Stage2:如何にして彼は
はいどうもお久しぶりでございます。
この広い世界で、人間は全く同じ存在というものに会うことができない。身長体重記憶どれもみなすべて同じ人間などいるはずはなく、必然的に持っている能力にも違いがあるわけで。
他の人間と比べて圧倒的に突出した才能をもつ存在だっている。誰よりも早く走れたり、本を読ませれば聞く者全てを魅了することができたりなど役立つ役立たないは別として、その分野において右に出る者はいないと言われる存在は、どこの世界どこの国においても存在するものなのだ。
例えば絶対音感を持つ人などは、全ての音の特徴を完璧に理解し、一度聞いた音ならばドからシの七音の強弱で表現できる。常人の能力では不可能ではなくともまず困難な事だが、絶対音感を持った人間はそれをまるで当たり前であるかのように可能にする。
他にも一度に多くの人間を相手にするマジシャンだって、様々なトリックを幾重にも張り巡らし、巧みな話術と思わせぶりな仕草で相手を錯覚させる。
一歩間違えれば詐欺とも取れるこの行為だが、必ずといっても過言ではないほどに客はこういったパフォーマンスを喜ぶ。これも大衆の心理を利用し楽しませる、一種の才能であるといえるだろう。
平成12年、つまり西暦2000年。世界各国で、そういった突出した―――いやむしろ、しすぎたというべきか―――才能をもった人間の存在が世間に公表された。彼らは皆運動から勉強まで様々な物事に対して突出した能力を持ち、これまで世間で信じられてきた『常識』というものを悉く塗り替えてきた。
そしてさらに12年の時が過ぎ、平成二四年。超才能を持つ者達は国際研究チームによって研究され、多くの事実が判明。世界に大きな衝撃を呼び起こした年代として、いつしか西暦2000年以降の年は《新西暦》と呼ばれるようになった。
今が《新西暦》と呼ばれる原因となった、超才能を持つ者達の出現。国際研究チームの発表によると、国籍も持っている超才能もバラバラな彼らの年齢は、皆十代であったという。
全員が普通に日常生活を送り、普通に勉強やスポーツを行い、時期は違えど突如として超才能に目覚めた。これが、一番最初に判明した情報である。
次に判明したのは、超才能が大きく四つに分けられるという事だった。
彼らの中に、物を上手に作る少年がいた。少年は、研究者達の前で硝子細工を使って精巧な街の模型を作ってみせた。
その少年がいうには、家族で行った旅行先で硝子細工を体験し、その才能に目覚めたという。
その他にも、模写の上手な少女。料理の得意な少年等がいた。
彼らの技術力は、世間一般にいわれる『プロ』と同等かそれ以上の物であった。研究者達はそれを、《技術的才能》と分類した。
技術者以外には、例えばアスリート顔負けの身体能力を持つ少女がいた。少女は、様々な種目で同年齢の人間の最高記録を更新した。その記録は、少女の年齢より二つも上の年齢の一般人が出せる最高記録すら上回っていたという。
研究者達が《身体的才能》と名付けた才能の所持者は、四つの中で一番多く存在していた。
今回の研究を進める上で、一番の功績をあげたのが《脳力的才能》を所持する人間であった。
彼らは計算や記憶といった人間の脳が行う情報処理に長けており、世界中から集まった研究者達に引けを取らない働きを見せた。彼らの協力により判明した事も少なくなく、研究スピードは最初の倍以上となった。
そして、研究者だけでなく世間を一番驚かせたのは、今回の研究で架空の存在であった『超能力者』の存在が明確になった事であろう。
《不可能現象的才能》と呼称されるその才能は、テレパシーや予知、念力など、『才能』と呼称するより『超能力』と呼ばれるような物であった。
発見された超才能所持者の中でもごく少数しかいなかった彼らは、人間の理論では説明のつかない事を研究者達の前でやってみせた。その中には、当時天才少年マジシャンと呼ばれていた、『神宮寺 昌彦』も含まれていた。
その後の研究で、一般人と超才能所持者の脳構造に、厳密に言えば情報処理の仕方に違いがあることが判明した。
大まかに言うと、普通の人間が物事を様々なケースに分類して考えるのに対し、超才能所持者は全ての物事が所持する才能に繋がるのである。例えば、一つのボールがあったとする。多くの人間がそのボールを見ても、『一つのボール』としか認識しない若しくはできないだろう。しかし、スポーツに関する《身体的才能》をもつ超才能所持者ならば、どのように投げればより遠く、早く飛ぶか。どう蹴れば、そのボールの軌道は変化するかという自身の才能に関する事象を優先的にに考える傾向にあるため、一般的な情報処理能力に欠ける場合がある。
研究者達は、しばらくして超才能所持者に対する様々な呼び方を改めた。
