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05. 最後にひとつ、願ってもいいですか

 時間というのは残酷だ。

どれだけ鮮烈な記憶も、覚えておきたい思い出も、平等に薄れさせていくのだから。




 夏樹から離れて、勝手な父親についていって私の季節は幾度も流れていった。

最初は悔しくて、思わない日はなかった。

繰り返される夏樹の顔は、いつも困っていて、私がそうさせていた、という思いすら甘く突き刺さっていた。

でも、と。

傷口は徐々にふさがり、あの人の横顔はぼんやりと曖昧になっていく。

いつのまにかそれは「思い出」、と呼べるものにまで薄れていってしまった。

それでも時折、夏樹に似た後姿に胸の中の何かがズキリと痛む。

子供の恋なんてそんなものさ、と薄ら笑いを浮かべそうな大人たちに噛み付くこともできない。

私は、夏樹を忘れていく。

きっと、夏樹は私のことを思い出しもしないだろう。

そんなもの、と呼ぶには痛みをともなう思い。

それでも傷は消えていく。

消えて欲しくなんかないのに。




「・・・・・・だから言ったのに」


強引に私を連れて行った父は、だからといって私と向き合うつもりはさらさらなかったらしい。

一人の食卓に慣れきったころ、ふいに現れてはふざけたことを言って去っていく。

もう期待なんて言葉はどこかに忘れ去ったと思ったのに、私は落胆する。

机に無造作に置かれた弁当は手付かずで、トモダチが聞いたらうらやましがるような姿勢でテレビをみて、眠りにつく。

成績にだけは関心を示す彼らのために、私は可もなく不可もなくの成績を維持している。

すっかり独り言の多くなった私は、弁当を冷蔵庫につっこみ、自室へ戻っていく。

ようやく息が出来たような感覚になり、大きく空気を吸い込む。

期待なんか、しない。




 何かのきっかけ、というのは突然訪れるものだ。

私にとってのそれは、夏樹から齎された。

トモダチがあたりまえのように彼氏をつくっていき、その流れにのっていつのまにかそういうものを作ってしまった私は、その日も目的もなく彼と歩いていた。

ただの学校の帰り道。

トモダチと帰ろうが、彼氏と帰ろうと、どちらもそれなりに楽しく、私はそこそこその時間が気に入っていた。

彼のことを好きかと言われたら、多分好きだと答える。

その程度の関係。

その日、彼の背中を見た瞬間、私は夏樹を思い出だした。

似ているわけじゃない、なのに。混乱した私は思わず視線を彼から逸らす。

そして、私は本物の夏樹を見つけた。

こちらを見て、困ったような笑顔を浮かべていた彼は、記憶の中の彼そのままで私は息が止まる。

突然立ち止まった私に不審そうな顔を向け、彼氏が手を差し出す。

夏樹も私を見て立ち止まったまま。

私は、ゆっくりと彼氏の手をとる。

ようやく夏樹からはずした視線を彼氏の方へ向け、私は笑う。


「ごめん、知り合いに似た人をみつけたから」


そして、彼も笑う。

同時に歩きだした私たちは他愛のない会話を続ける。

こっそりと視線を夏樹がいた場所へと走らせる。

そこにはもう夏樹はいなかった。

最初から、彼なんて存在していなかったかのように。




ようやく、私は夏樹から卒業できたのかもしれない。

夏樹の、私のいない幸せを願えるようになったのだから。

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