プロローグ
読みに来ていただきありがとうございます。
稚拙な文章かもしれませんが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
ダンジョン――。
そこは神々が造り出した力を得るための試練の地。
そこは魔に属するものたちが地上を侵略するための入り口。
そこは富や名声あらゆる欲望が叶えられる場所。
さまざまな呼び方をされるダンジョンという場所で、冒険者を名乗る人間達とダンジョンに住む魔物達が、お互い信念と命を懸けて戦闘を繰り広げる。
そしてとあるダンジョンの一画、そこで今日も人間達と魔物がいつものように戦っていた。
いや、現状を正確に言うならそれは戦いでは無く、一方的な戦闘と言えた。
三人の冒険者が、体中に無数の傷を負いながらダンジョンの袋小路に追い込まれていた。
そんな傷だらけの彼等の前には、醜悪な豚面のオークと子供ほどの背丈で緑色の肌のゴブリンが、その手に血で汚れた棍棒や剣といった武器を持ち、さらにはオークやゴブリン達の足元にはカラフルな色のゼリー状の体のスライムと、スイカほどの大きさの毒を持った蜘蛛ポイズンスパイダーなどが体を揺らしたり、牙をむき出しにして威嚇音を出したりしながら、ゆっくりと冒険者達との間合いを詰めて来ていた。
どんどんと間合いを詰められていく状況で冒険者の一人ギルズは、重症を負い現在も大量の血を流している仲間を守るように、手に持った大剣を正眼に構え近づく魔物達を威圧して、これ以上接近されないように牽制する。
そして、そんなギルズの背後で守られている二人の内一人バンゲルは大量の血を流し、床に倒れたまま目を閉ざして反応の鈍くなった仲間を助けようと、必死に治療魔法を掛け治そうとしていた。
「おい、ガドしっかりしろ!こんなところで死ぬな!」
治癒魔法をかけながら必死に声を掛け呼びかけ続けるが、ガドはわずかに口を開き反応しようとするだけで、傷口は一向に治る様子を診せず、目を開くこともままならない。
魔物達を近づけまいと牽制しているギルズは、声を掛けてもそんな反応しかできないガドの状態を確認し、もう一度治癒魔法をかけ治そうとするバンゲルを制止の声を上げる。
「バンゲルもう止めろ!
残念だがガドはもう駄目だ。これ以上の治療魔法は止めて、攻撃魔法でこちらの援護をする準備をしてくれ」
「なに言ってるんだよギルズ。ガドを見殺しにするのかよ」
「状況をよく見ろ!このままだと俺達も死ぬぞ!!」
背後を見ず、敵から視線を外さない状態のままバンゲルを怒鳴りつける。
ギルズだってガドを見捨てたいわけでは無い。
まだ駆け出しの冒険者だった頃から三人はパーティを組んで冒険をしてきた。
パーティを組んで五年、楽しい事も苦しい事も共に分かち合ってきた大切な仲間だ。そんな仲間を見捨てられるはずがない、ギルズも本心ではこのままバンゲルに治癒魔法を掛け続けさせたいのだ。
だが、現状ではギルズ一人ではこの状況を突破することはできない。
ガドを見捨てなければ、そのまま二人もここで死ぬことになる。
「お前もわかるだろう。そのまま治療魔法続けていたら俺達も死ぬことになる。
ここで死んだらそれこそ何の意味も無くなるんだぞ」
冒険者の格言の一つに『冒険者は生きて帰って一人前』という言葉がある。
魔物を倒すことも、お宝を見つけることができたとしてもそのままだとまだ一人前とは言えない、魔物の部位や宝を持って生きて帰ってくる事が出来て、初めて一人前の冒険者と言えるのだ。
生きて帰れなければそれまで倒した魔物も、発見したお宝も、それこそそれまでにかけた装備や準備の費用なども、全て意味がなくなってしまう。
