第1話:お荷物冒険者のクビと、開かれた『最短ルート
「悪いなカイト。お前、もうパーティ外れてくれ」
その言葉は、まるで鋭利な短剣のように、俺の胸の奥深くに突き刺さった。
三年間。
来る日も来る日も、俺は彼らのために尽くしてきた。
巨大な盾を構え、モンスターの返り血を浴び、泥をすすりながら彼らの背中を守ってきた。
重い荷物を背負い、罠を警戒し、野営の準備を整える。
それが俺の日常だった。
だが、その結果がこれだ。
王都の外れにある、冒険者が集う酒場『陽だまりの亭』。
湿った空気と、安酒の匂い。そして、今日稼いだわずかな魔石がテーブルに転がっている。
「……俺が、足を引っ張ってるから、か?」
俺は震える声を押し殺し、絞り出すように言った。
視線を上げると、パーティリーダーのロイドが、申し訳なさそうな「演技」をしながらも、その目は冷酷に損得を計算していた。
「まあ、はっきり言えばそうなるな。お前、戦えないだろ?」
横から、槍使いのガルドがせせら笑いながら口を挟む。
彼は爪の間の汚れを落としながら、ゴミを見るような目で俺を見据えた。
「剣は振れねえ、魔法の素質もねえ。モンスターが出たら盾の後ろで震えてるだけ。三年間も付き合ってやったんだ、感謝してほしいくらいだぜ。なあ、ロイド?」
「ああ。正直、最近の探索は厳しくなってきてるんだ。俺たちもさらに上の階層を目指したい。そうなると、お前のような『お荷物』に、貴重な報酬を分配する余裕はねえんだよ。……わかるだろ?」
「……」
わかる。痛いほどに、わかってしまう。
この世界は才能がすべてだ。
十五歳の成人式で授かる『ギフト』。それが冒険者としての人生を左右する。
ロイドは《剛剣》、ガルドは《貫通突き》。
そして俺が授かったのは、戦闘には一切役に立たない《最短ルート検索》という名の、ただの『ナビ』だった。
「次からは、ギルドの出資で魔道具の『高級収納袋』を買うことにしたわ。容量はたっぷり、重さはゼロ。お前と違って文句も言わねえし、メシ代もかからねえ。……最高だよな?」
ガルドが追い打ちをかけるように笑う。
人間が、魔道具に負けた。
三年間、誰よりも早くギルドに来て、誰よりも遅くまでダンジョンの資料を読み漁り、迷路のような通路を暗記してきた俺の努力は、彼らにとって「魔道具以下」の価値しかなかったのだ。
「悪いな」
ロイドが金貨を一枚、テーブルに無造作に放り投げた。
チャリン、と虚しい音が酒場に響く。
「今までの手切金だ。これを持って、田舎で大人しく畑でも耕せ。それがお前のためだ」
彼らは立ち上がり、一度も振り返ることなく酒場の奥へと消えていった。
後に残されたのは、冷めたシチューの残りと、俺の絶望だけだった。
「……はは、三年間でこれかよ」
周囲の冒険者たちの視線が痛い。
「ああ、またあの『お荷物』がクビか」「三年もやって第一層でビビってる奴だろ?」
ヒソヒソという嘲笑が、耳にこびりつく。
俺は逃げるように酒場を飛び出した。
夜の王都は、冷たい風が吹き抜けていた。
街灯の魔石が淡い光を放っているが、俺の足元は真っ暗だった。
十五歳のあの日、ドラゴンを倒す英雄に憧れて王都の門を叩いた自分を、今の俺はどう笑えばいいんだろう。
三年間で残ったのは、刃こぼれした使い古した剣一本と、底の見える財布。
そして、一度もレベルの上がらなかった『ゴミスキル』だけ。
「……どうすんだよ、これから」
自嘲気味に呟いた、その時だった。
「おい、兄ちゃん。いい足腰してるな」
暗がりに、一人の男が立っていた。
ギルドの裏口。そこは華やかな表舞台とは違い、荷車が並び、汗と土の匂いが漂う場所だ。
