サポート役は美人メイド
「ここは…、どこだ?」
ゆっくりと目を開け、周りを見渡す。
そこは見覚えのない部屋だった。
なぜ俺はこんな所にいるのか、目を覚ます前に起こった事を思い出してみる。
確かクラウンが「ご案内します」と言い俺は生み出した光に包まれた。だとしたら目が覚め知らない場所にいる今の俺はご案内された。
つまりここは異世界なのだろう。
そう考えあらためて周囲を見渡す。
今いる場所は、扉が二つある小さな部屋。
広さは大体8畳ほどだろう。布団が片隅に畳まれており、昔懐かしい丸いちゃぶ台に文机が一つずつ、ちゃぶ台の上には万魔事典が、文机の上にはパソコンが置かれていた。
パソコン以外純和風的な部屋、っというかこれだけだと異世界に来たという実感が全くもてない。
とりあえず今は少しでも情報を得るために、他の部屋も調べてみることにする。
一つ目の扉は台所に繋がっていた。
一般的な台所に横には小さな冷蔵庫も置いてあり、中身を確認すると少ないが肉や野菜、調味料に水などの食料が入っていた。
そして台所の奥にはさらに扉があり、そこはトイレと風呂があった。
「トイレと風呂一緒か。
俺としては風呂は別に欲しかったな」
疲れた時は甘いものを大量に食べて、ゆっくり風呂に浸かるのが一番なのに。
まぁこれからダンジョンを造れるというのだから、あとででっかい風呂でも造ればいいだろう。
それから残りの扉の方に行き開けようとしたのだが、扉はいくら力を入れてもビクともしない。
「取り付けが悪いのか?
それとも今は理由があって開かないのか?」
良くゲームでもあるが、条件を満たしていないと開かない扉がある。
どう考えても取り付けが悪いというよりも、今は条件を満たしていないから開かないだけだろう。
ざっと見たけ感じだがこの部屋の造りは大体わかった。
次はパソコンに上が無いか探るために、電源を入れる。
「しかし、コンセントに刺さっていないのに電源が付くのを見て初めて異世界に来ているのを実感するとはな」
このパソコンにはコンセントなどが無い。
なのに普通に尽くし動く、横の方を見ると『魔神印』と刻印されている。
どうやら普通のパソコンに見えるが、中身は違うようだ。
ピロリロリン♪という軽快な音と共にパソコンの電源が入り、デスクトップが表示される。
デスクトップには、メールボックス、ダンジョンQ&A、ダンジョンショップそして最後は?のマークの4つのみ。
少ないなと思っているとピコンと言う音がして、メールボックスに一通のメールが届いたと表示される。
とりあえず届いたメールを確認するために、メールボックスをクリックする。
『 デビルズ・ダンジョンに参加された皆様に一斉送信
どうも皆さま、あなたのお傍に【アクノマ商会】のクラウンでございます。
このメールは異世界に行かれました皆さま全員に共通した内容が送られています。
さて、目を覚まし知らない場所にいたことで皆さま戸惑っておられると思います。
皆さまはこの世界で目を覚ますと同時に、『DDM』として覚醒もいたしました。
これで各自、自分のダンジョンを自由に造ることが出来ます。
そして皆さまがいる場所がダンジョンの基礎部分になり、このあとここを基点に皆さん思い思いダンジョンをお造りしていただきます。
詳しいダンジョンの説明やわからない事などはデスクトップのダンジョンQ&Aをお読みください。
また皆様にはDDM覚醒記念として、サポート役となる魔族との従者契約を一回のみ無料で行えます。
皆さまのご活躍心より期待しております。
アクノマ商会 代表 カーニバル・クラウン
従者契約者の召喚方法について
1、机の上にある万魔事典の表紙に片方の手の平を乗せて下さい
2、「我が恩恵を求めし闇の血よ、我が声に求めよ」とポーズを決め唱えて下さい
3、各自に呼び掛けに応じ、DMをサポートしてくれる者が現れます
注意点
●呼び掛けには、かなりのエネルギーを必要とします
