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(3)客商売の基本は笑顔

『いつもどこかで事件がおきる』ってタイトルのくせして、まだ事件がおきる気配はありません。

 町田諒介まちだりょうすけは、とある温泉街を歩いていた。


 土産物屋が連なっている通りを歩いていると、ある一軒の土産物屋の前で足が止まる。


 白い湯気がもくもくと出ている、おいしそうな蒸しまんじゅうが目に入ったからだ。


「いやぁ〜これ、おいしそうですねぇ〜。ひとつもらおうかなぁ」

そう言って財布を取り出しながら、ふいに店員の顔を見ると、彼はハッとした。その顔に見覚えがあったからだ。

「村瀬さん? 村瀬佳奈子さんじゃないですか」

その問いに店員は「はっ? あんた誰」とだけ返す。

「またまた、とぼけちゃって。僕ですよ。フリーカメラマンの町田諒介ですよ」

穏やかな笑みを浮かべながら、町田は知人であるはずの村瀬佳奈子にあらためて自己紹介する。

「それは知ってるけど、なんであんたここにいるのよ」

蒸しまんじゅうを町田に手渡しながら佳奈子は訊いた。

「なんでって、仕事ですよ。新田旅館っていう旅館に知り合いがいるんですけど、その人に旅館の新しいパンフレット作るからって頼まれちゃって、写真撮りに来たんです……って、あんたちゃんと僕のこと覚えてるじゃないですか!」

「ふ〜ん。奇遇ね。私もその旅館にちょっと用があってね……」

「えっ! 旅館に用って、もしかして事件ですか? 事件!?」

町田は急に興奮した様子で、目を輝かせている。

「違う違う。ただの調査依頼よ」と、あっけなく否定すると、町田は(なんだ。つまんねーよ)と言わんばかりに、がっかりとした顔を浮かべた。未だに、探偵が殺人事件を解決する職業だと勘違いしている町田のバカさ加減に佳奈子は呆れ返った。

「それより、なんでこんなとこで働いてるんですか?」

このとき、もうすでに町田は、蒸しまんじゅう一個をペロリとたいらげていた。

「なんでって、別に。ちょっと頼まれただけよ」

「ちょ、ちょっと頼まれただけって、答えになってないっすよ」

ここで会話が途切れた。佳奈子は、もくもくと湯気が立ち昇っているなか、黙々と蒸しまんじゅうを蒸し続けていた。町田のことも無視し続けていた。

 町田は思った。やっぱりこの人は、いまいちよくわからない。もう何度か会ったことがあるのに、未だに知らない人のフリをされる。それだけではない、町田に対してやけに冷たい態度をとられるのだ。いつも基本的に町田は無視されることが多い。

(もしかしたら僕、嫌われてる?)

思い当たる節は、町田にもあった。おそらく初めて会ったときに、本気で彼女のことを疑ったことが原因だろう。そのことはもうすでに謝ったが、どうやらこの様子だと、許されてはいないらしい。

「あの〜、村瀬さん、もしかしてぼ……(僕のこと嫌いですか)」

そう訊こうとしたときだった。観光客と思しき中年女性の三人組が現れ、町田を跳ね除けると佳奈子に蒸しまんじゅうを注文した。そのとき、町田は偶然にも決定的瞬間を目撃してしまった。

 佳奈子はさっきまでの無表情と淡々とした口調が嘘のように、生き生きとしたにこやかな笑顔を浮かべて接客をしている。普段の彼女からは、想像もできない姿だ。まだ数回しか会ったことがないとはいえ、町田も彼女のそんな表情を見たのは初めてだった。

「何ですか。今の?」

町田が興奮気味に訊いた。客が立ち去ると、佳奈子はまた元のポーカーフェイスに戻っていた。

「何って、客商売の基本は笑顔よ」と、真顔で答える。

「いや、そうじゃなくて……」

町田はなんだか、佳奈子の親になったかのような心境になっていた。

「村瀬さんって、ちゃんと人並みに笑えるんですね。あんなに、にこやかに笑った顔の村瀬さん、初めて見ましたよ」

そう言うと佳奈子は(おまえそれ失礼だろ)と言わんばかりに、町田をにらみつけていた。さっきのあの笑顔はもう、想像できない。まるでヘビににらまれたカエルのような状態になってしまった町田が何も言い返せないでいると、数秒後、先に佳奈子が口を開いた。

「まあ、こう見えても高校時代は演劇部に所属してたんだから」

独り言のように呟くと、彼女は自分の腕時計に目を落としていた。

(えっ? 何、今の。独り言?)

