Stage6:学校+保健室+二人きり=?
今回は有栖視点多めでお送りいたします。
昼休みが終わり、四時間目が始まってすぐ有栖が倒れた。
「十
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口川ァァァァァァァァ!」
「うぉわっ!?」
急いで有栖を保健室に運び、ちょうど先生がいなかった為にクラスメートで医療才脳者の保健委員、古川琢人を保健室に拉致る。
「さぁ診ろほれ診ろさっさと診ろぶち殺すぞオラ」
「まぁ待てちょっと待てマジで待て待てっつってんだろコラ」
20秒の沈黙。
「………で?」
「……うん、軽い貧血だな。ほっとけば起きるだろ」
「………で?」
「さっきのが余程ショックだったんだな。この様子だと大体2時間程度で目を覚ますぞ」
「………で?」
「……授業中だから帰っていいか?」
「………は?」
「なぁ御来屋、思いってのは、言葉にしなきゃ伝わんないと思わないか?」
「 」
「何でそこで文字通り言葉が失われるんだよアホなの死ぬの」
げふんげふん。
「…で、原因の当事者としてどうよ?」
「てめーら許さねえ」
「あっそ、他には?」
「………大体、なんで俺を巻き込みやがった」
「そりゃお前の『加速』が戦闘向きの強力な才能だからだ」
さも当たり前のように言う古川。悪びれた様子はない所をみるに、俺や有栖を巻き込んだことに特別何かを感じている訳ではないのだろうか。表情の読み辛いヤツだ。
「結局最後は鷹觜が全部持ってったってのにか?」
「あぁ。元々俺達だけで片付ける予定だったしな」
「じゃあなんで―――」
「…三ノ宮が来たからだ」
「――――は?」
「三ノ宮有栖は不登校になって以来一度も測定試験を受けてねぇし、オンラインデュエルも行っていない。そんな生徒のレベルを知るには、実際に三ノ宮に才能を使わざるを得ない状況に置くしかなかったんだよ。こういえば理解るか理解才脳者?」
「…………ぁンのクソババァ…」
「まぁそう言ってやるな。先生だって仕事じゃなきゃやんねぇよ」
才脳者がブレインにアプリの形で所有する体感型格闘ゲーム《デュエルギフト》は、東西日本に集められた才脳者同士が才脳を駆使して戦うことで、自身の才能の応用性や5段階に分けられたランクの内どのレベルまで到達しているかなどを測定するソフトだ。先程の戦闘のように現実世界での時間は数秒とかからない間に、ブレインが俺達の脳に状況のイメージを焼き付け共有させ、挙動の信号をキャラの動きに適用。後は格ゲーをやって終わりである。どんなシステムだ全く。
そんなシステムの神宮寺学園都市が編み出した利用法は、戦闘で使われた才脳、またその利用方法や応用性をデータとして記録し、才脳者一人一人の管理をすることであった。未だに謎の多い才脳者に対し、非才脳者――つまり一般の人間からの偏見や非難から保護すべく設立したこの学園は、そうした制度を設けることで周囲を納得させ研究も進めている。まさに一石二鳥と言うわけだ。
「ま、後で先生には言っとくから傍にいてやれ」
保健室から出て行く古川を背中で見送り、眠る有栖を見やる。一般に言われるアルビノとは違う理由で色素の抜けた肌は、人間の皮膚として正常に機能しながらもどこか作り物めいた雰囲気を出していて、銀の毛髪や眠る有栖自身の状態も相俟って今本当に生きているのか不安になってくる。呼吸の為に上下する平坦な胸や、瞼が時折痙攣するのを確認する度にその思いが払拭され、また膨れ上がる。そんな繰り返しを何度かしている内に、いきなり有栖が目を開き
