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ミスリルブラックコート

 廃墟の中、赤い触手を躱す。


 後ろで爆発音のようなものが響く中で、籠手が輝く。


 ライトエフェクトを纏った単発下段突き【アンダーナックル】がエネミー:レッドゼルに直撃する。


 ぶるぶるとゼラチンのような体を震わせた後、エネミーはガラスの破片のようなものを撒き散らしながら消えた。


「ふぅ」


 高鳴る心拍を整える為に息を吐く。


 体の熱が下がっていく感じの中で周囲を警戒する。


 俺がいる廃墟のエリアは飛ばされた初日に襲い掛かってきたレッドゼルをはじめとして、地面を這う種類のエネミーばかりらしく、耳を澄ませば探知可能らしい。


 最も探知系統のスキルを持っていれば、あっさりと敵の居所も察知できるそうだ。最もこれは使っていない探求者からの情報で使用者からは得られていなかったりする。


「スキル後の硬直も解けたし、次の相手を探すか」


 硬直していた手足を動かして、周囲を確認する。


 この辺りにいるエネミーは粗方駆りつくしてしまった。エリアのエネミーが再出現するには時間がかかるらしく、次の敵と戦いたかったら他の場所へ行くか、再出現を待つしかない。


 ここにいたエネミーの数は7体、それらを撃退、敵を探さないといけないだろう。


――しかし、ここまで成長できるんだな。


――塔という存在が姿を見せて、一日が過ぎている。


 ギルドホームは塔攻略を積極的に推奨、既に探求者の中で攻略を始めている者達もでてきていた。


 その中で俺は塔攻略をしないで、拠点周辺の廃墟に居るエネミー討伐を行っている。


 別に塔攻略を止められたとかそういうわけじゃない。


――エネミー活性化による経験値増加。


 あの金髪イケメンの言葉通り、周辺のエネミーの活動が激しくなっていた。そのエネミーたちを倒すと今までと比べられない程の経験値が手に入った。その証拠に【???】だったアクティブスキルがいくつか解放された。

ステータスカードの内容を確認しながら俺は天に向かって伸びている塔を見上げる。


――俺は弱い。


 ザフト達の話だと塔の中のモンスターは凶暴で強いエネミーもいるがそれを差し引いても得られる経験値、アイテムが強力なものばかり、強くなりたいなら塔攻略に乗り出すべきなんだが、俺は戦闘なんてものと全く無縁の世界、普通の学生だったんだ。だから、拠点周辺のエネミーを倒すことで得られる経験で慣れてから塔攻略へ乗り出す。


 そう考えていたところで砂利の踏む音が聞こえた。


「・・・・アンタ」


「おや、奇遇ですね」


 廃墟の中からひょっこりと姿を見せたのは相良カズキだった。


 彼は緑色のローブ、背中に大きな弓を背負っている。


「貴方もこれから塔攻略ですか?」


「まぁ・・・・」


「ならば、急いだ方が良いですよ。塔の中には宝が一杯あります。競争ですから良いものがなくなっているかもしれない」


 いきなりなんだこいつは?


 そういいたくなる衝動を堪える。緑の衣装の弓使いは爽やかな笑みを浮かべたまま、こっちをみている。


「悪いけれど、塔攻略を急ぐつもりはないから・・・・」


 次のエネミーを探す。


 俺はもっと強くなりたい。このままじゃ、誰かの足を引っ張って、守られてばかりだ。


「強くなりたいみたいですね」


「だったらなんだよ」


「なおさら塔攻略に乗り出すべきです」


 俺の心見透かしたかのような相良カズキの言葉に俺は絶句する。


 強くなりたいという気持ちはある。


 それをどうしてコイツが見抜いた?


 警戒している俺の様子に気づいたのか相良カズキは笑みを絶やすことなく続ける。


「何故、と思っているみたいですね。これは探求者のほとんどが知りえていない情報ですが、塔の三階フロアの片隅に秘密通路があるのです。そこに保管されているアイテムを手にいれることができれば、塔攻略も可能です」


 強くなれる手段があそこにある。


 ソレを聞いた俺の意識は驚くくらい、塔攻略へ向けられた。


――急ぎ、塔を攻略したい。


――強くなれるなら、


 だが、そこで残りの理性が待ったをかける。


「何で、アンタがそんなことを知っているんだ?」


 相良カズキへの疑惑だ。


 何故、塔に秘密通路があるなんてことを知っている?そして、どうして、俺へそんなことを教える?猜疑の視線を向ける。


「何故、僕が知っているか、それは貴方も理解していると思うんですけどねぇ」


「どういう、意味だ?」


「惚けるのですか・・・・まぁいいです。そこを教えた理由ですけれど、保管されているアイテムは僕のスキルやアイテムに合わないんですよ。換金も考えましたけれど、どうせなら戦力が欲しいですから、貴方に手に入れてもらおうと思ったのですよ」


