Stage3:チュートリアルは突然に
神宮寺学園都市は、才脳者の為に存在している国立学園都市である。
《新西暦》誕生の原因となった才脳者の存在は、《神宮寺事件》を受け国際的な条約により保護される事となった。
人体実験はもとより、差別や戦争など人権に関わる様々な問題から保護された才脳者達は、やがて生まれてくる次世代の才脳者達に教育を施すことを決定。国会や内閣と十数度にも及ぶ会談の末に、東西日本に一つずつ《神宮寺学園》を設立。今に至ることとなった。
一般的に、《才能》は早くて8歳〜9歳。遅くても十四歳までには自覚する。
嘗ての研究により得られたデータをもとに、神宮寺学園は小学校から大学までの四つのステージを設け、才脳者達が自身の才脳を正しく扱い、社会的に広く貢献できるよう特殊な教育を行ってきた。
ここ茨城に存在しているのが、通称《東神宮寺学園都市》。その名の通り日本の東に位置し、東日本全域から才脳者や才脳者候補者を集め教育を行っている。
今日のつくば市は、風が強く四月にしては暑いくらいの素晴らしい快晴であった。
* * *
午前の授業が終わり、昼休みになった。
「ぬ~あぁぁぁぁ……。今すぐにでも帰りてええぇ………」
なったのはいいが、今はどうしても昼飯より玉子焼きの方が大事に思える。どうせ買うなら安いときに買いたいし、ついでに本屋で漫画の新刊を買わねばならぬ。さらに言うなら学校が長引くとかマジ論外。
―――そんなに好きなのか?
「あぁ。おねーちゃんのお弁当は幸せの味だ」
―――お前の弁当お姉さんが作ってたのか
「そーだよ。お姉ちゃんの弁当だけが楽しみで学校来てるようなもんだしな」
―――ちょwwwくだんねwwww
「うーるっせぇ。つーかその笑い方は一体どうやってやってんだお前は」
―――wwwwwwww
「ぶち殺すぞお前………」
よく訓練された某掲示板の民みたいな声で笑うんだよなコイツ。
俺のあのちっこいお姉ちゃんは、料理才脳者である。今日は俺が作った弁当だが、姉ちゃんはお弁当に特化した料理才能者なので、基本的にお弁当はお姉ちゃんが作ることが殆どだ。
特にお姉ちゃんのつくる玉子焼きは絶品で、ふわふわしててとろりと甘くてとにかく美味い。
しかし、昨日の夕食時に玉子を切らしてしまったので、今日はスーパーで玉子を格安の値段で買うつもりだった。
―――で、放課後はどうすんの?
つん
「サボろう(提案)」
つんつん
―――馬鹿言ってんじゃねえぞこのクソムシが
つんつんつん
「…………でっすよね~」
つんつんつんつん
「うぜぇっ!!!!!!」
なんとなく身体が後ろに引っ張られると思ったら、有栖が俺の制服を引っ張っていた。いきなり怒鳴られてポカンとしてる。可愛い。
ちょっと涙目になっていたがすぐ元に戻り、
「あの………大雅さん、さっきから誰と会話してるんですか?」
「ん? あぁコイツか?友達だけど」
「………誰もいないように見えますが」
「ここにいるじゃん。見えないのか?」
会話相手を指さすが、有栖にはなぜか見えていないようだった。
「あのですね大雅さん、いくら大雅さんは友達が少ないからって友ちゃん相手に会話してても、確かに私は幼馴染ですが一緒に部活なんて作りませんよ?」
「え?なんだって?」
「なんだってじゃないです。なんで大雅さんは一人で馬鹿みたいに何もない空間に話しかけたりしてるんですか馬鹿ですか?」
割と耳はいい方だと思うんだが、有栖が何を言っているのかわからなかった。
ってそんなことはどうでもいい。今何かとっても重要なことを聞いた気がする。
「え、ちょっと待て。俺そんなイタいことして無いんだけど」
「へ?いやでも実際に……」
誰もいない空間と会話?なにそれこわい。
―――三ノ宮ってお前の幼馴染だったのか
「ん?………あ~、たしか6歳くらいからの付き合いだ」
―――10年近いとかww永杉ワロスwww
「確かに長いっちゃあ長いよな……今度は何だ有栖」
「ぐぬぬ…………」
なんとなくアリスがしょぼくれてきた。なんとなく可哀想になってきたので、種明かしをしようと相方の顔を見、
―――m9(^Д^)プギャーwwwwwwwwwwwwww
見なければよかった。
超爆笑してんだけど。なにこいつの顔。超ムカつく。
「………有栖、俺が話してたのはお前の思ってるような奴じゃなくてだな、なんつーかその………『エアーな友達』だ」
