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02. 嘘だと思った信じたくなかった

「大好き」


そう言った彼女の顔は、驚くほど大人びていて、ずっと子供だと侮っていた僕はどうしていいのかわからなかったんだ。




 同じ年の幼馴染の妹。

ただそれだけの関係で、僕と彼女、郁には本来なんの接点もなかった。

二人の両親が共働きで、ちょっとだけルーズ。

僕の両親も共働きですごくルーズ。

かぎっ子でお互いの家が割りと近かった僕たちが、どちらかの家に集まるようになったのは当然の流れだ。一人でいてもつまらなく、習い事がなければやることもない。あまり自分に関心がなかった親は、大人しくしていれば友達がたむろしていても問題にはしなかった。

遊ぶ、と言ってもお互いの漫画やゲームが目当てで、性別の違う郁がおもしろい、と思うようなものがあったわけじゃない。

一人でいるのが嫌だ、という単純な理由で、彼女は兄にくっついて僕の家を訪問した。

その彼女が段々大きくなって、ただの「子供」じゃなくなったのはあっという間だった。

徐々に彼女の顔をみなくなって、だけれども時折見かける彼女はみるみる変わっていって。


「私の顔に何かついてる?」


昔の事を思い出していたら無意識に凝視していた恥ずかしい自分を、郁が嗜める。


「別に夏樹ならいつでも歓迎だけど」

「呼び捨てにしない」


幼馴染の兄はいつのまにか来なくなって、一時期こなくなっていた郁は驚くほど僕の部屋に馴染んでいる。

子供時代の友達、なんていうのはよほど馬が合わない限り環境が変われば変わっていくものだ。

それは僕らにも当てはまっていて、進学先が違う僕たちはあっけないほどその関係は希薄なものになっていった。

だけど、その関係を強引につなぎとめるようにしてちゃっかり座り込んでいる少女がいる。

僕は再び昔を思い出しそうになって無理やり頭を切り替える。


「別におもしろいもんなんてないだろ?」


少しだけ乱暴に問いかける。

郁は短いスカート丈を気にすることなく、膝をたてて僕の蔵書を読み漁っている。

その姿は、変わっていないようですごく変わっていて、目のやり場に困った僕は仕方なく雑誌に目を落とす。


「んーー、続き気になるから」


郁はそんな僕に生返事を返す。

そう、郁は僕の本に興味があってここにやってくるんだ。

言い聞かせるようにして繰り返していたら、どういうわけか彼女がこちらをじっとみつめていた。


「本はどうでもいいんだけど。まあ、おもしろいっちゃおもしろいけどね」

「郁」

「私、夏樹が」

「行儀が悪いから足はそろえなさい」


郁の言葉をさえぎるようにしてどうでもいい、いや、結構どうでもよくないことを注意する。

そのスカートで、その姿勢はやっぱりよくない。

赤くなりそうな顔を見られないようにして、もう一度雑誌に目をやる。


「私は子供だからかまわないでしょ?」


彼女は、僕が言い訳につかった言葉を言質にして、意地悪っぽく言い返す。

郁は子供だ。

だけど。


「そういうのに大人も子供もないだろう?そういうところが子供なんだよ」


よくわからない理屈で言い返し、郁は渋々足をそろえて座る。


「意識してくれてもいいんだけど?」

「だれが、そんな子供に」


郁はまじめな顔をして、そして不意に笑った。


「そうね、子供だからまだまだここに来てもかまわないでしょ?」


大人になったのだから、男の部屋にむやみに入ってはだめだ、という矛盾した言葉をあっさりと封じた郁は、満足そうに本を読み始めた。

また、僕の負け、だ。

彼女が唐突に、僕を好きだといった。

それは一度きりで、それを冗談だととらえることもできなくて、そして僕たちはそれから曖昧なままの関係に落ち着いている。

彼女が、僕の事を。

考えれば考えるほど、奥のほうに眠っている何かが、飛び出してきそうで慌てて蓋をする。


「あ、私夏樹のことちゃんと好きだから」


さらり、とついでのように郁が言葉を吐き出す。

そしてそのまま、僕の本を大事そうに抱えていった。

つまりそれはまた、彼女がこの部屋を訪れる、ということを暗示している。


「じゃあね」


呆然としたまま何も言い返せない僕を置いて、郁は颯爽と帰っていった。

郁は子供だ。呪文のようにその言葉を繰り返す。だけど、何か、が燻ったままその言葉がただ意味もなく流れさっていく。


ただいらついて、僕はそのまま、雑誌を放り投げた。

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