激動の終結
ゴンザは何が起きたのか分からなかった。
気付いた時には振るおうとしていた自分の腕が無く、変わりに熱が走りその後激痛が来る。
痛みに悲鳴が上がりそうになるが、ゴンザの口から悲鳴が出ることは無い。
出るのは「ヒュー、ヒュー」とかすかに漏れる空気の音と、喉から吹き出る血のみ。
いつの間にか、腕だけでなく喉も斬られていた。
ゴンザの視線が自分を斬った者へと向けられる。
先程聞こえた静かな、でも確かな力強さを感じさせられる声の持ち主。
強さがわからなかった変なゴブリンに。
「いつ斬られたか分からないって面だな」
そのゴブリンは不敵に笑う。
その笑みを見てゴンザははっきりとわかる。
このゴブリンは自分よりも強い。
「まぁ、これも堕ちた者の末路ってもんだ。
同族のよしみで、静かに逝かせてやるよ」
その言葉を合図に今度は胸に熱が走る。
熱の原因を見ようと視線を下げようとしたが、その前に今度は急速に体が冷えていき、体が上手く動かなくなってしまう。
目の前が暗くなったとき、胸のドス黒いのが消えた気がする。
(あぁ、なんだか落ち着くな……、早く俺呼ばれな…いか…な……)
ゴンザは失いつつある意識の最後でそう思い静かに逝った。
目の前にいたゴブリンが死んだ。
倒れたゴブリンを見た黒は、張り詰めていた物が途切れその場に崩れるように座りこむ。
「マスター」
そんな黒に慌ててムースが近付いてくる。
「マスターなんであんな無茶をするんです!私の心配よりもご自分の命の方を優先して下さい!」
普段無表情のムースの顔が、この時ばかりは涙に濡れ崩れながら黒に怒鳴ってくる。
「ごめん。でもあの時体がとっさに動いてたんだ」
動かなくてはいけない。
自分の命よりもその気持ちに従った。
そうつぶやいた黒の表情を見てムースは何か言おうとするが、口を閉じる。
そしてポケットからハンカチを取り出し、血が出る額に当てる。
「……まずは傷の手当てをしますので、しばらくはじっとしていて下さい」
ハンカチで血が出た額を拭きとり傷口を確認する。
「傷はそこまで深くないですね。額の傷は浅くても血がよく出ますのでこれで抑えていて下さい。
それとしばらくは頭が揺れるかもしれませんので、無理に動こうとしないで下さい」
ハンカチを渡されたのでそれで傷口を抑える。
「次は肩の方を見ますので服をめくりますね」
服をめくり攻撃を受けた肩を触られる。
痛みで思わず顔をしかめてしまう。
「……折れてはいないですね。ヒビも…無いようです。ですが内出血で腫れていますね。しばらく熱を持つと思うので無理をしないで下さい」
よかった、そこまでひどい怪我ではないようだ。
安心できたことでようやく俺はこちらを見ていたゴブリンに声をかける。
「ありがとう助かったよ」
「気にしなくていい。俺も堕ちた同族の始末をつけないといけなかったからな」
「堕ちた…、それがあのゴブリンが暴れた理由か?」
「おそらくだがな」
堕ちるとは魔族に見られる現象らしい。
魔族はある程度力が付くと次の段階へと進む、つまり進化するということだ。
どのような進化を遂げるかは、それまでの本人の行動や想いで変わってくる。
その中で次に進む段階に入ったのだが、それに魂がついていけず理性が無くなる状態を堕ちるというそうだ。
理性が無くなったとはいえ、その力は次に進めるだけは十分ある分だけ厄介になる。
「堕ちたものが出た場合すぐに動かないと、被害が酷いですからね」
過去には堕ちた者のせいで全滅寸前まで追い込まれた一族もいたそうだ。
「……なるほど、どうやら俺は運が無かったようだ」
呼び出したときに疲労を覚えたのは、ゴブリンだが次に進めるだけの力を持った物を呼びだしてしまったせいだろう。
呼び出すのは完全にランダムなので、堕ちた者を呼びだした俺は運が無かった。
いや―、
「堕ちた者を倒せるほどの実力を持った君も一緒に呼びだせた分、運が良かったのかな?」
「さて?それは俺からはなんとも言えませんね」
片方の口角を上げてとぼけたように返す。
ゴブリンってもう少し知恵が無く、言葉も片言なのかもと思っていたのだが、どうもこのゴブリンは予想以上に頭がいい。
それを直接言ってみると、苦笑しながら答える。
「それは俺が【神の加護】を受けてるからだな」
子供の頃、おなかを空かせていた弟に自分のおかずを分けてあげていた。
兄弟が多く、いつも兄弟達は腹を空かせていた。
それはもちろん自身も同じなのだが、それでも自分が空腹でも家族だけはしっかりと食べて欲しい。
だから彼はおかずを分け続けた。
ゴブリンという種族では考えられないその考えが一人の神の目にとまり、彼は神の加護を得ることになった。
侠客の神ブライから得た加護は【義の心】。
弱きもののために行動するとき力が増す加護だ。