「何をしているにゃ貴様っ!!」
「ぐわぉっ!?」
顔を思いっきり掴まれた。有栖は普段爪は伸ばさないのだがそのほんの少しだけ伸びた部分が俺の顔の側面に爪痕を深々と残しさらにその細い指先が皮膚どころか骨を貫通せんと痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「御来屋大雅…貴様は今どこにいるにゃ?」
「ベッドの…ッ中です……!」
ミシミシ。
「ぐわぁぁぁ…………」
「それは何故にゃ…?」
「なんとなく有栖が寒そうだから添い寝でもして《加速》で暖めようかと」
ミシミシミシ。
「ぬぉぉ………!!!」
「一万と三七歩譲ってそれを天然からくる善意ととってやるにゃ……にゃら何故貴様は有栖にキスをしようとしていたのにゃ?」
「眠り姫はキスすれば起きるかな〜って思って頭蓋が!頭蓋骨が砕ける離せミシミシいってるから!砕けちゃうから!」
「ふん!」
ぐしゃっ
「ぐふぅ!?」
「寝込みを襲うにゃどこの不埒な悪党めが…」
アタマが砕けたっぽい音と共に意識が八割がた持ってかれる。激痛に変な声が出た。あと有栖の手がひんやりしていて気持ちよかった。もし俺の感覚が本当に正しいのならば倒れた俺を有栖が踏んだり蹴ったりしている気がするけど、当たりどころがいいので逆に気持ちいい。ぐへへ。細いながらも肉付きのいい白い脚を高く上げ思いっきり俺を踏む度にスカートの中がチラチラ見えるわけで、ぼんやりした意識でその素晴らしい緑と白の縞模様を眺めていると目の前に有栖の足がゆっくりと近づいてきた。遠く感じたそれはじわじわと目前に迫って来ていて、このままだとぶつかっちゃうな…なんてゆっくり考えてたら鼻に強い衝撃と、血管が切れ血が流れる感覚、そして後ろ向きに吹っ飛ぶ俺。
「この…ッ変態が!」
そんなスカートを抑えて顔を赤く染めた有栖の罵声を聞きながら、俺は意識の残り二割を手放した。
* * *
…私は今何をしているのでしょう。ふわふわした感覚の中で、自分が立っていて、何かを言いながら足を動かしているのがわかります。ゲシゲシと何かを踏んだり蹴ったり、ノイズまみれの音の中、ぼんやりした視界に写る景色は見慣れた保健室のようで。
―――そっか、私、倒れちゃったんだ。学校なんて久しぶりで、知らない人しかいない中で、私の見た目をまた何か言われるんじゃないかとか、たいがくんが思ったより構ってくれなかったりとか、たいがくんにお友達がいたりとか、変な男子がいたりとか、その男子が気持ち悪かったりとか、初めて屋上でご飯たべたりとか、その前に不良に人質にされたりとか、たいがくんがケガしちゃったりとか、鴨嘴くん……だっけ?の強烈なキャラクターとか、いっぱいいっぱいあって、怖くて、疲れちゃって、目の前がまっくらになって、それから………。
…そういえば、今何時かな。たいがくんはまだいるかな。久しぶりの学校だから、一緒に帰りたいな…。お買い物にも付き合っちゃうんだから。
そんなことを考えていると、だんだん視界がクリアになって、ノイズが薄れ音も鮮明に聞こえてきました。あれ、私、倒れた筈なのに今何してるんだろう……?
そんな疑問の中で聞こえてきた私の声。
「この…ッ変態が!」
どういうこと!?
目の前には鼻血を出して後ろ向きに吹っ飛ぶたいがくん。部屋の明るさ的にまだお昼過ぎくらいなのはわかるけど、いったいなにがどうなってるのでしょう……?
