喜べない春の出会い
「ありがとう。一応礼を言っておくよ」
阿波野大介は目の前の少女にめんどくさそうに礼を言った。
「いい絵撮れたからいいよ。許してしんぜよう」
岡崎知子は手に持ったカメラを、嫌味のように見せびらかした。
「ちょ、おま、それちょっと貸せ! データ全部消去しろ!」
「断る! それに、バックアップしてあるから、このデータを消しても無駄よ」
勝ち誇った知子の顔を見て、大介はガックリとうな垂れた。
「学年新聞とかにも載せないでくれよ。新聞委員会にも個人情報の保護の義務はあるはずだ!」
そう、抗議する大介に「フフフ」と不敵な笑みを笑いかけ、校舎に走り去っていった。
(クラスの中だけでも目立たず暮らせますように)
と願いつつ、大介も校舎にむかっていった。
今日は進学式なので、中央集会場に向け人の隊列ができていた。特にすることも見つからなかったので、大介もその列にまじわることにした。
既にクラスが記載されてる掲示板ークラス別けは、中等部の終わりに受けた進学試験の結果によって出されているーを見て指定されたクラスごとの席へ、ため息交じりでむかった。
試験を受けたにもかかわらず、AからDまであるクラスでDなのだから、相当成績が悪いのだ。成績がそこそこあれば、試験を受けずにDになら進学できるくらいの落ちこぼれ学級である。そしてもう一つ原因があるのだが……
「おーい、大ちゃんこっち、こっち」
「また一緒のクラスかよ。試験受けてない俺たちと同じって……どんだけ成績悪かったんだよ」
そう言いながら手招きする知子と、その横の微笑する安夏幸人をみてもう一度ため息をついた。
「そんなにため息してると、幸せの妖精が絶滅するぞ。不幸人生ましっぐらだな」
冗談混じりにそう言う幸人を無視し、そこら辺の席に座ろうとすると。
「そこじゃなくてこっちに来なよ」
口論する気力もなく、言われるがままにした。
そのまま式は進み、遂に生徒会長の挨拶まできた。
「進学おめでとう諸君! 生徒会長を勤めている、阿波野真だ。これから……」
壇上で挨拶が続いているなか、幸人が話しかけてきた
「おまえの姉貴すごいよな。一年生から会長だろ? チョー尊敬もんだぜ。それに、あの美貌! おまえと変わりたい」
幸人が言ってることも理解できないことはなかった。多くの男子は同意見を持っていることだろう。
「確かに姉さんは尊敬できる。けど……」
「はいはい、大ちゃんは真さんができ過ぎだから、劣等感を持っちゃうのよね」
横から、知子が暴露した。そのおかげで気は楽になったのはよかったのだが、恥ずかしさが加わったので、礼は言わなかった。
中学校の時と同じ様なものだったが、ただ一つ、たった一回だけ会場がざわついた。それまで人形のように黙っていた生徒たちが騒がしくなったのだった。
それは、生徒会長の話も学園長の話も終わって、もう式も終わるというところだった。
開校以来ただ一人も、たった一人の合格者も出さなかった推薦試験を受け、入学した者が現れたと発表されたのだ。
大介も推薦入学生に少し興味を持ったが、それもほんの一瞬だった。劣等性の自分には縁も所縁も無い話だったからだ。
進学式が終わり、人がいなくなってから、大介は教室へ向かった。
知子と幸人が誘ったが、大介は人が多い状況は嫌なので断ることにした。
最後に知子が「後悔しろよ!」とはき捨てたので、嫌な予感がしたのを今でも覚えていた。
そんな事を考えていると、後ろから声がした。
「ダイスケー! 進学おめでとう。去年は高等部と中等部で別々だったから、寂しかったのよぉ。でも今年から同じ校舎で学校生活を送れて本当に嬉しいわ。」
抱きつきながら、一息でそう言った者に呆れながらも、とりあえず遠ざけた。
「姉さん、暑苦しいから止めてっていつも言ってるじゃない。それと、確かにこの学園は学部ごとに校舎が違って相当離れてますけど、――国立大和学園は学部ごとに校舎が1㌔程離れていて、その中心に学生共通の大講堂がある。そして、校舎の外側に東西南北4つの模擬戦闘施設『青龍』、『白虎』、『朱雀』、『玄武』がある――いつも家で会ってるじゃないですか。」