特殊な脳構造を持ち、他と圧倒的な差を持って存在する能力を《才能》。また、《才能》を持つ脳を、《才脳》。そして、《才脳》所持者を《才脳者》と名づけた。
* * *
「は〜い、今日のSHRは学級委員を決めたいと思いまーすっ」
朝のSHR。担任がそんな事を言い出した。
さっきのトラック事件の後、俺とお姉ちゃんは遅刻二分前というギリギリの時間に登校した。教室までの距離があるお姉ちゃんを教室まで《加速》で送り届けるという特命をこなしたり、途中で先生に捕まりそうになったのをやっぱり《加速》で振り切ったりで、俺が教室に着いたのはチャイムより少し早い程度であった。
因みに、9.8秒。これが俺の遅刻までのタイムだった。危なかった。
「………がっきゅーいーん?」
学年が上がって、つまり俺達が高校生になって約二週間が経過していた。予め述べておくと、別に決めようとしなかった訳ではない。その証拠に、学級委員以外の係は既に決まっているし、仕事も始まっている。なら、何故学級委員だけが決まっていないのか。
「今日はやっとクラスが全員登校したしね〜♪こういうのを決めるのは、皆が揃ってるのが大事なのよ?」
始業式含め二週間。実は、クラス全員が揃った日というのが今まで全く無かったのである。
と言っても、このクラスの在籍生徒数は四十人。一般的な教室より在籍人数がちょっと多いため、家庭の用事があったり、風邪や遅刻、欠席などをされたりで毎日必ず誰か一人は休んでいたというだけなのだ。
しかし……全員出席か。全員が出席。全員が登校。全員が………全員?
俺が疑問を感じたと同時に、クラスがざわざわとざわめき始めた。
『ぜ……全員だと…!』
『とうとうこの日が来たか…』
『ウゾダ……ウゾダドンドコドーン!』
『ショーコハ!!ラリヲジョウコニドンドコドヲ!』
………ナニイテンダ。
「はいはいみんな静かに〜。というわけで、今日の放課後は少し時間貰うわよ?じゃ、これで朝のHRは終了ね〜」
そんな感じで朝のHRが終了したのだが、その言葉を聞いていた生徒が一体何人いたのやら。クラス内は未だに静かにはならず、HRが終わった事もあり数人で集まっては一点をチラチラと見、コソコソと話し合うという光景が幾つも見えた。俺は俺で、別件により放課後が潰れた原因をにらまざるを得なくなったが。
そんな集団の視線の先、教室の廊下側最後列。クラス内の話題の中心は、そこに座っている一人の女子生徒であった。
「はぁ……帰りたい……」
その容姿を例えるなら、『人形』。雪のような純白の肌に、目や鼻などのパーツのくっきりとした顔。何より特徴的なのは、人目を引くその美しい銀髪。そして、紅く美しい輝きを放つ唇から漏れ出る毒。
「大体何なんですか学校とか今じゃインターネット技術が発達して通信教育だけでそこそこいける時代なんですよこんな登校型の旧式の学校なんて無駄ですゴミです廃墟です………」
喩え人混みの中にいても決して紛れることのない美しい容姿をもつその女生徒は、机の上でべっちょり潰れつつを学校について毒を吐いていた。っていうかそこまでいいますか。
「……おい、有栖」
「んぅ?……あぁ、大雅さんですか。どうしたんですかこんな時間に」
「九時前でしかも授業すら始まってねぇんですが」
「昨日までの私ならまだお休み中なんです黙っててください……」
「黙る理由が見あたんねぇんだが。それに、お前が入学式すら来なかったせいで今日の放課後が潰れたんだよむしろ謝れ俺にオラ早く」
「………今日は何の特売だったんですか?」
「玉子だよ玉子。おかげで明日の弁当から卵焼きが消えた」
「それは…まぁ……ごめんなさいです」
時間帯からして、後の牛乳と刺身は間に合いそうだな。お姉ちゃんも喜びそうだ。
さて、この会話から察して頂けるとありがたいんだが、『有栖』と呼ばれるこの少女は、高校最初のイベントである入学式を含め、今年一度も学校に来ることなく自宅に引きこもっていた超クライマックス在室系少女なのである。
この女生徒の名は『三ノ宮 有栖』。俺の幼なじみに当たるから、付き合いは十二年目になるか?お姉ちゃんと同じくらい長く一緒にいる存在でもある。
「で、本題は何ですか?」
「え?…あぁ、最近見なかったからさ、体調でも崩したかなと思って」
「私は至って健康です。その他の方々みたいに軟弱な身体は持ってないんですよ」
「へいへいそうですか。その軟弱な方々は元気に授業の準備をしてますが?」
「………大雅さんのいぢわる…」
「だーまーれ。ほら、ちゃっちゃと準備しろ」
言いつつ、俺も自分の席に戻ろうと動き出した。この教室の席は、五人一列が八列分。俺の机は廊下側の列の真ん中、つまり、有栖の二つ前の席となる。
五歩もすりゃつく距離。しかし、一歩足を踏み出しただけで俺は止まらざるを得なくなった。
「………今度は何?」
有栖が俺の制服の端を掴んでいたのである。何故?