混乱した自分の頭を頑張って動かしていると、ガラスに反射した自分の姿が見えました。未だに好きになれない自分の白い身体。他人から気味悪がられる容姿なんかいらないって何度思っただろう。そんな私の身体………特に髪の毛と瞳に、起きていた特徴的な変化。白と言うより銀に近い色の髪には、パッと見には目立たないもののよく見ると白色のメッシュが入っていて、瞳はカラーコンタクトを入れたみたいに同じ色で染まっていました。そして、今まで意識を失っていたはずなのに立ち上がっていて、不機嫌な顔で腰に手を当てています。私は一体何をしているのでしょう?何か、身体が自由に動かせないような………って、
『ちょっ、何してるんですか白ちゃん!』
「ん、起きたのにゃ?身体借りてるのにゃ」
『起きたのにゃ、じゃないですよ!なんで大雅さんがさっきよりも血まみれで倒れてるんですか!?』
「ふん。あんな色情魔にゃど生かしておく理由はないにゃ」
『あーもう何したんですか大雅さぁん…!』
「先程有栖が貧血で倒れていた時に布団に入ろうとしてきたりキスをしようとしたりしていたのにゃ」
『いつものことじゃないですか!って言うかなんでやめさせちゃったんですかもう少しで最高の寝起きが』
「何を言っているのにゃ有栖。あのように寝込みを襲ったり蹴られながら恍惚の笑みを浮かべたり挙句そのまま下着を盗み見ようにゃどとする変態にお前の唇をやるわけにはいかんのにゃ」
『なんてことしてるんですかあの人は…。と、とにかく、今は大雅さんの血を止める方が先です!変わってください!』
「嫌にゃ。にゃんならあのまま殺s」
『《変われ!》』
『…チッ。有栖貴様…!』
「うるさいです。大体私の寝てる間に勝手に体使うのやめてくださいっていつもいつも言ってるでしょうが」
私の体を支配していた存在をひっこめると、髪と目から白色がなくなりました。
完璧に意識を失っている大雅さんの足を持ってずりずりと引きずって、保健室の中にある洗面台で顔の血をふいてあげる。制服の足跡も手で払ってあげて、とりあえず
『証拠隠滅成功にゃ』
「そんな身も蓋も無い言い方は嫌いです」
せめて元通りって言ってください。
「………さて、」
気絶してるこの人をどうしましょう。せめてベッドに寝かせてあげたいのですが、私の筋力じゃ持ち上がりませんし。
『…でばん?』
「ぁ…、碧ちゃんならできますか?」
『………うん』
「では、お願いしますね」
目を閉じて、開ける。髪には碧色のメッシュ。瞳も同色に。
「………なにすればいいの?」
『とりあえず、大雅さんをベッドに寝かせましょう』
「……わかった。がんばる」
そう言うと、私の意識とは関係なく動く私の身体。引きずるのでも精一杯だった大雅さんの身体の下に手を入れると、
「…そいや」
軽々と持ち上げ、寝かせてしまいました。
『碧ちゃんありがとうです。戻ってください』
「……がんばった」
「はい。がんばりましたね」
『……♪』
「よしよしです」
髪と瞳が戻る。時計を確認、まだ4時間目は終わってませんでした。
「…まだまだ時間あるですね……」
さっきのドタバタで怠さは吹き飛んだとはいえ、一度倒れた手前すぐ授業には戻りづらいし、第一知らない人ばっかりだし怖いし。
『…もうすこしねてたほうがいーよ?』
「…、そうですね。せめてこの時間くらいは、しっかり休みましょう」
『うむ、それが一番だにゃ有栖。ささ、こっちの別の布団に―――、って、何してるにゃ有栖!?』
「へ?だからもう一眠り……」
『だったら何でその色情魔と同じ布団に潜るのにゃ!!』
『……だいたん』
「うるさいです。私の身体はさっきのやり取りで十分冷えたので人肌で温まる必要があるのです」
『今日は暑いくらいだにゃ!』
「あーさむいなー。凍えちゃうなー」
『むむむむむむむ~~!!』
『あぁもううるっさいわねぇ…アンタ達のせいでこっちまで起こされたじゃない…怨むわよホント…』
『…ぁ、つっちー』
「黄(つっち-)、起こしちゃいましたか?」
『どこぞのPtのせいでね…。まったく、こっちは昨日夜更かししすぎて辛いってーのに』
『誰がプラチナにゃ誰が』
