秘密通路の骸骨
翌日、ギルドホームの受付へ向かうと、メガネをかけた女性が俺を出迎えた。
「ナオヤ様ですね。おはようございます」
「おはようございます、マップカードは」
「調べさせてもらったところ、偽造などの類はありませんでした」
「どうも」
差し出されたマップカードを受け取って、コートの中に仕舞いこむ。
「ところで、そのマップはどこで手に入れられたのですか」
「人からもらいましたが、何か問題でも?」
「いえ、かなり広範囲にマッピングされていたから気になりまして・・・・すいません、へんなことを聞いてしまいまして」
「気にしないでください」
そういいつつ、俺の中には少し、罪悪感が出ていた。
相良カズキの話を伝えるべきか、沈黙を貫くべきか。別に後ろめたいことがあるわけじゃないが、見ず知らずの相手のことを勝手に話すということに抵抗を覚える。
「今日はどのような依頼を受けますか」
「少し、塔へ乗り出そうと考えています」
「・・・・そうですか、無茶はしないようにしてくださいね」
無言で頷く。
少し緊張する俺に気づいたのか受付のお姉さんがいくつか大事なことを教えてくれる。
最初は1フロアで敵に慣れる事、宝箱は慎重にあけること(ミミックと呼ばれる擬態モンスターの可能性が在るため)。
「一番気をつけないといけないのは物事に慣れてきたときです。慣れたときほど大きな怪我を負ってしまいますから」
「わかりました、色々とありがとうございます。えっと」
「ミカと申します。頑張ってくださいね」
「はい!」
返事をして、俺はギルドホームを出る。
「・・・・本当に、頑張ってください」
ギルドホームから塔までの道のりは一直線、その間に何体かエネミーと遭遇をした。
レッドゼルをはじめとするエネミーは塔へ近づくほどにつれて凶悪性を増していく。廃墟で倒すことに苦労しなかったレッドゼルだが、塔付近では全く異なり、かなりの時間を費やしてしまう。
「くそっ、ここまで強くなるのかよ」
弾けとんだレッドゼルを睨みながら俺はポケットから携帯のドリンクを含む。
スポーツドリンクのような味の飲み物を味わい、少し休憩してから塔へ視線を移す。
かなり近づいてきたな。
黒い塔は分厚い雲に隠れて、天辺が見えない。
近づいてわかったがこの塔、どこか不気味さを含んでいる。
もし、あの中に踏み入ったらどうなるか、想像するだけで体が寒くなってきた。
「阿呆なこと考えている場合か、まだ」
まだ、塔の中にすら入っていないんだから。
暗い考えを取り払って、俺は塔の入り口へ向かう。
塔の入り口にはギルドで凄腕の人達によって特殊な結界が施されていて、外からのエネミー侵入を防ぐ役割を担っている。
中と外、同時に襲撃を受けたら身が危ないということだ。
「よし、いくか!」
呼吸を整え、塔の中へ入る。
塔の中はRPGの定番みたいに薄暗く、壁に設置された松明だけが空間を照らしていた。
コートの中からマップカードを表示する。
マップカードは八ブロックの空間が記されている。
どうやらこの塔はブロックごとのフロア区画で構成されていて、エネミーを撃退しつつ、マッピングして上へあがる仕組みになっているようだ。
ますます、ゲーム的感覚に陥りそうだ。
「二階・・・・か」
マップカードが記しているアイテムの隠し場所は二階にあるらしい。
二階へは入り口から四ブロック先の階段をあがる。
俺は拳を握り、慎重に目的地へ進む。
道中、骸骨を模したエネミーと遭遇しつつ、かろうじて撃退する。
どうやら塔の外と中じゃ、モンスターの強さは段違いのようだ。
得られる経験値に驚きつつも、目的のフロアへ駆け足で向かう。
石造りの階段を上り、マップカードを再度、開く。
「確か・・・・」
壁を俺は叩く。
すると、さび付いたような音を立てて石の壁がゆっくりと上へスライドする。
階段を上ってすぐ左の壁を叩くことででてくる隠し通路。
この奥にアイテムがあるらしい。
俺は壁を触りながら奥へ足を踏み入れる。
ガチャリと派手な音を立てて俺は一気に地面を転がり落ちた。
「つぅぅ・・・・何だ?」
ギギギと音を立てて、俺が入ってきた道が閉じる。
「なっ!?」
慌てて、扉の向こうへ走るが間に合わない。
派手な音を立てて扉は閉じた。
部屋が暗闇に包まれる。
明かりなどの類を持っていない俺は目が慣れるのを待つしかない。暗闇の中でマップカードを取り出す。
あれならば、明かりの代わりになるのではないだろうか?
