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ミウとリウと曼殊沙華  作者: 矢間カオル


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7話 マンジュシャゲの花

ミウは本当の姿を知られてから、人間に変身するのを止めた。ベッドも、リウの勧めで、本来のミウのベッドで寝ることにした。


人間に変身すると、気を抜くことができず、精神的にも肉体的にもかなり疲れてしまう。それに、眠っているときまで、変身を維持することはできない。だから今まで物置部屋で隠れるようにして眠っていたのだが、その必要がなくなり、ミウも実はほっとしていた。


「水色の肌は澄んだ湖のようにきれいだし、金色の瞳はお月様みたいに輝いてきれいだ。大きな耳はチャーミングだよ。」

リウの言葉が、ミウの心の不安を取り除く。


今まで、秘密がばれてしまったらどうしよう・・・と心の中に消えることのない怯えがあった。でも今は、ありのままの姿でいても良いんだと、心に温かいものを感じながら毎日を過ごせるようになった。


同じ部屋で寝ることになって、会話も増えた。


「コンドハ ナニヲ カウ?」

「美味しいお菓子も食べたいな。」

並んだベッドで向かい合い、毛布に包まれて、眠い目をこすりながらそんな話をしているうちに、いつの間にか眠ってしまう。そんなことも増えた。




ミウの心が落ち着いた頃、リウに父親のことを話し出した。


ずいぶん前のこと、ミウは父親と一緒に果物をとりに家を出た。家の近くにリンゴの木があるのだが、その日は違う実を求めていつもより遠くを目指した。


ミウたちが暮らしている森は、魔物の森と呼ばれ、魔物を恐れている人間が入ってくることは滅多にない。だから父親もミウも油断していた。人間の姿に変身しないままに、深い森の中を遠くまで歩いた。


実を探すのに夢中になっている二人は、道に迷った人間が近寄って来ていることに気づかなかった。


父親が目の前の視界を遮っている木の枝をバサッと払った瞬間、目の前に人間がいて、目と目が合った。


「ウワー、ま、魔物だ! 魔物が出た!」

その人間は叫ぶのと同時に、腰に差していた剣を抜く。


一刀両断、ズシャッと恐ろしい音を立てて、父親を切り殺し、走って逃げた。


ミウは父親の後を少し離れてついて回っていたので、その人間に気付かれることはなかった。だが、ミウの目の前で、父親は人間に切り殺されたのだ。


人間が去ってからすぐに父親の元まで来たが、すでに父親はこと切れていた。


「・・・ウウッ・・・トウサン トウサン・・・シンジャイヤダ・・・」

泣きながら父親の体をゆすってみたが、父親が生き返ることはなかった。


幼いミウは父親を運ぶこともできず、そのまま森の中に置いておくことしかできなかった。




「目の前でお父さんが殺されたんだね。怖かったよね。悲しかったよね。」

話を聞いていたリウの方が泣けてきた。


「トウサンニ マンジュシャゲノハナ ソナエタケド マニアワナカッタ」


「マンジュシャゲって?」


「アカイハナノ ナマエ」


ミウの家の回りにも咲いている赤い花、リウの棺が置かれていた場所に、赤い海のように群生して咲いているあの花のことを思い浮かべた。


「あの花の名前、マンジュシャゲって言うんだ。今まで見たことがなかったから、知らなかったよ。」


ミウは遠い目をして、ふうとため息をついた。


「マンジュシャゲ トテモ タイセツナハナ。アノヨト コノヨヲ ムスブハナッテ トウサン イッテタ」


「だから、お父さんにマンジュシャゲの花を供えたんだね。」


「デモ マニアワナカッタ・・・」


「間に合わなかったって?」


「トウサンモ ミウモ シンダラ ツチニナル。サラサラ サラサラ カゼニ フカレテ トンデイク。 マンジュシャゲノハナガ テンゴクニ ツレテイッテクレル。ミウガ トッテキタトキ トウサンツチニナッテ トンデッタ サラサラッテ カゼニノッテ・・・ トウサン テンゴクニ イケタカナア・・・」