そして、どんなにボロボロになったとしても生きて戻りさえすれば次があるのだ。
つらい決断だが、今はガドを見捨てるしか生き残る手は無い。
それはこれまで共に冒険者をしてきたバンゲルも理解できている。
だが実際傷ついている仲間を前にしたら、どうしても見捨てるという決断ができない。
「バ、バンゲ…ル。気に…するな……」
決断できないバンゲルに、息切れしながら必死な声で床に横たわるガドが声をかける。
いまだに目を開けられないほどの状態だが、それでも二人の声は届いていたのだろう、ガドはその顔に微かに笑みを浮かべ、バンゲルの背中を押す。
自身がすでに助からないことは気づいている。
ならばせめて仲間だけでも助かって欲しい。死ぬ事を受け入れ微笑むガドの顔をバンゲルは目に涙があふれさせながら焼き付けたあと、覚悟を決めて立ち上がりギルズを支援するために魔法の詠唱を開始する。
背後で詠唱を始めた声を聞いたギルズは、詠唱中無防備になってしまうバンゲルに攻撃がいかないよう、魔物達の注意をその身に引き受ける。
「オラ!かかってこいや魔物ども!!!」
大声を出し自身に注意を引き付けるスキル【挑発】を発動させ、周りにいる魔物達の視線を自分に釘付けにする。
挑発に乗せられ一匹のゴブリンが迂闊にもギルズの間合いに足を踏み入れた瞬間、正眼に構えていた大剣を振り抜き上段から斬りつける。
肩口から体を斜めに斬られたゴブリンは血を吹き出しながら、悲鳴を上げることすらできず絶命しその場に倒れる。
それを見た他の魔物達は思わずその場から一歩後ずさってしまう。
いい調子だ。
体中傷だらけだが、まだ剣は振るえる。このまま間合いを上手く取りつつ、バンゲルの魔法を突破口にし戦端を開けばこの場は何とか切り抜けられるだろう。
記憶に間違えがなければ、ここから出口まではそう遠くない、無事帰れる。
ギルズがそう考えたとき、それまでこちらを襲いかかろうとしていた魔物達の体が急に固まり、そのまま道を作るかのように左右に分かれる。
そして出来た道をそれまでの魔物達とは明らかに違う一体の魔物が、ゆっくりと歩きながらギルズの前に進み出る。
「なかなか威勢が良い人間だな。これは久しぶりに楽しめるかな」
現れたのは一体の鬼。
2メートルはあるのではないかという大柄な赤銅色の体格、溢れんばかりの脹れあがった筋肉の鎧に、歴戦をくぐりぬけた証である無数の傷跡。その口は全てを喰らい千切るかのように鋭い牙が並び、額に生える二本の角は天を突き刺すかのように鋭く尖っていた。
だが何よりその鬼の存在感を増しているのは、その金色に光る瞳であろう。
眼光鋭く、射抜くようにこちらを見てくる金色の瞳に思わずギルズはその場から後ずさってしまう。
まだ鬼は何もしていない。
ただ目の前に立っただけだ。
ただそれだけ。目の前に立っただけでこの存在感だ。
先程僅かに生まれた生き残れるという希望が、あっという間に絶望に変わるほどの存在感をその鬼は持っていた。
そして、そう感じたのは背後にいたバンゲルも同じだった。
いや、むしろ常に前線に立って戦うギルズよりも、後衛で援護することの多いバンゲルの方が受けた衝撃は強かったのかもしれない。
「あ…、あぁ……、ファ【火炎嵐】」
支援するために唱えていた詠唱が終わったと同時に、唱えていた攻撃魔法を鬼に向かって放つ。
火炎嵐は火属性と風属性二つを合わせた中級の広域攻撃魔法。
その威力はそれまで周りを囲んでいた魔物達を一掃できるほどの威力を誇る。そしてそんな威力の魔法を至近距離から避けることもできずに受けた鬼は、一瞬でその全身を炎に包まれることになる。