「…………………………は?頭大丈夫ですか?」
めっちゃ白い目を向けられて引かれた。可愛い。
「た、大雅さん?さすがに病院に行った方が………」
「うるさい俺は至って正常だ。…ソイツの名前は馬鹿觜糞野郎で色々とエアーな―――って頭は大丈夫だから先生呼ぶなアンタも来るな病院なんかにゃ行かねぇよ!!」
有栖の呼んだ先生を追い返していると、またしても例の笑い声が聞こえてきた。
―――ぐっはwwwエアーとか的確すぎワロタwwwww
「………いいから出てこい。なんで毎回お前を紹介する度にこうカオスな状況になるんだろうな」
―――それはお前が馬鹿だからー。あ、それと俺は馬鹿觜じゃなくて『鷹觜 聖斗』な」
そんな声とともに、ブレインを操作しつついきなり俺たちの目の前に現れた一人の男子生徒。鷹觜聖斗と名乗るソイツは、俺の友人であり空気、そして変態でもあるエアーマンであった。
「わわっ!?こ、虚空から人が!」
「おっと」
無人の空間にいきなり人が現れるという事態に腰を抜かしかける有栖。俺はそれを支えつつ、鷹觜に状況の説明を促す。いきなり『虚空』とか言えちゃう有栖ちゃんマジ可愛い。
「え〜っと、いろんな意味ではじめましてになるな。俺は鷹觜聖斗。御来屋のアホとは今年で二年目になる。三ノ宮さんだっけ?よろしく〜」
「出会いについての詳しい事は忘れたいが、一応信頼しても大丈夫な奴だ。警戒はあまりしなくて大丈夫だぞ有栖」
「忘れたいの?」
「疲れるんだよ思い出す度に」
鷹觜聖斗。身体系の才脳者に属されるソイツと会ったのは、中学三年になりたての頃であった。まぁその時はお互いに色々あったが、思い出したくねえし面倒くさい。
「あ、あの、鷹觜さんは瞬間移動の才脳者なんですか?」
「否、違うよ?俺の才能は『エアーマンだ』死ね、《空気化》……つまり、気配を可能な限り無くせるってヤツ。だから才能発動時の俺のする事は全部、他人にはほぼ認知されないのさ。だからさっきも、御来屋とは顔突き合わせて話してたんだぜ?」
「ほへ〜、不思議な才能です……」
初めて見るタイプの才能に目を輝かせる有栖。五、六年他人と関わらず生きてきた為に、他の才脳者が珍しいのだろう。
「ところでお前ら、昼飯は屋上行かねえか?」
「お〜、面白そう…なんだがな……」
「ぇ………三人でですか…」
だから、こういった反応はかなり心にクる。
何かに絶望したような、諦めたような声は、拒絶とか不安とかそういった言葉に表すのが難しい感情を秘めていた。
「…有栖、鷹觜なら大丈夫だ。大丈夫なんだが…どうする?」
「……大丈夫ですよね?本当ですよね?」
震える声がする。
ここまで怯えられるとどう返したものかと対応に困るが、さてどうしたものかね。
―――やほ~
ウザい声がする。
耳元まで近付かれるとどう殴ったものかと対応に困るが、マジどうしようもねぇ。
―――その反応を見るに、どうせ昔何かあったんだろ?
「そ~だよ。割と面倒な事がな」
―――ふーん。俺以上に?
「普通突っ込むかそこ………」
―――あったりまえじゃ~ん♪見縊ってんじゃねぇぞ御来屋
「見縊ってはいねぇよ。ただまぁ……正直なところ、十歳には受け止められないくらいには」
そこまで話すと、またしても鷹觜が現れた。
「なぁ御来屋、それって、三ノ宮さんのその有り得ない髪の色と関係あんの?」
「―――――ッ!?」
「オイ鷹觜!!」
「スマソスマソ~。つい口が動いちまった。だ・か・ら〜、あんまし睨まないでくれよ二人とも」
「大雅さん…この人、本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫だ……って信じてる」
その時、
ヒュッ!! と
「あっぶねえっ!!!」
「うおっ!」
「きゃっ!!?」
俺と鷹觜、そして俺の背後にいる有栖との間に数本のペンが刺さっていた。咄嗟に三人とも動けたが、ペンは正確に俺と鷹觜の居た場所に刺さっていた。危ない。
突然のデッドオアアライブにビビっていた俺たちにかけられるねっとりとした粘着質な声。
「鷹觜に御来屋ァ……我等の前で堂々とアリス姫といちゃつきおって…行くぞ疋田氏!」
「了解したでござるよ肝小田殿ww拙者たちwww姫の味方wwwwデュフフwww」
「二人!」
「纏めてwww」
「「逝ってよし!!!」」
って何かイってruuuuuuuuuu!!