空を見上げるミウの金色の瞳に涙が滲み、悲しそうな光を湛えている。


「ミウ、きっとギリギリ間に合ったよ。きっと、お父さんは天国に行ってるよ。絶対に!」

リウはミウの肩を両手で握り、力強く言った。


「・・・リウ、アリガト・・・」

ミウの顔がほんの少しだけ、笑顔になった。





リウが森で暮らし始めて五年が過ぎた。


九歳の子どもは十四歳になり、その間、身体はすくすくと成長した。


森で暮らすためには、動き回らないと生きていけない。自然と筋肉は鍛え上げられ、リウは、無駄なぜい肉なんてない引き締まった身体の若者になっていた。


ミウも背が伸び、子どもだった顔が、少し大人びた少女の顔になっている。身体も幼いころに比べると、娘らしく少しふっくらとしてきた。


二人が出会った頃、ミウは布を身体に巻き付け腰ひもで結んだだけの簡素な、悪く言えばみすぼらしい服装であったが、今は町の人々が着るようなシャツとズボンを着ている。木登りをするにも、川の中にじゃぶじゃぶと入る際にも、ズボンだと動きやすく、もう手放せなくなっている。


もう一つ大きく変わったことは、ミウの話し方である。


リウとよく話すようになって、舌ったらずで語彙数の少なかった話し方が、流暢な話し方に変わった。ただし、リウとしか話していないので、自然と話し言葉が少年のようになっている。


自分のことを僕と言いそうになったときは、リウが止めた。だから今でも、ミウは自分のことをミウと呼ぶ。


文字もリウに教えてもらって覚えた。




五年間、リウがこの地に暮らしているうちに、驚くべき発見がいくつもあった。


まず、ここには季節がない。いつも穏やかで温暖な気候なのである。だから、果物が年中とれるし、川の水も冬になっても冷たくなくてざぶざぶと腰まで入っても凍えることがない。


ミウに教えてもらったマンジュシャゲの花は、年中咲いている。一つの花が長期間咲いているわけではなく、一つの花が散っても、また次の花が咲きだし、そのサイクルが途絶えない。だから、いつ見ても花が絶えることなく咲き続けているのだ。


温泉も見つけた。家のすぐそばに井戸を作ろうと思って掘ってみたら、温かい湯が湧き出てきた。今ではその湯を使ってお風呂に入ることができるようになった。


出会ったころ、どうして幼いミウが父親を失っても一人で生きてこれたのかと不思議に思っていたのだが、この環境のおかげなのだということがよくわかった。




「ミウ、用意はできたか?」


「うん、できたよ。買い物リストもちゃんと持ってるよ。」


「よし、じゃあ行こう!」


今日は月に一度の買い物の日だ。


獣をとれるようになってから、二人が使える金が増えた。魔物の森に、狩りに来る人間はいないので、獣の数が多く、面白いほどよく捕まえることができた。


バルケル伯爵領には、西に魔物の森、東に泉の森と呼ばれる二つの大きな森がある。町や村の人々は、魔物の森には恐れて行かず、泉の森に猟に出かける。泉の森の規模は魔物の森よりも大きく、数か所に清水がこんこんと湧く泉があり、水を求めて野生動物がたくさん集まるので、格好の狩り場になっているのだ。気味の悪い魔物の森に人間が入るとすれば、それはよほどの怖いもの見たさの好奇心からか、魔物の呪いで死んだ者を捨てに行くときぐらいなのである。


二人で罠をしかけて獲った獣は、燻製にしたり干し肉にして町の肉屋に、森でとれる果物は背中の籠に背負えるだけ背負って、いつもの八百屋のおばあさんに買ってもらう。


その金で、マッチやろうそく、森ではとれない食物や調味料を買って帰る。


五年の間に余った金を貯めて、先月には、やっと念願の馬を一頭と二人乗り用の鞍を買えた。今日は、その馬に乗って町に出かける。


肉の入った荷袋を馬の左右に掛け、リウが手綱を握り、ミウはその後ろに乗って果物が入った籠を背負う。


「ミウ、しっかりつかまってるんだよ。」


「うん。」


ミウは手綱を握るのリウの背中に身体をそわせ、馬から落ちないように腰に腕を回す。


馬を買ってから、毎日世話をしては乗る練習を繰り返したから、二人で乗るのはもう慣れていたが、町までの長距離を乗るのは今回が初めてだ。


カッポカッポと馬に揺られて二人は町を目指したのだが、心が浮き立っているミウは、自分の体の異変に気付かずにいた。


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