新しい友人
学校に入って数週間経った。クラスメイトのほとんど全員と会話をした。どうして友達になったのか思い出せない友人もちらほらいる。
中でも、僕とミルルちゃんはリカちゃんとトランくんと仲良くなった。リカちゃんはクラスの中で一番可愛い子でふさふさのリスの耳と尻尾を持っている。どこかで太陽の匂いがすると思うと、必ずリカちゃんが近くにいる。トランくんは耳がトランシーバーになっている白髪の男の子だ。目の白黒が反対になっていて、ときどき他の子供に怖がられる。
ヨワキくんというと毎日登校したと思うと図書室にこもって、朝の会ギリギリにようやく教室に来る。先生も何度か注意していたけれど、ある日何かを察したかのように先生は口を紡いだ。それ以降、ヨワキくんは怒られていない。
他にも気になることがある。それは日に日にヨワキくんは細くなってきているということだ。前はふっくらしていた頬も今は輪郭が見えてきた。目も細くなって、イケメンになるような予感がした。けれど、それより彼がおかしくなっていることを強く感じた。
そして今日も学校だ。彼はまたギリギリ登校だった。僕はまるで触れただけで崩れていまう土の山に近づくように慎重にヨワキくんに近づいた。
「ヨワキくん!またギリギリだよ」
ミルルちゃんが後ろから僕を追い抜いた。そして相変わらずの世話焼きでヨワキくんの顔をのぞき見る。
「ごめん…」
ヨワキくんは言い訳をしない。以前、遅く来る理由を聞いたけれどヨワキくんが涙目になったので追求はやめた。
「おはよう、みんな!!」
威勢のいいスッキリとした大きな声が背後から聞こえた。
「リカちゃん、うるさいよ」
冷淡な声も僕たちの背後をとった。リカちゃんとトランくんが余裕のある歩調で近づいてきた。
「おはよう!2人とも」
「聞いてよ!途中でトランくんがすっ転んでさ、登校が遅れちゃったの」
「リカちゃんが突然押してきたからだろ」
リカちゃんが嬉しそうに笑みを浮かべた。きっと、リカちゃんはトランくんに突っ込まれるのが狙いで話しているのだろう。彼女は本当に分かりやすい。
ふと、リカちゃんがこちらに体を向けた。
「ねえ、今日わたしのおうちに来ない?」
「うん!」
真っ先に答えたのはミルルちゃんだった。
「行く!絶対行く」
初めて女の子に遊びに誘われたのでテンションが上がっているようだ。
「もちろんユキタくんとトランくんもだよ」
ブラウンの髪が尻尾のように大きく揺れた。いや、よく見たらこれ本物の尻尾だぞ!お尻に尻尾がついてる!
ふと、裏切り者をみるような目が僕の背中を指した気がした。
「ヨワキくんは?」
ミルルちゃんの純粋な言葉がいつもよりくぐもって聞こえた。リカちゃんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「そうだった。もちろんヨワキくんもおいでよ」
ヨワキくんは向こう側を向いていた。リカちゃんの声にも反応した様子はない。ただ少しだけ肩を小さくしていた。
給食の時間の時間になっても僕はヨワキくんのことが気になった。痩せてきたこと、図書室にギリギリまでいること。すべてが彼にとって何か大変なことが起きていることを意味してるのではないかと気になって仕方がなかった。
「ヨワキくん、また残してる!」
ミルルちゃんがヨワキくんのお盆の上に残ったパンを指さした。
「僕の分も…食べる?」
「うん!」
ミルルちゃんはヨワキくんが差し出したパンをかっぱらい、猛獣みたいにかぶりつく。その間もずっと彼女はヨワキくんを見つめていた。
昼休みでもヨワキくんは図書室にいる。僕は今日あったことが気になって彼のところへ向かった。リカちゃんはきっと悪気はなかった。悪い子ではないことを彼に伝えたい。
図書室に入るとまず温かい匂いがした。学校の中で一番木の香りがして心地いい。壁と床は木でできていて安心感を与える。僕はその中を歩き回ってヨワキくんの捜索を始めた。
本棚は僕たちよりも背が高くて、これでもかと詰められた本たちも相まって威圧感がある。本の森を歩く僕は森の探検隊。木の上からは折り紙の猿が見下ろしていて僕を興味津々に観察する。辺りが開けてくると目の前には座るのにちょうどいい高さの木の板。そこに腰掛けているのはヨワキくんだった。手には大きくて薄い絵本があった。題名は
「にげだしたぼくたち?」
ヨワキくんはスズメのように素早く本を隠した。
「ヨワキくんって『走るぞロボ』とか『空飛ぶモモの大冒険』みたいな楽しい本を読んでるイメージだったよ。こういう怖そうな本も好きなの?」
ヨワキくんは何も喋らない。今だけじゃなく、ここ最近はほとんど喋らなくなった。その原因がその絵本にあるんじゃないかと思って、隙を見て強引にヨワキくんの手から本を抜き取った。
「ああっ!」
その絵本にはたくさん漢字があって全然読めなかった。でも絵もたくさんあった。紫色の角の生えた人が身構える一人の人と、それを襲おうとしてるのか大きく手をあげる肌色の人が複数人描かれていた。次のページには立場が反転してる絵があった。
あの日の公園の記憶が蘇る。必死に忘れようとしていたのに思い出してしまった。人間らしいやつが人間らしくないやつをいじめる。きっとこの絵はそれを意味してる。
「昔の絵本なの…」
ヨワキくんが珍しく自分から話しだした。
「昔から…僕たちは…いじめられてきたってこと…」
次第に彼の声が震えてきた。
「もし反対の立場だったら、ヨワキくんは僕をいじめる?」
僕は彼の言葉を遮って質問した。
「ううん…」
「じゃあ、ぼくもヨワキくんを絶対にいじめないよ」
「どうして…僕が言いたいことが…わかったの…?」
「ヨワキくんは最近、僕たちも悪いやつみたいに見るんだもん!僕たちを疑ってるんでしょ」
ヨワキくんは俯いた。悔しそうに唇をかみしめているのが一瞬見えた。
「でも…ユキタくん、前に僕を仲間じゃないって…」
僕だって「仲間だ」って言いたかった。でも、あのときの僕がそう言っていたらみんながボロボロになるまであの馬と鹿に痛めつけられていたかもしれない。なんなんだよ!僕の頭には言い訳しか出てこない!僕はあのときどうすればよかった?
「もし、あのときの僕が君だったら何ができた?僕はバカだから、嘘言って敵を遠くへ行かせることしか思いつかなかったよ」
ヨワキくんを責めたってなんの答えも出ない。それなのに僕の口は止まらない。
「仲間だとでも言って僕もヨワキくんたちみたいにあいつらにイジメられればよかったの?そうすればみんなもっとボコボコにされていたんだよ。僕はヨワキくんみたいに体育が上手じゃないし、相手に言い合いで勝つことだってできない弱いヤツだ!そんな僕は他にどうしたら良かったの」
彼はいつの間にか目に涙を浮かべていた。荒々しい息遣いがとまらない。空気を読んだのか弱気くんも口を開いた。
「ご、ごめん…」
僕は彼から顔を背けた。僕の目が強烈に熱くなってきた。もう嫌だ。こんな話も空気も自分も全部嫌だ。
「いや、僕が全部悪かったんだよ。ごめんね」
僕はまた失敗したんだ。
次回更新:3.28(1週間ごと更新)




