第3話:拾った相棒は、伝説のドラゴンでした
卵から現れたのは、小さな、あまりにも小さな生き物だった。
「キュイ……」
泥にまみれた黒い鱗。
宝石のような、黄金色の瞳。
背中には、まだ開いたばかりの頼りない羽が二枚。
それは、どう見ても『ドラゴン』の幼体だった。
俺は唖然として、その小さな命を手のひらに乗せた。
「……ドラゴン? なんでこんなダンジョンの四層に……」
だが、そんな疑問よりも先に、俺の心に不思議な感情が湧き上がってきた。
それは、かつて自分自身に感じていたものと同じ、強く、深い孤独の気配。
「お前も……独りだったのか」
俺がそう呟くと、黒い小さな生き物は俺の指に小さくすり寄ってきた。
その温かさが、冷え切った俺の心に染み渡る。
これが、俺の相棒。
名前は、その小さな鳴き声から『ピック』と呼ぶことに決めた。
だが、感慨に浸っている場合ではなかった。
『警告:近隣に大型モンスターの気配。回避ルートを再検索……』
スキルが激しく警告を鳴らす。
卵を割った時の魔力の波紋が、周囲のモンスターを呼び寄せてしまったらしい。
俺は迷わずピックを胸元のポケットに押し込んだ。
「行くぞ、ピック! 振り落とされるなよ!」
「キュイッ!」
帰り道は、地獄だった。
拾ったばかりの小さな相棒を守りながら、ボロボロになった身体で第四層を駆け抜ける。
スキルが示す「最短ルート」は、前よりもさらに厳しく、危険な道を選んでいた。
――いや、違う。
(……これは、ピックが選ばせているのか?)
走っている最中、不思議な感覚があった。
スキルが道を示すよりもわずかに早く、ピックが俺の胸元で小さく鳴くと、視界の黄金ラインがそちらへと吸い寄せられるのだ。
それは、まるで世界そのものが俺の味方をしているかのような、不思議な一体感だった。
死に物狂いでダンジョンを駆け上がり、王都の門へたどり着いたのは、夜も更けた頃。
ギルドの裏口の扉を叩くと、バルドさんが驚いた顔で出迎えた。
「おいおい、帰ってきちまったのか! お前、第四層まで行ってたんじゃ……そのボロボロ具合はどうした」
「……色々あって、相棒を拾いました」
俺は胸のポケットから、小さく顔を出したピックを見せた。
バルドさんはそれを見て、目を剥き、そして大笑いした。
「はっ! ドラゴンか! しかも星竜種じゃねえか……とんでもねえもん連れてきやがったな!」
その言葉の意味を理解する間もなく、俺はそのまま力尽きて、ギルドの倉庫の床に倒れ込んだ。
翌朝。
俺が目覚めると、ギルドの中は奇妙な静けさに包まれていた。
倉庫の扉を開けると、そこには昨日会った依頼主のパーティや、数人の冒険者たちが、バルドさんを囲んで何やら話している。
「……本当か? あの新人が、第四層から単独で戻ってきたんだって?」
「しかも、ドラゴンを連れて?」
俺の姿を見つけると、ざわめきが広がった。
以前の俺なら、その視線に怯えていただろう。
だが、今は違う。
肩の上で、ピックが小さく「キュイ!」と鳴き、俺を鼓舞してくれる。
依頼主だった魔術師の男が、俺の元へ歩み寄ってきた。
彼は俺の手を強く握り、深々と頭を下げた。
「君のおかげで、仲間は助かった。……君は『お荷物』なんかじゃない。最高の配達員だ」
周囲の冒険者たちからも、驚きと、そして微かな「敬意」の混じった視線が向けられる。
俺の名前が、ようやくギルドの端っこに刻まれた気がした。
「……ありがとうございます」
その時、俺の視界の隅で、スキルがまた黄金色に輝き出した。
新たな依頼。
しかも、今度はギルドの掲示板には載っていない、バルドさんから直々に渡された「特急便」だ。
目的地は……ダンジョン第五層。
しかも、配送物は「未鑑定の魔導遺物」
「行くか、ピック」
俺は荷袋を背負い直す。
冒険者になれなかった俺の、最短ルート。
その先には、まだ誰も見たことのない景色が広がっているはずだ。
俺は胸を張って、ダンジョンへと続く門を潜った。
今度は、誰かに追い抜かれる側じゃない。
誰も追いつけない、最速の配達員として。




