第4話:ライバルの出現と生まれた自信
「……配達員に求められるのは、速さじゃない。信頼だ」
ギルドのカウンターで、ゼノはそう言い放った。
銀髪を綺麗に整え、鎧を磨き上げた男。
その肩には、魔力感知に長けた小型魔獣ピクシリスがちょこんと乗っている。彼こそが、最近ギルドで頭角を現している配達員界の若き実力者、ゼノだった。
「最短ルート? そんな博打のような走りで、いつか荷物を壊すぞ。依頼主が求めているのは、傷一つない『確実な配送』だ」
俺とゼノは、第五層へ向かう合同緊急配送の依頼を前にして、ギルドの裏口で対峙していた。
俺の走りは、確かに荒いかもしれない。
身体能力の低さをスキルで補うため、どうしたって無茶なルートを通らざるを得ない。
だが、それでも俺は最短で届けることに矜持を持っていた。
「博打だろうが何だろうが、俺は最短で届ける。誰よりも速くな」
「口だけは達者だな」
ゼノは冷ややかな目を向けたまま、ピクシリスの頭を撫でた。
彼の相棒であるピクシリスは、俺の肩に乗る小さなドラゴン、ピックを値踏みするように見つめている。
「出発だ。どちらが先に依頼主に届けるか、勝負といこうか」
その言葉を合図に、俺たちは同時にダンジョンへと飛び込んだ。
第五層。
かつて俺が冒険者として足を踏み入れ、命からがら逃げ帰った場所。
今、俺の視界には、スキル《最短ルート検索》が引く黄金のラインが、迷宮の奥深くへと伸びている。
(……ゼノは堅実だ。罠を見落とさず、モンスターの巡回ルートを完璧に把握している。だが、それじゃあ時間がかかりすぎる!)
俺はゼノの背中を一瞬だけ視界に入れ、迷わず左の崩落通路へ飛び込んだ。
そこは、普通なら行き止まりのはずの場所だ。
だが、俺のスキルは知っている。
その壁の向こうに、かつての崩落で生まれた隠し回廊があることを。
「キュイ!」
ピックが短く鳴く。
背中を蹴り出すような加速感。そうだ、迷うな。俺の道は、ここにある。
――しかし、第五層は甘くなかった。
突如、迷宮の空気が震え出した。
「なっ……!?」
魔力嵐だ。
第五層の深部でごく稀に発生する、魔力の乱気流。
発生した瞬間、周囲の空間を歪め、罠の感知や空間把握を狂わせる。俺の視界に走っていた黄金のラインが、ノイズのように激しく乱れ、消えかける。
『警告:……ルート……認識……不能……』
「嘘だろ……!?」
目の前の視界が、ぐにゃりと歪む。
どこが道で、どこが壁なのかすら分からない。右に進めば、魔力嵐の渦に飲み込まれて魔力回路が焼き切れる。
左へ行けば、強敵の巣窟に突っ込む。
俺が立ち止まったその時、隣の通路から悲鳴が聞こえた。
「くそっ、ピクシリス、罠を……! ……見えない!」
ゼノの声だ。
堅実な走りを信条としていた彼にとって、この嵐は視覚的な情報源を奪う、最も相性の悪い環境だった。
彼が踏み出そうとした場所は、スキルが告げる「踏めば即死の落とし穴」だ。
「ゼノ! 止まれ!!」
俺は叫び、ゼノの方へと跳んだ。
嵐の中で、二人の配達員がもつれ合うように床に転がる。
「……カイト? なぜ助けた。俺を出し抜くチャンスだったはずだ」
ゼノが荒い息を吐きながら言った。その瞳には、侮蔑ではなく、戸惑いが浮かんでいる。
「俺は配達員だ。……敵を出し抜いて荷物を届けるのは、俺の美学じゃねえ」
俺は立ち上がり、歪む視界を必死に見つめた。
スキルが使えない。ならば……。
「ピック、お前の直感を貸してくれ」
俺はピックの頭に手を当てた。
嵐の荒れ狂う空間の中で、たった一つの『凪』を見つける。
「キュイ!」
ピックが小さな火炎を吐いた。その光の残像が、嵐の向こう側、わずかな通路の入り口を照らす。
「……あそこか!」
俺はゼノの腕を掴み、強引にその道へと走り出した。
魔力の火花が頬を掠め、落とし穴の縁が崩れる。ギリギリの突破。
二人は嵐を突き抜け、反対側の静寂に包まれた通路へと飛び込んだ。
しばしの静寂。
二人して肩で息をしている。
「……助けられたな。お前のその、荒っぽい走りに」
ゼノが初めて、俺に向けて苦笑を漏らした。
彼は懐からポーションを取り出し、俺に半分を渡そうとする。
「……行くぞ。依頼主に届けるのが先だ」
「ああ、勝負はまだ終わってないからな」
俺たちは再び走り出した。
今度は二人で。
競い合うように、しかし時折、互いの背中を確認しながら。
依頼主に荷物を届け終え、ギルドへ戻る頃には、夜が明けていた。
受付のカウンター前で、ゼノが立ち止まる。
「カイト。……お前のルートは、運任せじゃなかったんだな。お前自身の経験と、その小さな相棒の直感……それが見事な計算式を作っていた」
「……お前の、嵐の中でも冷静に周囲を見ていた判断力も、大したもんだよ」
ゼノがふっと笑い、俺の肩を軽く叩いた。
「次は負けんぞ。……また、裏の仕事で会おう」
去っていく彼の背中を見て、俺はピックを撫でた。
「キュイ!」と満足そうに鳴くピック。
かつては一人で、ただの荷物持ちとして歩いていたダンジョン。
けれど今は、最強の相棒と、認め合えるライバルがいる。
俺の物語は、まだ始まったばかりだ。
王都の空を見上げながら、俺は次の依頼書を強く握りしめた。




