閑話 クラウンの独白
「どうやら無事に異世界に転送出来たようですね。
神無月さんで1000人、これでようやくリストにあった全員の説得が終わったわけですね」
黒がいなくなった部屋でクラウンがしみじみとつぶやく。
「それでもまだ彼等を異世界に送っただけで、プロジェクトの第一段階が終わったにすぎませんから、まだまだ気は抜けませんね」
プロジェクトの第一段階、異世界人の勧誘と異世界ライフに転送。
1000人もの人間に一人ずつ会って勧誘するのはさすがに骨が折れる仕事だった。
人間とは比べようがないほどの体力を持っているクラウンでも、さすがに精神的疲労はどうしようもない。
アクノマ商会から誰か一人でもサポート連れてくるべきだったかと思うが、こちらの世界に渡って来ることができるものなどそう多くはおらず、渡って来れるものも皆その実力に合うほど優秀なため、他の仕事が一杯で自分のサポートをしている暇も無いだろうと考え直す。
「ハァ」
無い物ねだりしていても仕方ないとため息を吐きながらクラウンは指をパチンと鳴らす。
するとさっきまで黒の部屋にあった物がぼんやりと光り出し、しだいにその光が薄まるとそこにあった物は光の粒子となって消えて無くる。
こうして黒がいた部屋から少しずつ物が消えて無くなっていく、これは向こうの世界に送った者たちの痕跡を消すために必要な処置。
今の時代人が一人突然消えても誰もおかしく思わないかもしれないが、それでも中には消えた事を騒ぎ出す者もいる。
そんな面倒が起きるのは辞めてくれと、向こうに連れて行く許可をくれたこちらの世界の神様方にそう強く言われた。
「天照様と申しましたかこの国の主神様は……、私達の世界の神様方と違いこちらの言葉にも耳を貸していただいたおかげで話がスムーズに進みましたね」
菓子折を持って挨拶に行き顔を合わせた天照様は、こちらのおじぎにおじぎで返すほど神様とは思えないほど腰が低かったのが印象的だった。
その影響だろうか、この国で勧誘した人達は皆同様に腰が低い人物が多かった。
……いきなり殴りかかってきた、神無月様は違いましたが。
他にも違う国で主神を務めていらっしゃるゼウス様やシヴァ様などのところにも挨拶に行ったが、概ねみなさん転送後の後始末さえきちんとして、自らの意志で行くと言ってくれたものに関してなら問題ないと言ってくれた。
「ここら辺は神様方の世界運営の違いでしょうね」
こちらの世界では昔は神様方に人々が強く望めば奇跡を起こしたそうだが、現在ではよほどのことが無い限り奇跡を起こさなくなった。
だから神様の力、奇跡と呼ばれる物や魔法と呼ばれる存在に人々が気付かれなければ特に問題なしという考えだ。
一応向こうに送った者たちがどうなったか定期的に報告して欲しいとは言われたので、それはクラウンも送った者の義務としてしっかりと報告書にまとめて報告いたしますと約束をした。
黒の部屋の物があらかた消えて無くなると、クラウンは首を回し周囲を確認する。
「今回もちゃんと他の人達の記憶からも消えたようですね」
住民書や卒業アルバムと言ったものから黒の名前や姿が消え、今までこの世界で刻まれていた黒という人物の人生の痕跡がきれいさっぱり消えて無くなる。
これでもう神無月黒という人物がこの世界にいたという痕跡はどこを探しても残っていない。
もっとも無い者を探そうとする人物もいないだろうが。
それは先に送った999人も同様だ。
最後の確認を終えてクラウンもプロジェクトの第二段階を始めるため、あちらの世界に帰ることにする。
「向こうに送った方々は1000人揃うまで皆さん目が覚めませんから、目がさめないうちに次の仕事に取り掛かかるとしますか」
全員同時にプロジェクトを始めないと差が出てしまうための処置だ。
だが向こうに帰ってからのことを考えると少し気が重くなる。
こちらの世界の神様と違い、向こうの世界の神様方の多くは文字通り唯我独尊でこちらの意見に耳を貸してくれず、一方的に苦労を押し付けられる。
すでにアクノマ商会の定時連絡の中に、神様からの催促の抗議が来ているという報告もある。
「これも全てあの時負けてしまった責任ですかね」