 これがマップですといって塔内部が記されたマッピングカードが渡される。


 受け取ることに抵抗を感じながらもそれを手に取った。表示されているのは間違いなく塔の中の情報だ。


「期待していますよ」


 マップカードを渡すと相良カズキはその場からいなくなる。


 残された俺はしばらく動けなかった。


 強くなりたい。


 けれど、今の俺が塔に入って通用するのかという疑問、エネミーはここのゼリーみたいな連中としか戦っていないことに加えて、どんな危険があるのかわからない。だけど、強くなれる手段があそこにあるのなら行くべきだ。


 カードをポケットの中に仕舞う。


 エネミーが再出現する前にこの場から離れる。


――目的地はあの塔だ。









 廃墟のエリアから一度、拠点へ戻る。


 すぐに塔攻略へ乗り出したかったが、あそこの情報なしに向かうのは流石に危険だと思って、詳しいであろうギルドホームに足を向かわせた。ついでにいうと手に入れたアイテムを換金して、防具を購入しようという意図もあった。


 今更ながら俺は防具を纏っていない。


 この世界に来てから学生服のみ、武器の籠手を外せばどこにでもいる学生一丁上りという図になる。


 といっても、この世界で学生なんていう身分が無いから普通の人Aになるかもしれない。


 ギルドホームで手に入れた素材などを受付のお姉さんに換金してもらう。


「はい、換金完了しました。何か依頼でも受けますか?」


 目の前にいるのは俺が最初に来たときに応対してもらった人だ。


 メガネが似合う女性はタンタンと仕事をこなしていく。


 俺がアテナと一緒に居ないことを追求してこないからついつい、この人へ足が向いてしまう。


「・・・・なぁ、あの張り紙は何?」


 塔の情報を得ようと考えていたところで俺は彼女の後ろに張られている紙に気づく。


 この世界の文字は見る人によって変化する仕組みが用いられているから読むことに困難はないのだが、何故か、後ろの紙だけはわからない。


「これはギルドホームが規制している犯罪項目です」


「犯罪?」


「はい、探求者の中には目的の為に手段を選ばない、非人道的な行いをする人も少なくないので、こうして、特殊な暗号を用いて犯罪者として取り締まる項目を記載しています。といってもギルド側が判断する為のものなので、探求者の皆さんがみれることはありません」


 犯罪か。


 そういえば、この世界では何をすれば罪に問われるか聞いていなかったな。


「何をすれば罪になるのかっていうのは、教えてもらえないんですか?」


「教えても構いませんが500以上の項目があるので・・・・時間も掛かります。強いて言うならこの三つでしょうか」


 盗み、殺人といった行為。


 多種族の強制的隷属。


 偽の情報提供。


 最初の項目は俺でもわかる。


 けれど、他の二つはどういう意味だろう。


「隷属って・・・・奴隷でもいるのか?」


「各拠点によって決まりがありますが、犯罪や様々な理由で奴隷に身を窶した人達が売買の対象になっています。しかし、それは本人達が理解したうえでのことです。中にはそれを無視して相手を隷属させる者達がいますから違法としています」


