ひとりきりの周波数
掲載日:2026/05/08
「ありがとうございましたー!」
私は空を裂くように声を張り上げた。
しかし道行く人は、何事もなかったかのように日常を進めている。
駅前で人通りが多いはずなのに、まるで私は透明人間になったかのようだ。
ふぅー…と白い息を吐き、悴んだ手を擦り合わせ、また鍵盤に手を置いた。
喉も冷え、歌ってるはずなのに、自分の声が街の雑音に溶けていってるようだ。
誰かに届けるために正面を向いていたはずが、いつのまにか視線は手元を見つめていた。
また歌い終わり、次の曲を用意しても、私は鍵盤を見つめたままだった。
もう辞めてしまおうかと思った時、微かに拍手の音が聞こえた。
音の鳴る方に目をやると、こちらを向いていた女性と目が合い、ニコッと笑いかけて、彼女はまた歩き出した。
その人が聞いてくれていたのかわからない。
ただ私に一瞬でも気づいてくれた人がいることで、心がほんの少し温かくなった。
私は込み上げてくる何かを堪えるように空を見上げ、また大きく息を吸った。