数百年前、クラウンは魔族の王『魔王』として人族との戦争の指揮をとっていた。
後にこの戦争は魔族が人間たちの土地を侵略するために起こったと言われるが、間違っても魔族から戦争を仕掛けた事は無いと魔王として断言できる。
そもそも力が強いものに従うという考えが常にある魔族には、力の無いものに頭を下げる者やそれぞれがそれぞれの思惑のままバラバラに行動する弱い人間達にさして興味など無かったので相手にすらしていなかった。
魔族達は自分たちの土地で、好き勝手に生きながらも魔王の元調和を持って生活していた。
だがそんな生活もいつの間にかバラバラに行動していた人間達が一つにまとまり、自分達に戦争を仕掛けてき事で終わりを迎える。
最初は人間たちの領域の近くに住むものたちが攻撃を受けた。
攻撃を受けたと言っても自分よりも弱い者の攻撃など歯牙にもかけず、脅かして追い返し、攻撃されることも今までもまれにあった事なので対して気にせず、あとは気にせず元の生活に戻っていたった。
だが数日後、追い返された人間たちが戻って来て再び攻撃をしてきた。
しかも今度は今までの比ではないほどの多くの人間を連れて。
数の力は強く、攻撃を受けた者は今まで住みなれた場所から追い出されてしまった。
そして向こうが数を集めたのなら、こちらも数で挑むまでと追い出された魔族が仲間を連れて人間たちに攻撃を仕掛けて行った。
あとはもう泥沼にはまるように戦いは激化していき、気付けば魔族対人間という構図の戦闘状態になっていた。
クラウンは人間と戦いながらずっと考えていた。
なぜ人間は自分達より強い我々に戦争を仕掛けてきたのか?
戦争中に捕らえた人間に聞いてみたが、捕らえた人間は「魔族が我々を襲ってきたから反撃した」と言った。
もちろんこちらはそんな覚えは一切無い。
聞いたのが末端の存在だからなのかと思い、今度は敵の中枢にいる王族を捕らえて聞いた見た。
すると王族は「民が安全に暮らせるため、我等は平和な未来のために戦っている」と答えた。
この言葉を聞いたとき、そんなあやふやな物のために戦わせられることになったのかと、失望と怒りを覚えた。
そして最後に人間たち代表とも言える存在『勇者』と呼ばれる者に、戦いのさなか剣を交えながら聞いてみた。
勇者はまっすぐな瞳ではっきりと言った。
「人々がそれを望んでいた。
だから俺はその希望にこたえるために剣を取った」
まっすぐな瞳、魔王であるクラウンを見ているようで見ていない、ただ希望に答えるため自分の意志を持たない勇者と呼ばれる存在の答えを聞きクラウンは理解した。
人間は魔族を拒絶したのだと。
そして理解したからこそ魔族の王であるクラウンは人間たちに魔族の意志を示す。
すなわち――、
殴ってきたのなら、殴り返す。
もともと血の気の多い血気盛んな種族が多いのが魔族だ。
魔王であるクラウンが殴り返していいと言った瞬間、これ幸いにと多くのものが自分から戦争に参加した。
クラウンは自分の商会を持ち、竜族や妖精族、獣人族にそれこそ人間とさまざまな種族に触れる機会を得たことによって、ようやく当時の人間達の気持ちが本当に理解出来たような気がする。
人間は自分達より圧倒的に強い我々がただ怖かったのだと。
刃物を持った人物が横にいて安心して眠れない。
魔族は何もしなくても人間達にとっては、その存在だけで凶器を持っているように思えたのだ。
だから安心して眠れるように、刃物を持った人物を排除するように人間達は魔族に戦争を仕掛けてきたのだと。
戦争の初期の頃は攻めてきた人間を魔族は簡単に血祭りにあげていた。
そもそも当時の人間達の武器や防具など魔族にとっては紙や枯れ木のようにもろい存在でしかなかった。
殴っただけで身を固めていた防具は壊れ、そのまま肉は千切れ骨を粉砕される。
突き刺したはずの剣は穂先が肉に突き刺さらず、逆に欠けてしまう始末である。
こんな状態で勝てるはずもない。
だがどんなに傷つき、一時的に数を減らし大敗を決しても人間達はあきらめることは無く、ひたすら戦いを挑み続けた。
そんな人間が劣勢に続いた戦争も後期になると神の加護を受けた人間達が現れ始め、魔族と互角の戦いをするようになった。