 よくよく考えれば、この世界には人間以外の種族がいるな。


 異世界の小説やゲームだと奴隷なんていうのが当たり前に存在しているから、人間が偉いなんていう奴もいるんだろう。


 偽の情報提供というところに俺は引っ掛かりを覚えた。


「あのさ、最後の偽の情報っていうのは何で判断されるの?」


「主に依頼主が虚偽をしていないか、マップデータに偽りの記載がないか・・・・といったことがあります。そういった鑑定を私達はしています」


「・・・・じゃさ」


 ポケットからマップカードを取り出す。


「ここの情報が本当かどうか鑑定してもらえないかな?」


「構いませんよ」


「出来れば・・・・他の人には内密でって、ダメ?」


「危険性があるとこちらが判断すれば上へ報告しますが・・・・内容によりますね。やめますか?」


「いや、お願いします。時間って、どのくらいですか」


「他の鑑定もありますから、一日ばかりいただくことになります」


「じゃ、明日昼ごろに取りきます」


「お待ちしております」


 ぺこりと頭を下げた彼女から離れて俺はギルドホームを出る。


 正直、相良カズキが提供した内容が本当かどうか疑わしい。


 もし、偽者だったら俺の命が危ない、これは当然の判断のはずだ。















「おっ、数日ぶりだな。小僧」


「誰が小僧だ」


 店に足を踏み入れたところでトラーが出迎える。


 身体的に低い相手に小僧呼ばわりされたことに苦笑を浮かべた。チビって軽口を叩いてやりたいが彼女の手の中にある槌をみて反論にとどめておく。


「今日は何だ?武器の強化か、それとも素材鑑定か」


「鑑定って、ギルドに任せているけど」


「甘いな。あそこは武器になる素材も全て一括でやっちまうから、武器の強化したいならまず、こっちに持ってきたほうが良いんだぞ」


「げっ、マジかよ」


「アテナの奴、そういうことの説明も忘れているのか・・・・んで、アイツがいないのは、塔攻略か?」


「知らん」


 アテナの話題を出されて俺は少し乱暴な口調で答える。


 それで察したのかトラーは小さく頷く。


「ほう、またアイツは喧嘩したのか・・・・口下手もここまでくると才能のレベルだな」


「アイツのことはいい、それより防具とかってあるか?」


「ン、まぁあるけれど、お前、予算は」


「これぐらい」


 持っているカードをトラーに提示する。


 トラーは表示された金額に目を通す。


「ダメだな、この額じゃあ、頭を守る兜が関の山だ。てか、お前はどういうスタイルでいくつもりだ?」


「・・・・スタイル?」


「そこの説明もなしか・・・・いいか、探求者の戦闘スタイルはいくつかにわかれている。まぁ大まかに説明するとアタッカー、スピーダー、タンク、スナイプとかに分けられる」


 アタッカーは攻撃のみを追及したスタイル、つまり速さや防御を無視して一撃に全てを賭けるスタイル。


 スピーダーや装備などを軽くして、連続攻撃など、いわゆる追撃に重点を置いている。ただし、防御力の低さから危険な一撃を受けたら危ない。


 続くタンクは文字通りの意味で、防御に視点が置かれて、重武装で身を固めて敵の攻撃から仲間を守る。


 最後のスナイプは遠距離支援や狙撃を行う。


 探求者のほとんどはこの中から一つをチョイスして戦闘やクエストを行っている。


 初耳の内容に俺は頭が痛い。


 情報欠如にも程がある。アイツは意図的にそういうことを隠していたのだろうか?ここにいない相手のことを考えたところでトラーが口を開く。


「お前、アテナのこと、誤解するなよ」


「誤解、なんのことだ」


「お前がアイツと行動していないって事は大方、喧嘩したかなんかだろ?」


「・・・・そんなところだ」


「出会って日が浅いからわかんえぇだろうけれど、アイツは口下手に加えてかなりのうっかり人間だ。今回のスタイルについての件もお前がある程度成長したら話すつもりだったと思うぞ」


「・・・・」


「ま、お前が納得できないって感じだから、しばらく時間が掛かるだろうけど」


「俺はもう、アイツと関わるつもりは無いよ」


「そうもいかんだろ、塔が出てきちまった以上、いつかは攻略に出て行かないといけないからな」


 トラーの言葉に俺は何も言えない。


 ギルドホームからも可能な限り塔攻略するようにという命令が下されている。


 ちなみにギルドホームからの内容はいくつか出されていて、塔攻略は基本的に2~4人で行うこと、ソロは極力避けないといけない。取得したアイテムは一度、ギルドホームで鑑定を受けること、ボスをみつけたら交戦せず撤退、そしてギルドホームへ報告すること。


「まぁ、塔にあるアイテムはレア度がえげつないからなぁ、過去にギルドホームで鑑定なしに所持していたことで大惨事が起きたからなぁ」


「大惨事?」


「武器に呪いがかけられていた。それを解呪することなく所持していたから人を斬り続ける殺人鬼ができあがり。教訓からアイテムなどの鑑定は必須になったんだよ」


「大変、なんだな」


 トラーの説明をきいて、俺の頭の中で浮かんだのは相良のヤツが教えたアイテム。


 塔にあるということは何かしら危険性が含まれているということ、手に入れたらギルドホームに鑑定をださないといけないわけか。


 どちらにしろ、手に入れるためには塔へいかないといけない。


「どうする?防具買うか」


「いや、もう少し金を溜めてからにするよ」


「・・・・そうだ、あれをやるよ」


 トラーは奥へ入った。すぐに黒いマントのようなものを持って戻ってくる。


「ミスリルブラックコート。特殊繊維で作られたマントだ。通常エネミーの攻撃からある程度身を守ってくれるぞ」


「・・・・防具との違いは?」


「コイツはスピードスタイルのアイテムだからな、身を守るというより、身軽に動く為の防具っていうのが正しい」


 重武装と異なる点は特殊スキルが付与されているが完全に身を守れるというわけではない。


 すべての防具に完全さというものは存在しないが、重武装と比べると危険度は高い。


「いいのか?かなりいいモノなんじゃ」


「うちとしては貰い手が少なくって困っていたところだ。この拠点の連中は重武装が多いからな、こういうスピードスタイルアイテムは売れ行きが悪い。特別手当で出してやるぞ」


「金は、とるんだな」


 苦笑しながらいうとトラーはそれが商売だと不敵に告げた。


 ミスリルブラックコートはつま先に届くか届かないかの長さで文字通りコートだった。


「スピードスタイルのアイテムっていうのはこうも軽いのか?」


「アイテムによりけりだ。それは本当にスピード重視だからなぁ、ところで小僧、お前はこれから」


「今日は宿へ戻る。明日・・・・」


――塔攻略に乗り出す。


――そう告げた時、トラーはなんともいえない表情を浮かべた後、


――生きて帰って来い。


 俺の背中を叩いた。




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