そう考えてカードを取り出そうとすると暗闇で何かが煌く。
手に持っていたカードが弾き飛ばされて、地面に落ちる。
俺は黒鉄の籠手を構えた。
――暗闇に何かがいる。
カラカラカラと音を鳴らしながらそれは俺の前に姿を見せた。
――巨大な骸骨。
――腰には二つの剣。
――三メートルは裕に超えている巨大な骸骨。
それがエネミーだと気づいたところで骸骨が剣を抜く。
咄嗟に横へ跳ぶ。
土煙と石の破片が周囲に飛び散る。
「くそっ」
やけくそ気味に俺は地面を蹴り、巨大エネミーへ接近、スキルを放つ。
「クロスアタック!」
銀色のライトエフェクトを纏った拳は大振り状態の骸骨のわき腹に直撃する。
俺は顔をゆがめた。
――硬い!
両手に襲い掛かってきたのは本気で岩を殴った時のような痛み。
骸骨エネミーはかなりの防御力を持っているようだ。
――違う!
「俺が弱すぎる、んだ!」
スキル硬直で動かなくなったところを骸骨の手が飛来する。
躱すことができず骸骨の手がぶつかり、俺の視界がぶれた。
視界が暗転する。体がギシリと悲鳴を上げる。
硬い石段の上に俺は倒れていた。
技後硬直は解けているが体が動かない。
――たった一撃、
――振るわれた手だけで俺の体はボロボロになっていた。
――これが、もし剣による攻撃だったら?
――俺の体は原型を保っていない。
そう考えただけで体が震えてくる。
「く・・・・そ」
骸骨エネミーはのろのろとした動きでこっちを見る。
空洞の双眸がこちらを捉えた。
ギチギチと音を鳴らしながらゆっくりと近づく。
無理やり体を動かして、籠手を構える。俺の持っているアクティブスキルじゃ、コイツを倒すことは出来ない。
できるとしたら逃げる為の時間稼ぎくらい。
「だから、なんだよ!」
俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。
元の世界に帰る。
生きて、生き抜いて、必ず世界に帰る。
その為に――。
「だぁらぁ!」
骸骨エネミーが剣を振り上げたところで足めがけて籠手をぶつける。
衝撃と痺れが手を襲う。
痛みに顔をゆがめつつも俺は拳をぶつけ続ける。
籠手が悲鳴をあげているような音を感じながらも骸骨への攻撃を止めない。
大きく剣を振り上げる骸骨エネミーをみたところで俺の籠手がライトエフェクトを放つ。
技で動けないところで骸骨と目が合う。
カチャカチャと顎が動く、まるで俺をバカにしているような気がした。
ならば――。
「バーカ」
ペロリと舌をだして挑発してやる。
直後、派手な音を立てて骸骨の足に亀裂が入る。
バキャンと音を立ててバランスを崩した骸骨エネミーの剣がすぐ横を通過した。
骸骨エネミーの足は亀裂が入り、壊れている。
どうやらうまくいったらしい。
俺が使ったアクティブスキル【クライ・クライ】はクリティカルを狙ったスキルで、運がよければ部位破壊という付与を与えることが出来る。
偉そうにいうが、つい数分前に取得したアクティブスキルだったからかなりの賭けでしたというのは胸のうちにとどめておこう。
硬直が解けた俺は倒れているエネミーをみようとして目を見開く。
眼前に剣が迫っていた。
――油断していた。
エネミーの足は部位破壊した。だが、肝心の手は?
