笑えない命の危機の歓迎会
ほんの一瞬頭も体も固まっていた大介は、急いで部屋を出た。自分の部屋を去るのがおかしいとは思わなかった。裸の少女と同じ部屋にいる方がおかしいと判断したのだ。
部屋を出てからすぐに
「なんでお前裸なんだよ。服を着てくれ! 自分のが無いなら、その端の方のタンスに俺の服があるから、とにかく何か着てくれ」
服を着ることをさいそくした。自分が布団で泣きたかったことなど、既に忘れ去られていた。
大介が頭を抱えて少女が何なのかを理解しようとしていたら、部屋のドアが開いた。少女は服を着ていた。確かに服は着ているのだが、下着を着ずにカッターシャツを着ているのを見た大介は絶句した。
どうにかして理解しようと頭を使っていた大介は後ろから迫る存在に気が付かなかった。不意に声が飛んでくる。
「おにいちゃん。何してるの? 女の人を、それも裸の人を部屋に連れ込んで何してるの?」
本当に太陽のような明るい笑顔で、街中でも良く目立つ可愛い声の主に大変な勘違いをされた大介は少し焦りつつも、冷静に弁解した。
「我が妹かなでよ、あなたの考えているようなものは無い。第一に俺はこの人を知らない。」
大介が少しふざけた口調で言うと、
「と言う事は。見ず知らずの女の人を部屋に連れ込んであんな事やこんな事をした後、追い出すつもりなんだね? そうなんだよね?」
「俺はそんな事は言って無い」
大介が冷静に突っ込むとかなでの表情が少し厳しく変わったように見えた。実際は笑顔でよく分からないのだが……
「どうでもいいから、取りあえず犯罪を起こした責任は命で償おうね」
かなでが優勢ながらも、イタチゴッコになりそうだった対話は、その一言で終わった。 言葉を使う代わりにかなでは、術式を展開し、光と共に双剣を出した。
「『とりあえず』じゃねえよ馬鹿かお前は。兄貴に弁解させる気ゼロか? 3分いや、2分くれ! 俺にも何なのか分からないこの状況を説明させろよ」
大介の抗議も虚しく、かなでが切りかかる。もちろん首狙いだ。大介は命を狙う死神から逃げるように、剣の嵐を必死でなんとか避けていた。
「おにいちゃん、どうして避けるの? 私はおにいちゃんを傷だらけにしたくないんだけど……じっとしててね」
「俺は死にたくないんだよ!」
大介の部屋は1人部屋にしては広いと言えたが、こんな事をするには狭すぎた。ひとまず距離をとる為に大介は振り下ろされたかなでの腕を掴み、そのエネルギーを利用してベッドに向かって投げた。
「大丈夫か?」
と心配しつつも部屋から走り去った。
勿論かなでもすぐに起き上がり、急いで追いかけた。謎の少女は自分に関係ないかのように手を振った後、足を扉へ向けた。
高速移動を使われた大介はすぐに追いつかれた。
「階段では危ないから! 一旦止めようぜ……」
「ムリ」
すっぱりと拒否された大介にかなでが襲い掛かる!
「また避ける……」
踊り場に降り立ったかなでは、先を行く大介の先回りをするために、魔方陣を蹴った。先に下に下りたかなでを見た大介は途中で階段の横から飛び降りた。
そこまではよかったのだが、考えた挙、キッチンに逃げる決断をした大介が重心を後ろにした瞬間だった。かなでがその隙を見逃さずに飛び掛ってきたのだ。
「チッ」
小さな舌打ちをした大介は、足を大きく開き、重心を腰に戻し、かなでを避ける準備をした。
「ちゃんと成仏してね」
大介は、笑顔で突進してくるかなでの、突き出している方の袖を掴み、常人の反応できない早さで一本背負いした。
はずだった……しかし、かなでは反応した。袖を掴まれた瞬間に飛び上がり、大介の背中を蹴って、大介の手から袖を取るとそのまま前方へ着地した。
大介は自分の妹の感覚器官の優秀さとカンの良さにいつも通り驚かされながらも、かなでが尻餅をついてるうちに玄関まで急いで行き、扉の解錠を完了した。
だが、そこでかなでに捕まった。死神の吐息が聞こえた気がした。が、若い大介にその時はまだ早かったようだ。
かなでが双剣を短剣にして大介の首に突きつけた瞬間だった。
「あれ鍵開いてたけど……って、何してるの? まさかかなでちゃん大介を…………寝取るつもりなの!? そんなの許さないから!」
(もっと状況を見て判断してください)
と素直にそう願う大介であった。