加護の力で力が増し、魔族の力にも負けなくなった。
加護の力で傷ついた者を癒す者が現れ、簡単には数が減らなくなってきた。
剣技が冴えわたる者がいた。
援護に優れた魔法を繰り出す者がいた。
知恵が回り連携を崩す者がいた。
心休まる歌を歌い擦れた心を満たす者がいた。
仲間を守るため盾を掲げ続ける者がいた。
他にもたくさんの加護の力を授かった者の力で、しだいに戦局は人間達に押されるようになった。
そして止めとなったのが他の種族の中にも人族に味方する者が現れはじめたことだ。
人間達では作ることが出来ない武器や鎧を造り上げる妖精族。
加護を得た者と同じかそれ以上の力を持つ者がいる獣人族。
魔族と同じく強大な力を持つ竜族。
そんなものたちの力も加わり、仲間は一人、また一人と倒れていった。
戦争の末期、魔族の敗北が確実になり始めた頃「このまま最後の一人まで戦おう」そう声を上げた仲間も多くいたが、クラウンにはこれ以上無意味に仲間が減るのを見ていられず戦争を続けることをせず、終わらせることを選んだ。
異世界ライフの主神ライフの直系の10人の神、魔神ネス。
その魔神ネスに直接創られた種族、魔族の最初の一人目、後に今後生まれてくる魔族を率いることになる魔王カーニバル・クラウン。
彼にとって魔族とは、仲間であり家族と同じだった。
だからクラウンは魔族を創り見守っていた魔神ネス様に頼んだ。
『家族を生き延びさせて欲しい』と。
その結果、神々の間でいろいろ話し合われ、何とか魔族達は生きる土地と制限が付いたが生き延びることが出来た。
そして魔王であったクラウン自身は、願いの代償として仲間以上の制限と契約に縛られることになった。
神に近いと言われた強大な力の多くは封印され、神々の手足である天使達では手が回らない、もしくは天使達がいやがる神々の雑用を引き受けることになった。
雑用は多忙を極め、クラウンは神々の住む場所の一画にあった倉庫に住みこみ昼夜関係なく働くことになる。
連日連夜、顔が白くなり、目の下に隈が浮かぶようになったクラウンの姿を見て仲間達の何人かは手を貸してくれ、みんなで働くようになっていた。
そしていつの間にか気付けば神々や天使達はクラウン達魔族が住み込む倉庫を【アクノマ商会】と呼ぶようになっていた。
それは魔族の中で悪魔と呼ばれる種族であったクラウンから付いたのか、それとも悪と人間達から呼ばれていたから付いたのか分からないが、アクノマ商会は魔族達が神様方の雑用を引き受ける会社となっていた。
戦争が終わってあれから数百年。
寿命が長いものが多い魔族の中にも戦争を知らない世代が増えたきた。
そのため行動に制限が付いていることに不満を漏らす者たちも増え、魔族の空気がよく無い方向に進み始めていた。
今回の『デビルズ・ダンジョン』はそんな彼等にとっていい機会だろう。
仲間が死ぬ可能性もあり当初このプロジェクトに反対しようかと考えたが、それを仲間達に説得される。
魔族はこんな機会を切望していた、と。
ダンジョンの中では全てが許されるとクラウンは異世界の人々に言った。
だがその言葉は魔族にも通用する。
過去の戦争の痛みを晴らすことも、苦しい現在の生活の鬱憤をぶつけることも全てが許されるのだ。
『戦って死ねるなら本望!!
このままダラダラ目的も無く生きるより、よっぽど充実しているではないか!!』
それはこのプロジェクトについて最後まで悩んでいた時に言われた言葉。
そう言った親友もあの戦争で大事な人を亡くしている。
それでもクラウンを責めることは一切なく、こうして今も傍でいろいろ手伝ってくれている。
そんな彼から出た言葉だからこそ、クラウンも覚悟を決めた。
神々の雑用をこなすアクノマ商会の代表というだけでは無く、魔族の王としてもこのプロジェクトを進めると。
「神様方にとっても、仲間にとってもこのプロジェクトが良い結果になればいいのですが……」
そうつぶやき、再び指をパチン鳴らす。
パチンとなった音が消えたときには、そこには誰もおらずただの何も無いただの空き室だけがあるだけだった。
プロジェクトの第一段階は終了。
―――異世界『ライフ』で新しい話が進みだす。
最後までお読みいただきありがとうございます。