9日 神聖なるお爺ちゃん
鳥居をくぐって手水舎の脇を通り、拝殿をすり抜けて、からの本殿。
「じーちゃーん」
…………、あれ? 返事がない。神様のじーちゃーん。
「ねぇ、じーちゃーん、居らんのー?」
「……おぉ、レイ坊か。どうした」
レイ坊ってなんかクーラーみたいやな、って毎回思う。冷房な。いや、んなことどうでもよくてやな、
「爺ちゃんがどしたん!?」
真っ白くて長い髪がぼっさぼさになってもーとるやん。神社に居ってえぇ神ちゃうやん。鬼神やん。
「茶、用意するからな。上がって待っときなさい」
「スルーなん? え、ちょ、爺ちゃーん」
あらら、行ってもた。
……ま、えぇか。戻ってくるし。上がらしてもろとこー。
ってか、本殿ってうち上がってえぇんかいな。もう何十回と上がってるけど。まぁ家主が良い言うてるからえぇんやろけども。いや、でもなぁ……。
「ま、えーか」
思考、ポイ。おじゃましまーす。
古びた木の温もりを感じる……って今の季節に言うとただ暑苦しいだけやけど、まあそう言うしかないからしょうがない。そんな本殿には、ちゃぶ台が一つと座布団数枚。あと、お布団二組。そのうちの一組は広げられてる……ってことは、爺ちゃん寝てたんか?
「待たせたな。そら」
「ありがとぉ、寝起き爺ちゃん」
「寝起き? 私がか」
「どう見ても寝起きやん。頭が」
ずず、とお茶をすすった後「ほっほ」と笑う爺ちゃん。せめて頭直してから飲も。
「違う違う。これはな、さっきまで戦っていたからからだよ」
「戦ってたん? 爺ちゃんが? 何と?」
「魔物さぁ」
狛犬ちゃんらは役に立たんかったんか?
「睡魔という……」
「やっぱ寝とったんやないか!」
それ、戦ってたんさっきちゃうやろ! とっくに負けてたんやんか!
「ほっほ。いや、レイ坊は相変わらず元気だな。安心したよ」
「お祖父ちゃんか!」
「おや、反抗期かい」
「突っ込みや!」
ずず。あーおいし。落ち着くわぁ
「やれやれ。そんなに叫んでいると、疲れて睡魔に襲われてしまうぞ」
「大丈夫、全然疲れへんから」
日常茶飯事やしな。
「そうかい」
「そうだい」
同時にずず。ぷはぁ。
「ああ、そうだレイ坊」
「何?」
「久しぶり」
「え? あ、ほんまやん、久しぶりー」
「元気にしてたか」
「いつも通りやで、うちは」
「レイ坊のいつも通りと言ったら、ハリセンを振り回して……」
「ないからな! うち死んでからハリセン使ったことないからな!」
「おや。気のせいか」
なんでそんなコト思たんか不思議でならんのやけど。あれか、突っ込みにはハリセン必須アイテムなんか、爺ちゃんの中では。
「あ」
「ん?」
「菓子を出すのを忘れていたな。すぐ持ってくるから待っておいで」
「ありがとぉ」
お構いなく、って言ったら矛盾か? 矛盾か。いや矛盾か? わからんからもう言わんでえぇか。
爺ちゃんは金平糖とべっこう飴を持って帰ってきた。……お茶といいお菓子といい、どっから持って来はるんやろ。お賽銭代わりに投げられたわけじゃあるまいし。
「よっこらせ。そろそろ菓子も減ってきたから、買い足しにいかないとな」
「え、爺ちゃんこれ買うて来てんの⁉ 自分で⁉」
「レイ坊、盗みはいけないぞ」
「いや別に盗んでへんけど。え、買うって爺ちゃんどうやって?」
「金を持って、スーパーに行って」
シュールすぎるわ。神様が? 小銭握って? てくてくスーパーへ? それとも飛ぶか?
「適当な品物を持ってレジに金を置いて帰ってくる。分かったかい?」
「ちょ、待って。爺ちゃんが品物とか持ったらふわふわ浮いてるようにしか見えへんくない?」
「何言ってるんだ。行くのは夜中に決まってるだろう? 営業時間外なんだから、誰も人はいないよ」
やってること半分泥棒やな。
「ほら、お食べ」
「あ、ども。いただきまーす」
うん、甘い。金平糖とべっこう飴とか、お砂糖ばっかやん。文句ちゃうでー、お茶に合うし。んまんま。
…………やっぱ爺ちゃんの頭が気になる。
「爺ちゃん、櫛貸して。頭やったるわ」
「え? いやいや、自分でやるよ」
「えぇから貸してって。ほっとけへんわ」
苦笑しつつも櫛貸してくれた。……木製……流石。
「おぉ。レイ坊、随分と手際いいなぁ」
「生きてた頃、よーやってたからなぁ。前はうちもこれくらい長かってんで」
胸の下くらい。ポニーテールとかよくやったわぁ。でも他の人の頭いじくりまわす方が好きやってんけどな。
「そういえばレイ坊は女の子だったな。忘れてた」
「髪抜いたろかー」
「痛い痛い、引っ張るな。そんな恰好をしているからだろう」
「しゃーないやん。これしか無いし」
「巫女服なら神社にあるかもしれないぞ」
「いらんわ。動きにくいし、コスプレにしかならんし」
どーせ似合わんしな。こんな髪短くちゃ。
「地蔵の前掛けもあるぞ」
「どないせぇと⁉ ってか、なんであんねん!」
「落ちてた」
「拾ってくんなよ!」
「ほっほ。安心しろ、食べはしない」
「当たり前や!」
「あ痛たたた、引っ張るな」
あ。ちょっと力入れちゃっただけやって。わざとちゃうって。
「もー。はい、できた。それ、返して来よか? どこで拾うたん?」
「いや、飛んできた」
……爺ちゃんに貸してもらった前掛けな。赤かってん。でもな、なんか、ヒヨコの刺繍とか付いてんねん。ほんでもって生地ガーゼやねん。
「ただの赤ちゃん用やないか!」
「地蔵の赤ちゃん用?」
この神社、大丈夫やろか。