さっきのあれは演技だったとでも言いたいのだろうか。町田が何がなんだかわからず、あっけにとられていると、その店の店主であろう、五十代くらいのおばさんがどこからか戻ってきた。

「あーもう、ほんとにごめんなさいねぇ。店番なんて頼んじゃって」

そう言うおばさんの両手には、持ちきれないほどの大量の荷物が握られていた。スーツケースを転がしているのを見ると、どうやら旅行から帰ってきたようだ。

「旅行どうでした?」

さきほどのにらんだ目つきが見間違いだったかのように、佳奈子は少し微笑んで穏やかな口調だった。

「もう、そりゃ楽しかったわよ〜。初めての海外よ。懸賞に応募したって、当たったためしがなかったのに、人生で今が一番ついてるわね」

おばさんはにこにこ顔で、佳奈子にお土産を手渡す。それはマカダミアナッツ入りのチョコレートだった。笑顔でお礼を言う佳奈子。町田は、幻でも見ているような気がしてきた。

「あ、あの〜……」

町田が二人に声をかける。

「あら、お客さん? ごめんなさいね。ちょっと気づかなくて……」

「いや、そうじゃなくて」

町田は一瞬、佳奈子に視線を移すと、すぐにおばさんのほうに目を向けた。

「何で、彼女ここで働いてるのかなって、ふと疑問に思って……」

佳奈子に直接訊いても、教えてはくれなかった。

「ああ、村瀬さんは一週間だけ、店番してくれてただけなのよ。ちょうど一週間前にね、私、懸賞で海外旅行が当たっちゃって。でもうち、旦那が早くに亡くなって独りだから、店休むことにしてたんだけど、彼女がちょうどいいタイミングで店番引き受けてくれたのよ」

「はあ」

(なんか、都合良過ぎないか?)町田は佳奈子に再び、視線を送る。彼女は何でか、さっきからしきりに時計を気にしている。どうせ佳奈子が裏で何か仕組んだのだろうと、町田は思った。

「私、そろそろ行かないと……」

佳奈子がおばさんに向かってそう切り出した。

「行くってどこへ?」

偶然に町田とおばさんの声が被った。

「実は私、本業はフリーの雑誌記者なんですけど、新田旅館を取材しに来たんです。今日、約束の日なんで、これから行かないといけないんです」

「あら、そうだったの? それじゃあ、仕方ないわね。でもそれじゃ、店番どうしようかしら」

(誰が雑誌記者だ?)

よくもまあ、そんな嘘を平気でつけるもんだなと、町田は妙に感心していた。おばさんは何の疑問も持ってはいないようだ。そればかりか、店番くらい自分がすればいいのに、旅行から帰ってきたばかりで疲れているという理由のためなのか、店番をどうしようか真剣に考え込んでいるようだった。

 しばらくして佳奈子は言った。

「この人、好きに使ってやってください。こう見えてこの人、無職なんですよ。実はちょっとした知り合いなんですけど、職探しに困ってて……」

(よくもまあ、そんな嘘を!?) 

「あら、そうだったの? それじゃあ、悪いんだけど店番頼まれてくれる?」

「えっ? な、なんで僕が?」

「いいじゃない、職探しの手間が省けて」

そう言いながら、佳奈子はつけていたエプロンを外すと、町田に手渡して去っていった。

「ちょっとぉ〜、村瀬さぁ〜ん。待ってくださいよぉ〜」

すると佳奈子はふと立ち止まり、振り返ってこう言った。

「町田。客商売の基本は笑顔よ」

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