(2)第一印象って、やっぱ大事でしょ?
なんか、読みにくさがいつもより倍増している気がしますが、それでもいいならどうぞ。
和泉温子の前に姿を現した女性は、彼女が想像していた人物とかなりかけ離れていた。
肩につくかつかないかぐらいの長さのミディアムヘアは、茶髪にしているようだが、新しく伸びてきた頭頂部の髪は三センチほど黒いままで、ここ何ヶ月か染め直していないことがわかる。しかも化粧っけもあまりない。ほとんどノーメイクに近いんじゃないだろうかと、温子は村瀬佳奈子と名乗った女性の顔をまじまじと見つめながら思った。
「それで用件は?」
菜摘の隣に座りながら、村瀬佳奈子が訊いた。温子の目は見ずに、足を組んで腕組みしたかと思うと、軽く目を閉じていた。これが人の話を聞く態度なのだろうか? 菜摘があえて彼女に何も言わないのは、いつもこんな感じだからなのだろうか。
「あの、私、新田旅館というところで、仲居として働いているんですけど、最近お客様からある苦情が殺到しているんです」
温子は佳奈子の様子を窺いながら話し始めた。
「苦情?」
佳奈子ではなく、一緒に話を聞いていた村瀬菜摘が思わず反応する。佳奈子のほうは、黙ったままで、話を聞いているのかいないのか、腕組みをして目を閉じたままだった。温子はそんな彼女の様子を気にしながらも、かまわず話を続けた。
「ええ、実はうちの旅館は温泉を源泉から直接引いてるんですが、最近、お湯が温泉じゃないような気がするって、お客様のほうからご指摘がありましてそれで……」
そこまで言うと、温子は口を噤んだ。
「私、本当はこんなこと言いたくないんですけど、もしかしたらうちの旅館、温泉を偽造しているんじゃないかと思うんです。だから……」
先程まで黙っていた佳奈子が温子の言葉を遮った。
「だから私に温泉の調査をしてほしいと依頼しにきたってことですか」
「ええ、まあ、そういうことです」
「ふ〜ん。でもそれって、何か少し変じゃありません?」
さっきまで閉じていたはずの佳奈子の目が、まっすぐ温子の目を凝視していた。けして大きな瞳ではないが、切れ長の奥二重の瞳には、確かな目力が存在している。
「えっ? どういう、意味ですか?」
温子は、そう訊き返すのがやっとだった。村瀬佳奈子は、温子のことを訝しがっている。
「だって、よく考えたら変じゃないですか。私は温泉の水質調査の専門家でもなんでもない、ただの探偵事務所の一員にすぎない一般人。そんなやつのところにわざわざ、自分とこの旅館の不正暴いてほしいなんて、依頼しに来るなんて」
温子はもう、何も言えなかった。そのセリフを言う間中、佳奈子はじっと温子の目を見つめていた。獲物を捕らえて放さないかのようにその目は、温子をその場に縛り付けて、決して放そうとはしない。
「ちょっと佳奈ちゃん。いきなり何言い出したの? あんたは」
横にいた菜摘も、少々困惑気味に佳奈子に小声で突っつく。しかし彼女は、そんな菜摘や温子にはお構いなしに、ふいに立ち上がるとコーヒーを淹れ始めた。
「和泉さん。あなた、私にこの依頼を頼みたいようだけど、なぜ菜摘ではなく、私なのか? 何か理由でもあるのかって、さっきからずっと気になってたんだけど」
「それは……村瀬さんが昔、警察にいたって聞いたから……」
温子は恐る恐る佳奈子のほうを見上げながら、そう答える。
「村瀬さんって、二人とも名字『村瀬』なんですけど」
佳奈子はコーヒーを口に含みながら、どうでもいい突っ込みをいれた。
「あぁ、すいません。佳奈子さんのほうです。昔、刑事さんだったって、聞きました」
「ええ、二年前まではね」
元いた場所に再び、腰を下ろしながら佳奈子は答えた。
「ちょっと待って! 私も警官だったんですよぉ。結婚する前は。と言っても別に、佳奈子みたいに刑事とかじゃなくて、ただの婦人警官だったんだけど……」
菜摘が無理やり話に加わろうとしたのだが、二人はそれを軽く無視して、話を進める。
「私が元刑事だったことと、今回の依頼は何か関係があるんですか」
ひざの上に置いている手のひらがさっきから、少し汗ばんでいるのは気のせいではなかった。村瀬佳奈子は、すんなりと依頼を引き受けてくれそうにはない。
「実は、さっき私が言った温泉の話は、あくまでも表向きで、本当はこれのことを相談しに来たんです」
そう言って、温子は意を決したように二人の前に一枚の紙を差し出した。
「きょ、脅迫状!?」
菜摘は驚きの声をあげたが、佳奈子は全く動じない。それどころか顔色ひとつ変えずに、その脅迫状に目を通し始めた。
「本当は、とりあえずうちの旅館に来ていただいてから、そのとき詳しい話をしようと考えていました。でもそんなこと思わずに、最初から素直にきちんとお話すればよかったですね」
「話は、まあわかりました。あなたが働いている旅館の経営者、田辺隆三さんの命が狙われているということですね」
「はい」
「えっ? どういうこと?」事態を把握できていない菜摘に、佳奈子は脅迫状を渡す。
「うちの社長は、昔から裏で卑怯な手を使って、あの旅館を大きくしてきたらしいんです。だから、人から恨まれていても全然、不思議ではありません」
「それで一ヶ月以内に旅館を閉じないと、社長を殺すぞって、脅されてるわけか」
佳奈子はまるで独り言のようにそう呟くと、「この依頼、引き受けましょう」と温子に向かって言った。
「本当ですか。よかった。こういうの本来なら警察に相談するべきなんでしょうけど、脅迫状に『警察に知らせるな』って書いてあったから怖くて怖くて」
「――それにしても、温泉偽造って、なんか前にもどっかで聞いたことがあるような話ですね」
顔が引きつるのが自分でもわかった。その反面、温子は突然、佳奈子が何を言い出したのか、一瞬わからなかった。
「もし本当に温泉が偽造されているのだとしたなら、その犯人はいったい何がしたいんでしょうね。そんなことしてもお客さんが減るだけなのに……」
「佳奈ちゃん何言ってんの? ただのいたずらかもしれないでしょ」
菜摘が横から口をはさんだ。
「そうね。まあ、ちゃんと調べてみないと、はっきりとしたことは言えないわね」