――憤怒ノ漆黒骸骨――
アテナは目の前の状況に叫びたくなった。
――憤怒ノ漆黒骸骨――《――ラースオブスケルトン――》
漆黒の骨は通常の武器を通さない、刺打撃無効化スキルを持っている。魔法を使う体勢に入れば尻尾による広範囲攻撃が待ち構えている。魔法は使用に詠唱時間が掛かる、その時間の隙をつかれてしまえば終わる。だから魔法攻撃に移れない。
唯一、武器でダメージを与えることが出来るのはアテナの武器、そして魔力を宿している魔器のみ。
魔器所持者の数は少ない。さらにいうと強硬な皮膚による打撃で既に四名の探求者が命を落としている。
さらに、
「(今までのボスより、強い!!)」
過去に彼女達が戦ってきたボスよりも目の前にいるドラゴンは強い、否、強すぎるというレベルを超えていた。
こんなものに人が勝てるのかという不安すら覚えてしまう。
むくりと頭をあげた不安を振り払い、迫る打撃を躱して、剣を突き立てる。
硬い皮膚に光剣が突き刺さり、火花が飛ぶ。
「うっ・・・・」
「アテナ!」
振り払われて地面に落ちるところでザフトに助けられる。
「助かった・・・・」
「おうよ、くそっ、制限時間が」
「わかってる」
アテナは剣を構えなおして、目の前のドラゴンを睨む。
先ほどから何度ぶつかっただろう。
何度、剣戟を繰り返しただろう。
目の前のドラゴンは弱った様子すら見せない。
周りを見るとほとんどのベテラン探求者に疲労の色が見える。
「数で圧すにしても人数が足りない」
「クソッ、サブの連中はまだ梃子摺ってるのか」
「呼びましたか?」
二人の頭上を越えて、風を纏った矢がドラゴンの体に降り注ぐ。
魔法による攻撃でドラゴンは悲鳴を上げる。
「うぉらぁあああああああ!」
さらに炎を纏った槍の一撃がドラゴンの足に突き刺さる。
魔法攻撃によって受けたダメージでバランスを崩す。
「遅くなりました。サブパーティのB班、C班、メインパーティに参加します」
弓を構えた相良カズキの言葉にアテナは尋ね返す。
「ナイトエネミーは倒したの」
「いえ、彼らが引き受けてくれました」
後ろを振り返ると巨体なナイトエネミーと戦う赤城ナオヤと空知トキトの姿があった。
それをみて、アテナは相良を睨む。
「彼らだけに戦わせているの?」
「こちらが崩れては厄介になります。それを理解して彼らが引き受けを申し出てくれました」
「おまっ!」
ザフトが何かを言う前にアテナが指示を出す。
「貴方達は負傷者を安全圏まで退避させてから後方からドラゴンに攻撃を与えて」
「・・・・わかりました」
相良は頷くと、仲間に指示を出す。
「おい、あいつら入れて大丈夫なのかよ!?」
「わからない・・・・でも、数が必要なのは事実・・・・」
アテナは一度、後ろを振り返る。
彼は拳を振るい、ナイトエネミーと戦っていた。だが、相手が頑丈なのだろう、決定打に欠けている様子だった。
「気になるか?」
「今はボスが優先」
「五分なら俺達で持ちこたえられる」
「え?」
曲刀を構えたザフトの言葉の意味をアテナは理解することに遅れた。
にやりと笑いながらザフトは後ろを指す。
「俺の仲間がピンチみたいなんだよ。五分なら戦線維持することができるから、いってほしいなぁ」
「でも、私は」
「七徳姫はみんなの希望だろうさ!」
振るわれた尻尾を避けながらザフトは叫ぶ。
「でもさ、自分の意思を押し込めてまでの希望ってのは意味がねぇ気するんだ。あの人みたいな希望になりてぇってのはわかるけど、お前は違うんじゃねぇか?」
脳裏を過ぎるのはあの人のこと、誰よりも他者のことを考え、自分のために一度も剣を振るわない。そんな人に憧れた。
その人みたいになりたいと考えて、今に至る。だから、彼の為に大勢の仲間を危険にさらすことは抵抗がでる。
だというのに、
それだというのに。
彼女の意識は彼へ向けられている。
どうしてなのかわからない。
放っておけなかったから。
どこか似ていたから理由は多々あげられる。
アテナは少し考え、頭を下げる。
「少しの間、お願い」
ザフトは親指を上げる。
「いって来い」
光剣を構えて、アテナは後ろを向けた。
金色に輝く剣を前に繰り出す。
大地を揺るがす風が吹き荒れ、彼を叩き潰そうと振り上げているナイトエネミーに狙いを定める。
「っ!」
体が吹き飛ばされそうになる、堪えながら地面を蹴る。
弾丸のように唸る刃がナイトエネミーの体に突き刺さった。
物理耐性に強いようだが、アテナの使う武器は只の武器ではない。最強の七人、七徳姫のみが使うことを許される力――。
通常攻撃、魔法攻撃において上位に君臨する聖なる力を宿した武器だ。
「はぁぁぁっ」
聖武器固有の連続攻撃【ホーリーリリィ】がスケルトンナイツの甲冑を打ち砕く。