「ちょっと鷹觜くゥゥゥン!?何アレお友達かなんかか!?笑い方一緒なんですけど!!」
「馬鹿言え!この俺があんな奴らと一緒なワケあるか馬ァァァ鹿!!」
「じゃあ何なのアイツ等!!」
とりあえずペン投げてきたキモい奴らと俺の隣の変なのが関係ないことが解った。
「我は《三ノ宮有栖を姫と崇める会》騎士隊長、肝小田!!」
「拙者www遊撃部隊部隊長のww疋田と申すwwww」
「アリス姫に対する数々の愚行許すまじ!」
「氏ねではなく死ねwwwwwwwww」
訂正。隣の変なのとの関係を真剣に疑う程度には信じられないほど気持ち悪かった。って言うかなんだ、有栖を姫と崇める会って。キモいわ。
デブとガリの二人は、ごそごそとマヌケな動きでブレインを取り出し、操作を開始する。数秒後、俺と鷹觜のブレインに届く一通のメール。
『1‐A・肝小田さんより対戦申込みが届いています。受理/拒否』
顔を上げると、ドヤ顔でこっちを見てくる肝小田と目があった。あってしまった。
「御ィィィ来屋ァァァ!貴様ほどの男、ここで逃げるようなマネはしまァァァァい!」
眼鏡の奥をギラギラさせながら唾を飛ばしこちらを指さしながらよくわからないことを言われていた。
同じようにメールを受信した鷹觜の方をみると、これまた豪く微妙な顔で疋田と睨み合っていた。まったく器用な表情だよ。こいつすげーな。
因みにこいつら、クラスメートでもないしたった今名前を知ったばかりだ。小中高大一環とはいえ、一学年1000を超えるので、今までの9年間で一回も同じクラスにならずしかも存在さえ知らなかった奴とか結構いたりするのだ。
「なぁ…、鷹觜」
「御来屋…」
「「どうしてこうなった…」」
マジで。
面倒だし拒否しまくっていたが、何度も何度も送ってくる上に『逃げるのか!』とか、『貴様は姫のそばにいる資格はない!』とか言ってくるので、いい加減キレそうです。
周りの奴らに助けを求めようにも、皆さん自然に目をお逸らしになるので助けが呼べません。頼れる鷹觜はちょっと目が死んでます。ぬぁぁぁぁぁぁぁ………。
「あ~、ありす?すぐ終わるからちょい待ってろ」
「あ…は、はい…」
有栖も有栖でキョトンとしてる。当たり前か。
「鷹觜、どっちやる?」
「キモい方」
「どっちやねん」
両方キモいんだけど。
「左」
「了解」
鷹觜が相手になるのは、ポスターっぽいモノが飛び出たリュックを背負ってキモい笑い方をするデb……かなり太めの同級生、疋田。
で、俺はというと、
『御来屋ァ!今を持って我と貴様は敵同士であるっ!!』
「うっせーよ死ねよ有栖に近づくなよコラ」
キンキン声のガリガリといっても過言ではないほどに痩せこけたノッポさんなメガネ男子(使い方が間違っているのは自覚している。)、肝小田が相手だ。
お昼休みが始まったばかりのこの解放感に満ち溢れていたはずの空気が一変、倦怠感と嫌悪間にまみれたどろりとした空気になる。あーやりたくね。
それでもこのRPGのチュートリアル的に発生してしまったイベントは回避できないらしく、俺と鷹觜はため息とともに『受理』を選択した。
「クハハハハハ!勝負だ御来屋!!」
「……殺す」
軽々しく名前を呼ばないでほしい。
「行きますぞwwww鷹觜氏wwwww」
「メンドクセ(´・ω・`)」
思い思いの重い思いをしながら、俺たち四人はブレインを操作し、音声入力でキーワードを入力した。
「『「『デュエルギフト、起動!!』」』」