●呼び掛けに応じてくれる者はそれぞれ違います
●召喚方法の2番目は心の中で唱えても大丈夫です。
口に出しても出さなくても違いはありません
●ポーズも心の中で思うだけで大丈夫です。
ポーズを決めても決めなくても違いはありません
』
クラウンから送信されたメールを全て読み終えると、思わず安堵して肩の力が抜けてしまう。
漏れが無いか、他に情報が隠されてないかと慎重に読んでいて助かった。
もしざっと読んでいて、メールの一番下を読み飛ばしていたら、変にポーズを決めあの中二病のような痛いセリフを口にしていたかもしれない。
もう一度大きく息を吐きだし、ひとまず従者召喚をおこなう前にダンジョンQ&Aを読むことにする。
俺は説明書類は必ず先に目を通す性格なのだ。
まずは知ることは、こちらに来る前にクラウンが言っていたDPについて、それを詳しく知る必要がある。
【DPとは――
DPはダンジョンを動かすためのエネルギーです。
このDPを得る方法は大きく分けて三つ。
一つ、ダンジョン内で魔族以外からエネルギーを奪取。
一つ、毎日零時に一回DM分のみDP供給。
一つ、アクノマ商会、または神々からの褒美としての授与
以上の三つになります。】
なるほど簡単に言うと、奪取・供給・授与というわけか。
それぞれなんとなくわかるが、これ以上詳しいことは書いていない。
他のページをざっと見ても書いている様子は無い。
だとしたらこれは、詳しく知りたければ従者契約をして、サポート役の魔族に聞くしかないということか。
そう結論付けると早速従者召喚を行うために、ちゃぶ台まで移動しちゃぶ台の上に置いてある万魔事典を手に取る。
メールの説明文を読む限り、どんな魔族が出てくるかまったくわからないのが痛いが、とにかくダンジョンを造るためには詳しい情報を知っているであろう従者を召喚しなければ先に進めないし、何もできない。
万魔事典に片方の手の平を乗せ、心の中でポーズを決めセリフを唱える。
心の中でやっているのだが、やはりこの歳でそんな事をすると恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
だがそんな恥ずかしいという思いも急激に体が重くなり、激しい疲労に襲われる事で霧散する。
目がくらみ、頭が揺れる。
(ヤバい、意識が……)
気を失いそうになるのをどうにか我慢するが、知らないうちに体が傾いており、床に倒れていく。
だが、そのまま俺が床に倒れることは無かった。
「大丈夫ですかマスター?」
床に倒れる前に後ろから肩を支え、倒れるのを防いでくれる存在がいたからだ。
「ゆっくでいいので深呼吸して下さい。
体調の急激な変化は初めての契約をした影響ですので、しばらくすれば休めば体調は良くなります」
支えてくれたのは誰かと考えるよりも、今は子の体調を戻すべきだと思い、言われた通りゆっくりと深呼吸を繰り返す。
何度か深呼吸することで少しずつだが体調がよくなってきた。
そして体調がよくなったことで、ようやくアドバイスをしてくれた後ろにいる人物の方を見ることが出来た。
後ろにいたのは、古典的なメイド服を着込んだ二十歳前後の無表情の女性。
銀色の輝く髪は黒いリボンでポニーテールにまとめて、深緑色の落ち着いた瞳がこちらをじっと見ている。
かなりの美人だが、その無表情のせいでどことなく近づきが、それでも一度元の世界でメイド喫茶に行った身としては、本物のメイドとはこんなにもすごいのかと感心してしまうほどの雰囲気がある。
「だいぶ良くなってきたよ、ありがとう。
ところで君は……」
「私はマスターの従者契約の声に応じた者です。
今回の契約では、私を召喚した影響でマスターに多大な負担をかけてしまいました。
誠に申し訳ございません」
そう言ってメイドが深く頭を下げる。
美人なメイドに頭を下げられ、俺は慌ててしまう。
「そんな、別に気にしなくていいよ。
君を呼んだのは俺なわけ何だから、だから頭を上げて、ね」