剣を持っている手はどうなっている?当然のことながら壊れていない。
それなのに勝った気でいた俺は道化もいいところだろう。
防御する暇も無い。
この一撃を受けたら、俺は――。
「ふんぬらばぁ!!」
横から三つの影がおりてきたと思ったら骸骨が派手な音を立てて地面に転がる。
俺を襲うはずだった凶剣は地面に突き刺さった。
「ボサッとしてんじゃねぇぞ!バカたれ!」
叫んで俺の前にやってきたのは曲刀を構えたザフト。
離れたところには杖を構えたドリフト、斧を携えているアイラントもいた。
「どうして」
「喋る暇があったら下がってろ!」
「ザフト、こいつ・・・・かなりの強さを持っています」
「一撃、はじかれた」
「くそったれ、ボスの前哨戦だと考えればいいか・・・・ドリフトは後方支援!アイラント、サポート頼むぞォ」
「了解」
「任せてください、サポート魔法いきますよ!」
「おうよ!」
俺の目の前で三人が倒れている骸骨エネミーへ接近する。
ライトエフェクトを纏った武器や飛来する火球が次々とエネミーの命を刈り取っていく。
圧倒的な強さというのはこういうことをいうんだろうか?
骸骨の振るう剣をアイラントの斧が受け止め、その隙にザフトの曲刀が腕を切り落とし、片方の手をドリフトの魔法で拘束する。
抜群の連携もさることながら、瞬時にエネミーの特性を理解して対応していた。
俺なんか足元に及ばない。
とてつもない強さだった。
しばらくして、エネミーの体が弾け飛ぶ。
俺がエネミーと遭遇して十五分、彼らが戦闘を開始して三十分、計四十五分間の出来事だった。
▼
「バカ野郎がぁ!」
戦闘が終わって直後、ザフトが俺を殴り飛ばした。
俺は地面に崩れる。
エネミーに襲われたときの痛みがぶり返すが、それよりも心の方が痛かった。
「お前はここにきてまだ日が浅いんだ!何もわからないヤツが隠しダンジョンに入るなんて何考えてやがる!死にたいのか!?」
「・・・・ごめん」
「っ、お、俺達が偶然隠し通路に気づかなかったら危なかったんだから!次からは見つけてもすぐに入ろうとするな」
「リーダーもそのぐらいにしてあげようよ。ところでどうやってあの隠し通路を見つけたの?」
「・・・・貰ったんだ」
「貰った?」
「あぁ、少し前に教会で知り合ったヤツ」
俺は名前を除き、全てを話した。
マップカードを貰ったこと、ここにくればレアアイテムが手に入り、強くなることが出来る。帰るための手段がみつかるかもしれないと。
話を最後まで聞いたところで沈黙を貫いていたアイラントが呟く。
「妙だな」
「え?」
「確かに、アイテムの名前などは知らないのですよね」
「あぁ、レアアイテムがあるとだけ」
「リーダー?」
「ン、あぁ・・・・これだな」
ザフトがアイテムカードから取り出したのは黒い液体が詰まった瓶。
これが強くなるアイテム?
「鑑定してみねぇとわからねぇな。一旦、ホームに戻るか、そろそろ夜になる」
ザフトはそこで俺を見る。
「いっておくが、お前も戻るんだからな!いくらか経験値が手に入ったかもしれないがここから先はまだまだ未開拓。大人しくもどるぞ」
「わかってる」
「嫌に素直だな。もっと暴れるものだと思ったぞ」
ザフトが意外という表情を浮かべる。
俺としては騙されたというのもあるけれど、死に掛けたということでこれ以上戦いたくないという気持ちが強い。
「全く、お前といい、アテナといい・・・・不器用な連中ばっかりだな」
ため息を零すザフトをみているとアイラントが俺の首を掴んで持ち上げる。
子どもじゃないんだが、と抗議したかったが疲れていたから文句も言えなかった。
「弱いなぁ・・・・俺」
「誰だって最初から最強など存在しない。努力をして度重なる経験を積んだからこそ、今が在る」
「へ?」
「つまり、無理な背伸びはせず、地道に努力を重ねるということですよ」
横からドリフトの補足が入る。
無理な背伸びか。
「俺は、子どもなんだよな」
「当たり前だ」
前を歩いていたザフトがそっけなく言う。
「だから、命捨てるようなことすんな」
俺はなんともいえない気持ちになる。
アイラントは手を動かして、自分の背中に俺を乗せた。
なんともいえない気持ちがあふれ出して、俺は、
――あぁ、強くなりたいなぁ。
塔攻略期限、残り6日。