そう反論する大介を無視するように、横から言葉が入り込んだ。
「真会長、そろそろお時間が……。」
「はるちゃんひどーい。まこちゃんって呼んでって……あれ、今日何かあったけ?」
真に「はるちゃん」と呼ばれた、草加春奈は無表情のまま対応した。
「会長、その呼び方はやめてください。それと本日は、生徒会室で新しい役員を決める会議があります。生徒会長のあなたが御出席頂けなければ会議が始まりません。」
「そんな難いこと言わないでさ。でもまぁ、確かに役員決めは大切だよね……。今日は何委員会のメンバーを決めるんだったけ?」
春奈は呆れながらも業務を果たすように答えた。
「風紀委員を進学生から選びます。」
真は春奈が答えた直後に口を開いた。
「じゃあ大介でいいじゃん。」
そこにいた真意外の全員ー大介と春奈の他に執行機関の役員がいたーは驚きを隠せないでいた。
沈黙した空気を最初に壊したのは、大介だった。
「待ってよ姉さん! 無理ですから。この制服の色が何を表すのか分かって言ってるんですか?」
大介の制服は魔法によって、D組の生徒を表す黒色になっていた。その制服を見て、他の執行部役員も「実力行使の委員会ですよ」「弟さんに怪我をさせる気ですか?」と口々に反論した。
「実力行使する委員会だからこそよ。それに、あそこ事務仕事できる人いないじゃない?大介は意外とそんなこともできるのよ」
「しかし……」反論しようとしてもできない役員たちを見て、真は怒った。
「まさか、あなたたちD組だから差別してるのね。そんなこと以ての外よ!」
図星だった役員たちは黙る他に選択肢が見つからなかった。そんなことを見てた大介は少し可愛そうに思えてきた。
「……では、そろそろ教室に行かないといけないので」
そう言って大介はその場をあとにした。
大介が席につくと、すぐに担任の教師が来た。
「みんなぁ、進学おめでとぉ!」
無駄に元気のいい人で、クラス全員が驚いた。中等部では、こんな教師はいなかったからだ。
「今日は欠席は無しか……あれ、一人いない。…………ああ、途中入学の子は今日は来てないんだっけ」
大介は自分の耳を疑った。自分とは関係ないと思っていた途中入学生がD組に入ってくるとは予想ができなかったのだ。その話を聞いた後、大介の耳に担任の声は届かなかった。
大介の意識が思考の世界から現実世界へ戻ってきた時には、まばらに帰っていた。大介も帰ろうとした仕度し始めた。その時、声がクラス中に充満した。
「ちょっと待った皆の諸君! 今ここで、重大な発表があります」
大介の背中に悪寒がはしった。声の主が知子だったからだ。「後悔しろよ!」という言葉が頭の中を駆け巡った、駆け巡り続けた。
知子が小さく笑うのを見て、大介は急いで駆け寄り始めた。が、スタートが遅かった。
「皆、デュラハンは知ってるよね?」
大介は「デュラハンってあの?」「都市伝説だろ」と言っていたクラスメイトを見て安堵した。一瞬で終わったが。
「デュラハンは実在します! 何を隠そう、そこにいる阿波野大介君がその正体です」
知子が話し終わる前に大介は鞄を持って教室を出て走っていた。「この写真……」てきな事が聞こえてきた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。一分いや、一秒でも早く家に着きたかった。
泣きたかった。今まで目立たず学園生活を送るために人目につかづに生活を送ってたのに、一度のミスで全て無駄に終わったのだから。
そうこう考えながら歩を進めているとうちに、家に着いたので急いで鍵を開け、
(明日は学校を休もう)
そう思いながら自分の部屋へ直行した。
(今日は泣いていいよな、布団の中で泣こう。それがいい、そうしよう)
泣こうと布団へむかうと、大介は異変に気がついた。
誰もいないはずの布団が盛り上がっていた。しかも、モゾモゾ動いていたのだ。
不審に思いながらも勇気を出して掛け布団を取ってみた。
中には知らない女の子がいた。大介の音にならない叫びが部屋に響いた