派手な音を立てて地面に落下する鎧を足で砕きながらアテナは彼を見る。
まさか、自分がくるとは思っていなかったという表情に笑みを浮かべそうになりながら、真顔で告げた。
「私も手伝う。すぐに終わらせる」
▼
俺と空知は苦戦していた。
ナイトエネミー、スケルトンナイツの片割れは無骨な大剣と甲冑で身を固めていることを除けば、隠し通路で遭遇したエネミーと大差は無い、戦う前はそう考えていた。
けれど、実際は違う。
スケルトンナイツは物理攻撃耐性の甲冑を身に纏っているが為にどれだけアクティブスキルを放ってもダメージが通りにくくなっている。
それなら魔法攻撃といいたいところだが、俺は魔法なんてものは全く使えない。
隣にいるパーカー剣士も物理に力を入れているみたいで、さっきから互いの攻撃は決定打に欠けている。
「困ったな、ここまで苦戦する相手だったとは、予想外、いや計算外といったところだ」
「どっちも同じ意味だ。修正させるな。疲れるから」
俺達は満身創痍。
当然だろう、アイテムを使う暇も無くアクティブスキルで敵に攻撃をしている。後方の回復職の人達もメインパーティに専念しているからこっちに治癒はない。
隙を見てポーションを飲もうにも敵の攻撃の広さからそんな時間も無い。ないない尽くしで涙が出てくる。
「泣き言がでそうな顔だ。そんな時間は無いぞ」
「わかってる。次はどうする?」
「甲冑以外の箇所を狙うにも向こうが凄い勢いで学習している。このままではジリ貧は明白」
「だよなぁ」
スケルトンナイツはこっちの動きを警戒しているだけで近づいてこない。
いっそ、近づいてくれたら懐でもう一度、部位破壊を狙うところだ。
「・・・・ん?」
拳を構えたところで、耳に奇妙な音が聞こえる。
風を切るような。
「どうした?」
「いや、なに――」
「はぁぁぁっ」
銀色の風、といえばいいのだろうか。
大剣を振り上げた状態で横から襲撃を受けてバランスを崩す。さらにいうと纏っていた甲冑が派手な音を立てて地面に落下した。
銀色の、小柄な甲冑を纏った少女はスケルトンナイツが纏っていた鎧を足で砕いて俺達のほうを見る。
「私も手伝う。すぐに終わらせる」
「・・・・赤城」
「気持ちはわかる。だから言うな」
「・・・・?」
首を傾げるアテナに一言申したい気分だけれど、堪える。
コイツは無自覚なんだ。苦労していたナイトエネミーを瞬殺してしまった事で俺達がどんな気持ちを抱くかなんて、わかっていない。
わかっていないけれど、何と言うか、
「虚しい」
「口に出すな、じゃないのか?」
「俺はいいんだ・・・・って、待て!」
空知と話をしていた俺は、あることに気づいて叫ぶ。
「お前!メインパーティ抜けてきたのか!?」
「五分だけ抜けた」
「は!?」
「私は貴方を見捨てることが出来ない」
アテナは俺を見上げる。
その瞳はホワイトスノウの下でみたものとどこか酷似していて、俺は吸い込まれるように彼女を見つめた。
「だから、コイツを倒して、ボスに向かう」
「・・・・あっ、そ」
一度、呼吸を整える。
コイツは一度、言い出したら聞かない。
譲らない強い覚悟の持ち主の隣に立つ。
「じゃあ、コイツぶっ飛ばして、最前線戻ってもらいますか」
「頑張る」
「おい、自分、話がついて」
空知を置いて、俺とアテナは同時に前へ踏み出す。
ぎしぎしと音を鳴らしながら大剣を振り上げる。
剣はライトエフェクトを放っていた。
気づいたアテナが無言で、地面を蹴るや否や、光剣をエネミーの腕、関節部分に叩きつけるように振る。
派手な音を立ててエネミーの右手が地面に落ちた。
無論、握っていた大剣も手から零れていく。それを拾おうと左手を動かすが、それは悪手。
アテナと入れ替わりつつライトエフェクトで輝く拳を叩きつける。
「普通なら三度目の正直、だけど二度目の正直だな!」
部位破壊スキルが成功して、スケルトンナイツの左腕が壊れた。
だが、そこで俺とアテナの動きが止まる。
技後硬直だ。
それを狙って、スケルトンナイツの足が動く。
動けない俺達を叩き潰すつもりらしい。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
俺達を守るようにパーカーの剣士がライトエフェクトを放つ剣を振るう。
バクゥンと乾く重たい斬撃音。
「自分をおいて、話を進めるヤツがあるか」
片手剣二連続攻撃を放ちながら空知が俺に言う。
俺は苦笑で返事をしつつ、アテナをみる。
彼女も技後の硬直が解けていた。
――これで、終わりだ。
アテナの光剣の斬撃、連続攻撃スキル【トライ・スプレッド】がスケルトンナイツの体を貫く。
ガチガチガチと顎を鳴らしながらスケルトンナイツの体は砂となって崩壊した。