『…ぷらちな……きれい…』
「あ、そうですよ。黄、起きたんなら子守唄お願いします。私寝るんで」
『ダメなのにゃ!認めないのにゃ!黄も歌うのやめるにゃ!』
『~~~~~♪』
『……くぅ…』
「すぅ……」
『にゃーーーーーーっ!!!!!』
* * *
「……それで、何か言い訳は?」
「記憶がございません」
「主に私がやりました」
ただいま、保健室で正座なう。どうしてこうなったし。
「大ちゃん」
「はい」
「あなたが有栖ちゃんのことを保健室まで運んでそばについていたとこまでは許すわ」
「ありがとうございます」
「でも、何で一緒のベッドで寝ていたのかしら?」
「気絶してたのでわかりません」
「何で気絶していたのかしら?」
「古川が出て行ったあと二人っきりになって何かできることがないかと有栖を見ていたらつい寝顔が可愛くてそのままキスしようとついでに加速で温めようかと思いベッドに潜ろうとしたら有栖に吹っ飛ばされて気を失いましたです」
「有栖ちゃん?」
「そのあと大雅さんを介抱してあげたら案外テキパキ終わってその後授業に戻る気がしなかったので大雅さんをベッドに寝かせて一緒に寝ようと潜りこんだら大雅さんの寝顔が可愛くてキスしようとしたら先生が来ちゃいましたです」
「あなた達…、私の前で風紀を乱そうだなんて勇気あるじゃない?」
「「超ごめんなさいでした」」
「はぁ、まったく………。しょうがないわね。不問にしてあげる。さっきも手伝わせちゃったしね」
「「………!」」
「でも次はないわよ?」
「「はい。次は(バレ)ないです」」
「……そ。まぁそれならいいわ。やれるもんならやってみなさい」
「「ごめんなさいでした」」
「仲いいわねあなた達…。あら、もう帰りのHRの時間じゃない」
「えっ」
マジでか。午後の授業全部サボって叱られてたんか。義母親のあまりの剣幕に時間何て考えられなかったぜ。
「…そうだ、大ちゃんあなた委員に立候補しなさい」
「イヤだ」
「どうせ犬飼さんしか立候補しないんだし、いいじゃない」
「っていうか、それ犬飼に委員やらせりゃよくね?」
この学校の学級委員は、クラスに最低一人いればいいのだ。
「それもそうなんだけどぉ…、ほら、あの子にやらせると……ホラ」
「うわぁ……嫌な記憶思い出した」
「…どうかしたんですか?」
「あ、有栖ちゃんは知らないか。犬飼さんのこと」
『《犬慣れ》の犬飼』は、融通の利かないキッチリカッチリ系の堅物だ。小5の時にクラスメートだった俺は、アイツがクラス委員になったとたんに始めた美化運動とやら(花壇の水やり、掃除など。クラス全員参加)に巻き込まれ、サボることも遅刻することも許されない一年を送った。そんな誰もやりたがらないような善行を強制されたクラスメートが一人また一人と脱落する中、最初は分担制だった仕事が最終的に残った俺一人にすべてまかされるようになったという記憶がある。しかも無遅刻無欠席で頑張ったのに全校集会で表彰されたの犬飼だったし。因みに俺は終業式の日に裏切り者のクラスメート全員と絶交した。山田のヤロー、なにが一緒に頑張ろうだ。真っ先に俺に投げやがって。
「正しいんだけど、なんかこう厳しいていうか…あの子が委員だとこっちもやりにくいのよ。ああいう朝早くからやる内容だとこっちも早くから来なきゃいけないし」
「山田コロス」
「誰ですかそれ」
「と、とりあえず、本当は教師的に言ったらまずいんだけど、私としても正直面倒なの!」
「はいはい…じゃあ何か?俺を委員にして義母さんは面倒から逃げたいと」
「あと、今日スーパーで卵の特売じゃなかった?」
「おっしゃる通りで」
「決め方は自由でいいからさぁ~、お願い♪」
「………わかった。その話はこっちとしても願ったりかなったりだし」
「ほんと!?ありがと大ちゃん♪」
にぱ。と笑う義母親。こういう風に笑うと、お姉ちゃんそっくりに見える。身体もある一点を除いて小さめだし、親子なんだなぁ…、としみじみ感じてしまう。
「大雅さん、先生、そろそろ…」
「あ、そうね行きましょうか」
「ん。さっさと終わらせる」
俺たちは保健室からようやく出た。