ランクの低い魔物なら一瞬で骨さえも燃やし尽くす魔法、なのにそんな魔法を受けた鬼は、平然と何でもないように炎に包まれながらその場に立ち続ける。
「おいおい、お前ら命の危機だぞ。
もっと渾身の一撃で攻撃して来いよ」
炎に包まれながらそう言った鬼は、片手に持っていた背丈と同じほどの金棒を無造作に振るう。
たったそれだけで鬼の体を包んでいた炎は消え、振るわれた金棒に反応でき無かったギルズを上半身と下半身の二つに両断する。
「なっ」
自身に何が起きたのか分からない表情のままギルズは絶命する。
目の前でいきなり上下二つに分かれたギルズを見たバンゲルは悲鳴を上げ、腰を抜かし股間から温かい液体をその場に広げる。
鬼はその醜態を目にして顔をしかめる。
「ちっ、少しは反応できるかと期待してたのに拍子抜けだ。
もういい、お前らさっさと終わらせるぞ」
その言葉を合図に、それまで周りで見ているだけだった魔物達がいっせいに腰を抜かしたバンゲルに迫る。
迫りくる明確な死の恐怖にバンゲルは顔を恐怖に歪ませながら叫ぶ。
「い、いやだ。
来るな、来るな、来るなーーーー!!」
だがそんなバンゲルの声などまるで聞こえないかのように、魔物達は手に持った武器や自身の牙を無慈悲に体に食い込ませる。
「ぎゃぁーーーーーーーーー!!!!!!!」
バンゲルの断末魔がダンジョンに響き渡った。
戦闘が終わり魔物達は血で汚れた武器しまい、人間達の遺体を大きな布袋に詰め込んでいく。
彼等の戦闘の様子を最初からモニター越しに見ていた俺、神無月黒はそんな魔物達に声を送る。
「みんな今日もお疲れさん。遺体はいつも通り装備品は倉庫に、体の方は所定の場所に運んでね」
そう言った後、いまだに顔をしかめている鬼にも声をかける。
「ヤーさんいつまでもそんな顔しない、今回は残念だったけど次はきっと満足できる戦いができると思うから、いつまでもそんな顔しないの」
「あぁわかってるよ。
次に期待してやるよ、次にな」
ヤーさんと言われた鬼は頭をかきながら納得する。
「それよりヤーさん、今日の部隊の指揮はトンさんのはずだったけど何かあったの?」
「あ~、トンなら今調理場にいるはずだ。
何でも今日第三区画で収穫した野菜は鮮度が命とか言っててな、忙しいから今回の部隊の指揮を俺と交代してくれってよ」
その答えに俺は苦笑を洩らす。
料理好きのトンさんは珍しい食材が手に入ると、たまこうやって仕事を変わってもらっている。
まぁ大抵そうして交代した時の料理は、ほっぺたが落ちるほど上手くできているからあまり文句も言いだせないのだが。
「了解。それじゃそろそろ夕食の時間だからヤーさんは食堂に、他の魔物達は侵入者が来たら迎撃お願い、侵入者が来るまではみんなは自分の区画で好きにしていていいからね」
ヤーさんと魔物達が返事をし、それぞれダンジョンの自分達の住み区画に戻っていく。
モニターで彼らが帰るのを見届けた後、念のためにダンジョンの他の場所の安全を確認してモニターの電源を切る。
戦闘が始まって知らないうちに緊張していたのだろう。強張ってしまった筋肉をほぐすために椅子に座ったまま大きく背伸びをする。
何度戦闘しても慣れることは無く、いつも体が強張ってしまう。
「マしゅター、ご飯?」
「うん、トンが今日もおいしい料理を作ったみたいだから行こうか」
伸びをしている背後からかけられた声に返事をして振り返る。
振り返った先には10歳ぐらい年齢だろう、ゴスロリ服を着た小さな女の子が立っていた。
ご飯と聞いてよほど嬉しかったのだろう。
彼女は満面の笑みを浮かべ、髪の毛である蛇たちも嬉しそうに一本一本「シャー、シャー」と歓声を上げその体をくねらせる。