「畏まりました」
頭を上げたメイドは、その後黙ってじっとこちらの方を見てくる。
何を考えているのかわからない、深緑色の瞳にじっと見つめられて思わずドキドキして来た俺は、ドキドキを誤魔化すために慌てて話を振る。
「えっと、そ、そう言えばまだ君の名前を聞いていなかったね。
俺は神無月黒、君の名前は?」
「ありません」
キッパリとメイドは答える。
「えっ?」
「現在、私には名前がありません」
名前が無い理由について詳しく聞いた所、万魔事典でダンジョン召喚された者は等しく召喚される際に名前を奪われるそうだ。
その後召喚した者に名前を貰う、もしくは条件を決めた契約をすることで、始めて契約がしたことになる、と説明された。
「なるほど、つまり君はまだ正式な俺の従者では無く、正式な従者となるためには名前か契約を結ぶ必要があるということか」
「その通りですマスター」
「その割には、俺の事は普通にマスターって呼ぶね?」
「マスターを一目見たときに確信しましたので、この方こそ私のマスターだと。
嫌でしたか」
無表情でも首を可愛らしく傾けながら言われると、嫌とは言えないだろう。
……いや、別にそんな仕草しなくても俺は嫌とは思わないけどね。
とりあえずは赤くなりそうな顔を誤魔化そう。
「ところで召喚に応じたってことは、君は魔族だよね?
パッと見た感じだと、普通の人間にしか見えないのだけど?」
「私はホムンクルスと言う種族ですので、外見は人間と同じです。
ですが中身の方は人間とは全く違います」
彼女の説明によると、ホムンクルスの始祖は魔族によって造られた魔造魔族と呼ばれる種族の一族で、一族は代々戦闘の能力こそ低いが、サポート能力が格段に高い種族らしい。
もともと戦闘に集中するために、戦闘以外の雑事を任せるために造られたと言われているため、他の魔族と違い戦闘などに使う爪や牙など魔族らしい特徴がないそうだ。
ちなみに余談で聞いたのだが、魔造魔族と呼ばれる種族には他にキメラやゴーレムといった種族がいるそうだ。
そこまで聞き、彼女の種族の生い立ちや彼女の雰囲気で、俺は彼女の名前を決める。
「わかった。
なら今日から君の名前は『ムース』だ」
「畏まりました」
無表情で俺が与えた名前にうなずく。
無表情のせいで気にいらなかったかな?と思ったが、その口元が僅かにほころんび少しだけムース雰囲気が柔らかくなったのを感じ、気に入ってくれたのかとホッとした。
ピロリロリン♪
ホッとしたのもつかの間、再びパソコンにメールを受信した音楽が鳴る。
『どうも神無月様、あなたのお傍に【アクノマ商会】のクラウンでございます。
神無月様が無事従者契約出来たことを確認いたしましたので、次の必要事項について連絡をさせていただきます。
ライフの神様方との話し合いの結果、プロジェクトの開始は10日後となりました。
10日経ちますとこの世界の主神であるライフ様が、人々に神託を送りこの世界の住人全てにダンジョンの存在が知られてしまいます。
その後は人々がダンジョン攻略に乗り出してくることになると思います。
それまでに、神無月様にはお好みにダンジョン作成をしていただきますので、神無月様の快適な生活のためにも、攻略されないように頑張って造って下さい。
また以下の物を従者契約成功の報酬として贈りますので、ぜひこれからのダンジョン造りにご活用ください。
●DP1000P
●食物の種 3種類
詳しいこと、またはわからない事などは神無月様が召喚した従者にお聞き下さい。
それでは皆様のご健闘、心よりお祈りしております。
アクノマ商会 代表 カーニバル・クラウン
』
10日後か……、長いようで短いな。
やることを決めてやっていかないと、ダンジョン造りが中途半端になってしまう可能性がある。
まずは先程メールでは詳しく説明していなかった点についてムースに聞くことにしよう。
「ムース、このDPの確認ってどうやったらできる?」