「つまり俺は弱きものだってことだな」
本来なら普通の状態では堕ちた者を倒すことなどできないが、加護の力と不意打ちで倒せたとのことだ。
「それでこれから俺はどうなるんだ?」
それは、あんなことがあった俺をこのままダンジョンに置くのかという問いかけだ。
確かに怖いが、逆に助けられた恩もある。
何より、このゴブリンにはそばにいて欲しい。
そう思い口を開きかけるが、それよりも先にムースが口を開く。
「マスター、それよりも先に彼をどうするか決めませんと、このままでは死んでしまいますが」
ムースがそう言って指し示すのは、ゴンザに殴られ床に倒れていたゴブリンが目に入る。
先程まで悲鳴を上げていたが、今は血が溜まり呼吸が出来ないのか、息が出来ず真っ青になっている。
「ヤバい、早く治療しないと」
俺は慌ててマスタールームに向かう。
ダンジョンショップで回復薬を買わないと、このまま死んでしまう。
呼び出して、何もせずに死んでしまうのは俺にとっても彼にとっても最悪だ。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
マスターが自室に向かった後、私は鋭い視線をゴブリンに送る。
「怖い視線だな、メイドの嬢ちゃん」
そんな軽口を無視して本題を口にする。
もたもたしている暇は無いのだ。
わざわざマスターをこの場から話したのは、このゴブリンに聞かなくてはいけないことがあるから。
「あなた、……わざと攻撃するのを遅らせましたね」
彼はマスターに自分の加護のことについて説明していたが、サポート役として相手のことを観察することを日常としているムースにはわかった。
彼ならば、マスターが体当たりをする前、攻撃を受ける前にゴンザを殺すことが出来た。
それだけの実力が加護が無くても彼にはある。
「マスターを無為に傷つけた罪は重いですよ」
「戦闘力が無いホムンクルス一族が俺はどうするっていんだ?」
「戦闘力が無くても、できることはあります」
二人は無言でにらみ合う。
辺りの空気が重くなっていく。
しばらくにらみ合っていた二人だが、先に動いたのはゴブリンの方だった。
「これは俺の方が義の無い行動だったな。
お前の大切なマスターを傷つけてさせてすまなかった」
深く頭を下げる。
そこからは心からの謝罪が現れていた。
「……なぜ行動しなかったのか理由をお聞きしても?」
「【主】となる方を見極める必要があるからだ」
義の心は確かに強力な加護だ。
弱きものを守るとき力を発揮するが、逆にいえば彼の前には常に弱きものを狙う強きものがいるということだ。
守るために彼は戦った。
戦い、傷つき、守り抜く。
気付けば彼は加護が無くてもかなり強くなってきた。
そして自信が強くなったことで、守るべき弱くなるものまた増えていった。
弱きものを守るのは別に彼にとって苦痛ではなかった。
だが―、
弱いから守られて当たり前だと考えるものを守るのは我慢ならなかった。
その考えは弱さを武器とした強かな考えだ。
だから、彼はしばらく人がいない場所で暮らしていた。
そうして暮らしていた時にあのプロジェクトが発表された。
安心して暮らしていたが、自分も魔族の一員。
戦える場所に興味を覚え登録した。
けれど呼び出した者の言う事を最初から全部聞く気は無かった。
見極める必要がある。
自分が守るべき、主となるべきものかを、
それこそ義の文字の加護を得た彼の矜持。
「それで、マスターはあなたが守るに値する人でしたか?」
「あぁ、最高の主だろうよ」
弱きものだった。
だが彼はその弱さに負けないぐらいの強さを持っていた。
弱いけど強い。
そんな主のそばでこそ俺の守るべき義がある。
「……あなたの心はわかりました。
ですが、最後に忠告だけはしておきます。
二度とマスターを傷つけるような出来事は許しません。
もし再びこんなことがあれば、私はどんなことがあってもあなたを殺します」
「分かっている。
俺はもう二度と主が傷つくようなことはしない。
俺の加護、義の文字に誓う」
DDMである黒がいない場で二人は誓う。
そのすぐ後回復薬を持ってきた黒が、ゴブリンを回復させ何とか死亡は免れる。
そして―、
「今日からよろしく頼むよ【ヤード】」
「こちらこそよろしく頼む我が主よ」
加護を持つゴブリンにヤードという名前を付け、臣下契約を行う。
呼び出す時だけではなく、呼び出した後にでも気に入った者とは臣下として契約できると聞き、黒はためらいなくヤードと契約を行った。
黒が造ったダンジョンでの初めての死者は、攻めてきたものではなく、呼び出した者という不幸の結果になった。
だがそれ以上に黒は心強い臣下を持つことが出来た。
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