「マしゅター、メーサ今日も頑張ったの。イッパイイッパイ頑張ったの。
だから今日もモリモリ食べる。食べて食べて早く大きくなって、もっともっとマしゅターの役に立つの」
両手を振りまわしながら、元気にそう言うメーサの頭を俺は優しく撫でる。
「期待してるよメーサ」
頭を撫でられてうれしかったのだろう。顔を真っ赤にして、
「期待イッパイイッパイするの」
メーサは俺の手を引っ張り食堂に歩き出す。
部屋を出てしばらく歩いた先にある食堂では、すでに大きな円卓にたくさんの料理が並べられていた。
「お疲れ様ですマスター。
もうすぐ全ての料理を運び終わるので席についてお待ちください」
コック姿に身を包んだオークが、料理を並べながら片方の口角をニヤッと上げてそう告げる。
先程まで戦闘に参加していた醜悪な顔のオークと違い、コック姿のオークの顔は豚面だがどこか愛嬌があり、そんな彼が浮かべる自信満タンの笑みを見るとついこちらもつられて笑みが浮かんでしまう。
黒が席に着くとその左横にメーサが座り、フォークを握りしめ今か今かと食事の合図を待つ。
そしてメーサ横には、いつの間にそこに座っていたのか黒い毛並みの狼の頭をした人狼が座っていた。
黒はいつの間に表れたその人狼に驚くことも無く話を振る。
「スーさん、さっき対処した冒険者以外で近くに冒険者の姿はあった?」
「いえ、ダンジョン近くに他の冒険者の気配はありませんでした」
「なら今回も単独のパーティだったみたいだね。
一応食事が終わったらもう一回見周りお願い」
「御意」
スーさんと呼んだ人狼とそんな会話を交わしていると、ダンジョンに続く扉からヤーさんとメイド服を着た女性が食堂に入って来る。メイド服の女性は俺の右横の空いている席に座り、そのメイドの横にヤーさんが座る。
そして最後に俺の目の前の席に全ての料理を運び終えたトンさんがエプロンを外して座る。
「今日はマスターのダンジョン作成100日を記念しまして、いつも以上に腕を震わせて作らせていただきました。
どうぞみなさん、おかわりもありますのでたくさん食べて下さい」
トンさんはそう胸を張って言い俺の方に顔を向ける。
そして他の4人も同じように俺の方に顔を向け、俺が何か言うのを待つ。
「立派な料理を作ってくれてありがとうトンさん。
さてさっきトンさんが言った通り、今日でダンジョンが出来て100日目だ。だんだんと冒険者も来るようになったし、ダンジョンの評価もなかなか好調だ。
だが、ここで満足はしちゃいけない。
他のダンジョンの中には、いくつか攻略されたところもある。
攻略されないよう、これからも頭ひねって徹底的に戦って、しぶとく生き残ってやるつもりだからみんな力を貸してくれ」
「分かったの。メーサ、マしゅターに力貸すの」
「主のお望みとあらば喜んで」
「存分に私達の力お使い下さい」
「はい、マスター」
「おう、任せときな」
俺の言葉にその場にいたみんなが気持ちのいい返事を返してくれる。
思わず胸が熱くなってしまった。
そしてそんな気持ちを誤魔化すように、大きな声で合図する。
「それじゃ、合掌」
「「「「「「 いただきます 」」」」」」
一斉に箸を出し仲良く食事を取りながら、黒はこのダンジョンにくる前のことを思い出す。
そう、まだこの世界にくる前のこと。
プロジェクトが始まる前。
悪魔と初めて出会った日のことを―――。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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