「そんなんじゃなくて、聞いてよまこ姉! おにいちゃんが裸の女の人を部屋……」
そこでかなでの説明は終わった。謎の少女が下りて来たからだ。その行動の意味を理解できなかったかなでと大介は、不思議そうな顔をした。が、打って変わって真は何か知ってるようだった。
「もう来てたんだ。そろそろとは聞いてたけど、こんなに早く着くなんて予想外ね。自己紹介は……まだ済んで無いみたいね。ちゃんと自分でするのよ」
真の催促に謎の少女はコクリと頷いて答えた。
「神光尚美です。先日までは、あなた方の父君と母君の助手を務めさせて頂きました。旦那様からの指示でこちらで一緒に住まう事になりました」
その少女から発せられた堅苦しい言葉は、とてもこの世のものとは思えない美しい声によって紡がれていた。
「すみません姉さん。時間が無かったもので大した食材は買ってこれませんでした」
大介は尚美の歓迎鍋パーティーの準備をしていた。が、急な買出しだったためあまり多くのものを買えなかったのだ。悔しそうな顔をする大介に真がやさしく返答した。
「大丈夫よ大介。料理で大切なのは食材よりも料理人の腕よ」
微笑みかける真に大介は苦笑で返した。
「取りあえず、準備が終わったので上で空き部屋の掃除してる2人をダイニングに呼んできてください」
--尚美の部屋をどうするかを審議した結果、一室空いていた事に大介が気がつき、大介と真が(主に大介だが)料理の準備をしている間に、かなでと尚美が部屋の掃除をしていたのだ。
「かなでちゃん! 神光さんを連れてダイニングに下りてきて。パーティーの準備できたみたいよ」
真が呼ぶと、少しの無音を挿み地響きのような大きな音がした後、階段から尚美の手を引いたかなでの姿が見えた。かなでと尚美が少し仲良くなっているように見えたので、真はちょっと不思議に感じ、ちょっとかなでの事を羨ましく思った。
「尚美、まこ姉、早く行こうよ」
かなでは、二人を催促した。
真とかなではそれが普通だったので何にも無かったのだが、尚美は扉を開けた瞬間、眼下にあるそれに驚きを隠せなかった。
「どうして具材がテーブルにあるのですか? 鍋に入ってる肉が少ないように思うのですが」
鍋の具材を切り分けてテーブルに置いてあったのだ、普通は驚く筈だ。
「かなでが『尚美』って呼んでるから私は『尚ちゃん』って呼ばせてもらうわね」
「呼び方はすきにしてください」
真が笑顔で質問して、それに尚美が無表情で答えるので、周りから見れば、水と油のように見えた。
「早く席に着いてください。そろそろあらかじめ入れておいたのが茹で上がりますよ」
かなでや真を見て尚美も疑問を抱えつつ席に着いた。全員が席に着くと大介が、あらかじめ配られていた皿に既に茹で上がった肉と野菜を分配していった。無くなるとすぐにまた次が入れられる。それが何回も繰り返された。
「かなで、なぜお兄様はお食べにならないの?」
「もう尚美、おにいちゃんのことは『大介でいいよ』って言ったじゃん。それとね、おにいちゃんは鍋奉行なんだよ」
尚美が首をかしげて無言で質問をした。それに答えたのは忙しそうに鍋の世話をしている大介だった。
「鍋奉行ってのは鍋する時に鍋の管理をする人のことで、江戸時代の役職でも実際あったと聞く。それと、俺が鍋の具材を少しずつ入れるのは、その人その人の食べるペースに合わせて分配する為だ」
めんどくさそうに全て一息で言い終えると大介はまた鍋の世話に戻った。一方尚美は抱えていた謎が一気に解けて少しスッキリした表情を浮かべていたように周りからは見えた。
時間が経ち、皆の食べるペースが遅くなったのを見て、大介は、もう終わりにしようとした。
「もう鍋終わりにするが、シメはうどんか雑炊。どっちがいい?」
大介は、尚美の方を向いて言った。今日の主役は尚美という事になっているからだ。
「どっちでもいいですけど、今日はあえて雑炊でお願いします」
シメの雑炊も満足げに食べ終わったところで、思い出したように尚美は大介に新たな質問をした。
「さっきから自分は食べて無いように見えるのだが、よいのですか? 食べなくて」
「空いてる時間にちょっとずつ食べてたから、もう十分」
片づけを終えた後は、二階へ上がってすぐに寝るのではなく、くだらない会話を淡々と遅くまで続けていた。