「DPの確認などは《ステータスオープン》と言うと、目の前に画面が出てきますので、その画面から確認することが出来ます」
ムースに言われ俺は《ステータスオープン》と言う。
すると俺の目の前に画面が現れる。
DDM:神無月黒
DLV:1
称 号:
DP :6000P
従 者:ムース(ホムンクルス)
臣 下:
RPGとかにあるステータス画面とほとんど同じだな。
まだ何もしてないから、レベルが低いことも称号も何もないのも理解が出来る。
「マスター確認できましたか?」
「あぁ、現在DPは6000Pあるな」
「そのポイント消費して、マスターは自由にダンジョンを造ることができます。
パソコンの前でどう造るかイメージしていただけますと、パソコンに完成予想図とそのさい消費するポイントが表示されます」
「なるほど簡単だね」
「はい、ですがそれは見かけだけの完成予想図ですので注意が必要となります。
マスターが造ろうとしたダンジョンの中にトラップなどがあっても、それは反映されていません。
他にもアイテムや環境なども反映されません。
反映させるにはまたそのための手順が必要となります」
「なるほど、つまりパソコンの完成予想図で造れているのはあくまでダンジョンの土台だけってことか」
「その通りです。
なので土台を作り終えた後、パソコン内にあるダンジョンアイテムの所で必要なものを買い、設置していく必要があります」
つまりは土台にDPをつぎ込み過ぎると、アイテムを買うことが出来ずただの土台だけのダンジョンになるから注意が必要と言うわけか。
そうなると、一度アイテムを見てからダンジョンの土台を考えた方がいいかもしれないな。
これは最初の二日間くらいは、パソコンから情報を得るために離れることができなさそうだな。
今後の事をそう予想した後で、最後に重要な事を二つムースに聞いておかないといけない。
「ムース、DPが0になったらどうなる?」
「0になりましても特に罰則などはありませんし、死ぬこともありません。
ですが0になりますと何も買うことができませんので、万が一に備えてDPはいつでも少しだけは残しておいた方がよいかと思います」
同感だな。
これから何が起こるか分からないのに、DPを全部使うのは愚かだ。
今後自分のダンジョンをどんな形にしていくか、行き当たりばったりに造るわけにもいかないし、たとえ造ったとしてもどこかに漏れや想定外があるはずだから、余分にDPは取っておいたほうがいい。
自分の性格を考えて、誘導系・トラップ系がダンジョンの主流になってくるだろう。
そして最後にムースに大事なことを聞く。
「もし俺が死んだ場合ムース、君はどうなる?」
死ぬ気はないが、最悪な展開は常に考えておく必要がある。
「マスターが亡くなった場合、契約解除となり私は元いた場所に送還されるようになっています」
なるほどそれならひとまずは安心だな。
そう思った俺にムースは、さらに言葉を続ける。
「ですが、私はマスターのことを信じています。
ですのでマスターは自分が亡くなった後の事など考える必要は無いと思います」
無表情のままムースは俺にプレッシャーをかけてくる。
だがそのプレッシャーは圧迫するような嫌な感じではなく、なんとなく包み込むようなある種心地よいプレッシャーだ。
(信頼ってやつかな)
なんで会ったばかりの俺をそこまで信頼するか分からないが、女性にこんな信頼を寄せられたのだ。
それに答えなければ男ではないだろう。
「そうか、なら俺は常に自分が生き続ける未来について考えていくことにするよ」
「ありがとうございますマスター」
頭を下げ口元がわかるか分からないほどの変化を見せる。
それに気づかないまま、俺は早速パソコンの前に座り、未来に進んでいくためにダンジョンをどう造って行くか考え始めた。
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