声をかけてきたのは、ギルドの雑務を取り仕切っている中年男、バルドだった。
不精髭を蓄えた強面だが、その目は鋭く俺を射抜いている。
「さっきの見てたぞ。あの『銀狼の牙』とかいう三流パーティ、お前がいなくなって後悔するだろうな」
「……何言ってるんですか。俺は戦えない無能ですよ。ロイドたちが言った通り、魔道具以下なんです」
「魔道具? 笑わせんな」
バルドが鼻で笑い、壁に寄りかかった。
「魔道具の袋は荷物は運べるが、道は選べねえ。……なあ兄ちゃん、お前、さっきの探索中、一度もモンスターと正面衝突しなかっただろ?」
「え……? それは、たまたま運が良かっただけで……」
「『たまたま』が三年間も続くかよ」
バルドは一歩踏み出し、俺の目の前で止まった。
「お前、常に気配の薄いルートを、無意識に選んで歩いてた。足音を殺し、風向きを読み、最短の距離で目的地に到達する。……あれを『無能』とは言わねえ。この業界じゃ、それを『天賦の才』って言うんだよ」
バルドは壁に貼られた、一枚の古びた、しかし重みのある依頼書を指差した。
「うちで働くか? ギルドの『裏』の仕事だ。剣を振ることより、確実に、迅速に、死地に届けることを求められる場所がある」
「……届ける?」
「ああ。ダンジョンの中で消耗し、ポーションが尽き、死にかけている連中に、補給物資を届ける。誰もが嫌がる、だが誰かがやらなきゃ、探索者は全滅する。それが『ダンジョン配達員』だ」
俺は差し出された依頼書を見つめた。
冒険者時代、俺たちが軽蔑していた『雑用』の極致。
しかし、そこには確かに「俺を必要としている」という響きがあった。
「面白い仕事? 俺みたいな無能に、何ができるって言うんですか」
「無能かどうかは、これを見てから言え」
バルドが俺の肩を強く叩いた。
その瞬間、脳裏に雷が落ちたような衝撃が走った。
視界が、一変した。
今まで、ただぼんやりと自分の足元を照らすだけだと思っていた『最短ルート検索』のスキル。
それが、幾千、幾万の光の筋となって、王都の地下へ、ダンジョンの深淵へと伸びていく。
【スキル:最短ルート検索(覚醒)】
【条件:『配達任務』への適正を検知。制限解除を実行します】
脳内に、冷徹なまでのシステムメッセージが響く。
【拡張機能:障害物透過開放】
【拡張機能:敵対存在感知開放】
【拡張機能:踏破速度向上開放】
見えすぎる。
ダンジョンの壁の向こうで蠢くモンスターの息遣いが。
床に仕掛けられた凶悪な毒針の仕組みが。
そして、それらをすべて「なかったこと」にして駆け抜けるための、黄金に輝く唯一無二の『道』が。
それは、伝説の英雄すら到達できない深淵へと続く——俺だけの「最短ルート」だった。
「……見える。全部見えるぞ」
俺は、震える手で依頼書を強く握りしめた。
今まで「戦えないから」「魔力が低いから」と自分を卑下してきた。
でも、もし、戦わずにすべてを解決できるとしたら?
誰よりも速く、誰よりも確実に、この迷宮を制覇できるとしたら?
「……バルドさん。俺、やります。この仕事を」
「いい返事だ」
バルドは満足そうに口角を上げた。
「歓迎するぜ、新人。今日からお前は、このギルドで唯一の『最速』だ」
冒険者カイトは、今日死んだ。
ロイドたちに捨てられた、ただの荷物持ちとしての俺はもういない。
——そして、ダンジョンを支配する『最速配達員』が、今ここで産声を上げたんだ。
『読んでいただきありがとうございます!次回、主人公のチートスキルがいよいよ爆発します。もし『続きが気になる!』と思っていただけたら、下の評価★やブックマークで応援いただけると嬉しいです!」