「……不安です」
「何が?」
「これからが」
「何で?」
「だって私、まともに学校通ったの小学校の四年生までなんですよ?それなのに…これから毎日学校通わなきゃいけないなんて地獄以外の何物でもないじゃないですかっ!」
顔を上げ、ムスッとした表情で訴える有栖。その目は、確かに不安を表していた。
理由は……まぁ、解らなくもない。引きこもり始めた原因も知ってる。―――だからこそ。
「授業まで時間がない。その話はまた後でだ」
だからこそ、こういう事しか言えないのよね。
* * *
「―――このように、僅か二年で色々と重要な事が起きている。お前達も記憶に新しいとは思うが、ここはテストに必ず出る。ちゃんと覚えておくよーに」
今は一時間目の『近代史』の授業。さっきから延々と先生が話していたのは、俺達才脳者の歴史だ。
ここは国立、神宮寺学園都市。才脳者の為に国が用意した、国立研究学園都市で、茨城県つくば市を中心に新西暦2002年に創立した小中高大一貫校である。
「さて、教科書42ページ。……御来屋、読め」
「はいはーい。42ページ42ページ…っと」
42ページっていうと……あぁ、《神宮寺事件》の話か。
「才脳者の歴史は、いじめの歴史でもあった―――」
才脳者が発見された直後、時代は大きく動いた。ただ、今までほぼ静止していたものが動くのにはとても大きなエネルギーが必要だ。エネルギーだけじゃない。慣性の法則が示すように、止まっている物は止まり続けようとする。突如動き出した時代においていかれた者、その動く速度に振り落とされた者、動くことを拒んだ者、その動きを妨げようとする者。
世界は、その動きによって人間を大きく分けた。
世界中のあちこちで動乱が起きた。日本でもデモや小規模なテロが発生し、自衛隊が出動した。
才脳者をバケモノと罵り、人間として扱わないような人間たちが多く現れた。彼等は皆、時代において行かれないよう必死だった。
才脳者は、自身の才能を完璧にコントロールできる年齢ではなかった。
技術的才能の才脳者の存在により失職を恐れ、身体的才能の才脳者の存在により自身の今までの努力の価値を見いだせなくなることに怯え、脳力的才能の才脳者の存在により発見の楽しみを奪われることを拒んだ。
そして何より、不可能現象的才能の説明不可能な力の存在を許せなかった。
才能をコントロールできない才脳者は、その才能を存分に発揮し、それぞれが成功した。してしまった。
その成功を、非才脳者は妬み、結果を求める者共は才脳者をやがて持て余し、やがて少数であった才脳者は疎ましがられた。
いじめや嫌がらせといった方法で家族ごと追い込み、家庭内でも才脳者は家族に嫌われた。
当時世界的に有名であった少年マジシャン神宮寺昌彦も、例外ではなかった。
自身が不可能現象的才能の才脳者であるが故に仕事を失い、存在を否定され、学校でも生徒のみならず教師からも拒絶された。
これまでの全てを失った彼は、自身と同じ才脳者達の存在を世界中に示すべく、世界各国である事件を起こした。
後の《神宮寺事件》である。
事件の詳細は、世界各国が機密とした。その国で何があったのか、どういった被害が出たのか、決して公開されることはなかった。
やがて、神宮寺昌彦が日本人であったという理由で、日本のみ情報の開示が求められた。日本国内で起きた神宮寺事件は、こうであった。
瞬間移動や物体消滅を得意とする才脳者であった神宮寺昌彦は、茨城及び京都に同時刻に存在し、一定範囲内にある建物や生物を文字通り消滅させた(・・・・・)。そして自身のマジック時の合図である「プリーズ!」の掛け声とともに、日本全国に神宮寺昌彦が消滅させたものが降り注いだ。
被害は、かつて日本で発生した大震災二つ分に匹敵したという。
数時間にわたるテロの後、駆け付けた自衛隊により神宮寺昌彦は射殺された。
「やがて神宮寺昌彦が消滅させた土地に、国家教育機関《神宮寺学園》が建ち、二度とあのような悲劇を起こさないよう、才脳者の保護と教育をおこなっています」
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