒りに震え、光剣をヒドラに振るう。だが、刃は強硬な皮膚に阻まれる。
物理攻撃無効化もあるのだろうかと考えながら、二撃目の尻尾をかわす。
離れた尻尾に光る矢が刺さった。
「無事、のようですね」
弓を携えて相良カズキがやってくる。運よくヒドラの攻撃に当たっていないのか傷一つ無い。
相良はアテナの傍にやってくると耳元で囁く。
「撤退を推奨します」
「・・・・!?」
驚きと戸惑いの表情を浮かべて相良を見る。
「状況は完全に不利です。手馴れの探求者の大半が命を落としてします。このエネミーの特性もわからないなら継続して戦闘をする必要はありません。一度、体制を整えて、再度、挑めば」
「・・・・無理」
相良の提案をアテナは拒否する。
「しかし、このままでは全滅です。このボスエネミーを倒せるかどうかも」
「時間が無い」
アテナは空を睨む。
空洞になっていた天井、いつからあったのか時計の針が浮き上がっている。その数字は5から4へ変わっていく。
「あれがゼロになったらこの塔は崩壊する。今日、ここで終わらせないといけない!私は必ずあれを倒す」
光剣を構えてアテナは叫び、ヒドラへ攻める。
弓を構えながら相良は小さく舌打ちした。
「チッ、このまま散った方がいいかもしれないな」
振るわれる尻尾を潜り抜けると巨大な二つの顔が襲い来る。アテナは光剣の側面で牙を受け流し、くるりとそのまま回転させた。
ジジジッと刃が地面をこすりながら口の中に突き立てる。
「グッ・・・・アァアアアアアアアアアアアアアア!」
鮮血が体に被った瞬間、アテナは悲鳴を上げて、地面に座り込む。
ヒドラを斬った箇所から流れた血が甲冑を、服を溶かす。
体を焼かれるような痛みにアテナは膝をつく。
座ったところでヒドラの尻尾が彼女をなぎ払う。
その衝撃で手から光剣が離れる。
「し・・・・ま」
慌てて伸ばすも零れた剣は届かない。
壁に叩きつけられるアテナの口から少量の血が飛び散る。
縫い付けられたアテナを眺めるようにヒドラの双眸が彼女を見据えた。
赤い瞳にアテナの姿が映る。負けるわけにはいかないと彼女が睨む。
ヒドラの口が開く。
拘束から逃れようと体をもがくが埋め込まれた状態で体がびくともしない。口の中に集っていく光がスローモーションに見えた。
――やられる。
迫る砲撃に彼女が身構えた瞬間、ヒドラの姿がぶれた。
気づいた時、ヒドラは壁に叩きつけられ、放たれた砲撃は塔に巨大な穴を開ける。
「なに、が?」
――起こったのか?
それを確認しようと風が巻き起こった方へ目を向ける。
空へ伸びる漆黒の柱、それが衝撃の原因だった。
散らばっている骸を蹴散らした柱、それを威嚇するようにヒドラが唸る。
そこからゆっくりと姿を見せたのは赤城ナオヤだった。
だが、彼の表情はアテナが今まで見た中で恐ろしいくらい怒りに染まっている。
まるで、憤怒そのものにみえた。
ヒドラは口から光を放つ。
地面を削りながら向かう光をナオヤは片手を前に出す。
幾多もの命を奪った光が籠手先から現れる文字に吸収される。
瞬く間に光が消えると、纏っている籠手から怪しい光が放たれた。
ブン、と空気が振動する。
ヒドラの眼前に籠手を構えたナオヤの姿、尻尾を振るうよりも速く。
拳がヒドラの皮膚を貫いた。
飛び出した酸血がナオヤの服や皮膚を溶かす。けれど、彼は痛がる素振りを見せないどころか嬉々とした表情で拳を振るっている。
返り血でダメージを受けている、なのにナオヤは拳を止めない。
ヒドラは悲鳴を上げて地面をのた打ち回る。
しばらくして、ぴくぴく痙攣しているヒドラを置いて、ナオヤが振り返った。
遠くから戦いを傍観していた探求者達は声をかけることができない。
全身傷だらけ、返り血まみれのその姿ははっきりいえば、おぞましい、不気味、近づきがたい、マイナスの印象を相手に与える。
ふらふらとアテナはゆっくりとナオヤに近づく。
彼に手を伸ばそうとしたところで槍が投擲される。
衝撃と爆風でアテナが後ろに下がった。
彼女を守るように相良と神原が武器を構えている。
「なにを・・・・」
「あの強敵を瞬殺、危険です」
「どんなチート使ったかしらねぇけどよぉ!てめぇみたいなのがいると後々厄介なんだよ」
アテナが止める間もなく神原が槍を繰り出す。
動かないナオヤの体を矛が貫く、ことはない。
「なっ!?」
先端をナオヤは指先で受け止めている。
ニィィィィィと口が左右に裂けた。
その姿に神原の表情が歪む。
物理的衝撃で地面に叩きつける。
殴られたという認識をする暇もなく神原の意識は闇に消えた。
「一撃、何ですか・・・・あの滅茶苦茶な力は」
弓を構えて相良は狙撃体制に入る。
それをみてアテナは止める。
「何をするつもり?」
「狙撃です。あれは危険すぎます。このままでは我々へ被害が」
「先に攻撃しておいて何を言うの。貴方は下がって、私が」
「聞く耳持ちません」
相良はアテナを無視して弓を構えて、エネルギーで構成された矢を放った。
螺旋状に回転する矢がナオヤへ迫る。
当たる直前に矢が吸い込まれた。
「物理、魔法関係なしに飲み込むのか!?」
動揺していた相良の前にナオヤの拳が迫る。
弓を砕き、そのまま顎を打ち抜く。
脳を揺さぶられ、相良の意識は闇に落ちた。
拳を放った体制でナオヤはゆっくりと目線を動かす。
次の標的はアテナ!
攻撃を防ぐ為に構えるが武器の光剣がないことを思い出す。
「しまっ」
ニィィィィ、と笑みを浮かべ、ナオヤが拳を振るう。
「危ない!」
アテナの前に現れる影。
「ぐっ!」
爆風と何かを引き裂く音。
アイラントは苦痛に顔をゆがめながらも接近したナオヤの腕を掴む。
その手を振りほどこうとする力に抗いながら叫ぶ。
「自分を見失うな・・・・ナオヤ!」
「・・・・・」
ナオヤは答えない。
ギリリと掴んでいる手を解こうとするがドリフトの執念からくるものか、中々、逃れられなかった。
「ナオヤ!お前が怒りに染まった気持ちはわかる・・・・だが、こんなことをしてもリーダーやドリフトは喜ばない。お前は、お前にこんなことをしてもらうためにリーダーが守ったわけではないのだ!」
「っ!」
ピタリ、とナオヤの動きが止まる。
「うぉおおおおおおおおお」
その時を好機とみたドリフトが距離を詰めた。
がら空きの間合いに入り込み、額に頭突きを放つ。
的確な位置からの攻撃の後、ナオヤがふらりと動く。
また、攻撃か?と二人が身構えていると急にナオヤが止まる。




