56話 ディシュバン
リウが目を覚ますと、子どもが二人、驚いた顔をして自分を見ていた。
「父さん、この人、目を覚ましたよ。」
そう言った子どもは、大きな尖った耳が左右に突き出ていて、水色の肌に短い白い髪が生えていた。目は吊り上がり金色をしている。
「お兄さん、生きてて良かったね。」
この子は、人間の顔をしている。黒い髪と黒い瞳でにっこりと微笑んだ。
二人とも十歳くらいの男の子だ。
「えっ? ここは?」
身体を起こし、周りを見回すと、見知らぬ家の中だった。
見たことのない動物の置物や飾り物が置かれていて、アッシュリンド王国とは違う異国の様相をしている。
「ああ、目を覚ましたのか。本当に命が助かって良かったね。」
リウに近づいて来てそう話した男は、子どもと同じミウ族の顔をしていた。
大柄な体躯に、漁師の仕事で鍛えた逞しい腕をしている。
「母さんも心配していたからね。お前たち、母さんを呼んできておくれ。」
「はーい。」
父の言いつけを素直に聞いて、子どもたちは家から出て行った。
「あの・・・、僕を助けてくれたのですね。ありがとうございました。」
「いやまあ、本当に運が良かったとしか言えんね。俺はちょうど漁に出ていてね。波が静まるのを待っていたんだ。あの激しく荒れた波が一日のうち、数分だけ静まる時間があるんだよ。ちょうどあんたが投げ出されてすぐに波が静まったんだ。あんたがしがみついていたマストが浮き代わりになっていたことも運が良かった。だから、助けてあげることができたんだ。」
「まあ、目が覚めて良かったわねえ。うちの人がいなかったら、あなた死んでたわよ。本当に良かったわ。」
家に入ってくるなりそう話したのは、さっきの子どもの母親で、長い茶髪を一つ括りにして、黒い瞳の人間の顔をしている。
「あの・・・、この家の皆さんは、ミウ族と人間が一緒に暮らしているのですか?」
リウは、恐る恐る聞いてみた。
「ああ、そうだよ。」
「ええ、そうよ。」
ミウ族の男と、人間の女が同時に答えた。
名前を尋ねると、男はディシュバン、女はカレンと名乗った。
「あんたは、大陸の人間だね。だったら信じられないかもしれないが、この国では、ミウ族と人間族の結婚は認められているんだ。」
「では、子どもたちは、お二人の子どもなんですね。」
「ああ、そうだ。しかしな、種族が違うと子どもができないんだ。だから身寄りのない子どもを養子にして育てているんだよ。ところで、あんたは俺を見ても怖がらないようだが、大陸の人間にしては珍しいな。」
「えっ、そ、それは・・・、僕はミウ族の女の子と一緒に暮らしていたから・・・。殺されてしまいましたが・・・。」
ミウの話になると、どうしても暗い表情になってしまう。
「そうか・・・、大陸はミウ族を魔物と呼んで殺すからな。あんたも辛い経験をしてきたんだな。」
「はい。そうなんです。」
ミウのことを思い出し、リウの目に涙が滲んでくる。
「あの・・・、どうしてこの国は、ミウ族と人間が結婚できるのですか?」
リウの問いに、ミウ族の男ディシュバンが、この国イーステア王国の歴史を語り出した。
遠い昔、大陸でミウ族に対する迫害が激しくなってくると、ミウ族は森や山岳地帯に逃げ込んだのだが、海辺に住んでいたミウ族は、海の外へと逃げ出した。
当時から、この島は岩礁に囲まれ潮の流れもきつかったが、今よりも波が静まる時間が長かった。
それを知っていたミウ族は、簡単にこの島に上陸することができた。
上陸して驚いたことに、この島で感染病が大流行していた。
感染力が高く、高熱が幾日も続いた後に死亡し、毎日死者が後を絶たないほどの恐ろしい病であったが、ミウ族には感染しない病気だったので、上陸したミウ族は、病人の看護を自ら進んで引き受けた。
そうこうしているうちに、国王一家も病気に感染し、全員が危篤状態に陥った。
ミウ族の中には特別な血を持っている者がいるので、その者たちは王宮に出向き、国王の家族に血を飲ませて看病し、全員の命を救った。
このような国の危機的状況ならば、ミウ族は国を乗っ取ることもできただろうに、そうはせず王家と民衆を救った。
ミウ族の行いに、国王は強い感銘を受けた。
その感謝の印として、ミウ族を正式にイーステア王国の民と認め、差別することを罪と定めた。
それ故、ミウ族と人間族の結婚が認められることになったのである。
「王様は、ミウ族の身分を保障するために、必ず政治の役員にミウ族も雇うことを法律で定めているんだ。こんなことは大陸では考えられないことだろう?」
「確かにその通りですね。」
為政者が違えば、こうも人の扱いが違うのだと、リウはアッシュリンド王国とイーステア王国を比べてしまう。
この国に生まれていたら、ミウは殺されることはなかったのに・・・と思わずにはいられなかった。
「ところで、先ほど、ミウ族の特別な血のことを話していましたが、その血は、死んだ人間も生き返らせることができるのですか?」
リウがミウ族に会って聞きたかったことは、これだった。
リウは、生きたまま魔物の森に捨てられて、ミウに助けられたと思っていたのだが、アルメリアと話して、本当は死んでいたのだと聞かされた。
だったら、自分が死んでいることに気が付かずに、ミウが血を飲ませたのではないかと思ったのだ。
「いや、いくら特別な血でも、死人を生き返らせることはできないよ。生きているなら、なんとかなるのだが・・・。ああ、だけど、俺たちのご先祖様からの言い伝えで、大陸の中に、死人を生き返らせる場所があると聞いているぞ。」
「それはどこですか?」
「場所までは知らんが、なんでも、その場所は、空の気も、地の気も、水の気も異質で、年中気温が穏やかで変わらないらしい。不思議なことに、食べ物を放っておいても腐らないそうだ。そこには曼殊沙華の花が一年中絶えることなく咲いているんだとか・・・。」
「マンジュシャゲって、一年中咲いている花ではないのですか?」
「いやいや、それはない。ちゃんと咲く季節は決まっている。俺たちにとって曼殊沙華の花は、あの世とこの世を結ぶ花と言われていて、とても大切な花なんだが、咲いている季節だけ、死者に花を供えることができるんだ。だが、その場所では、一年中咲いているから、いつ死んでも供えることができるそうだ。言い伝えによると、その場所で死んだ者に曼殊沙華の花を供えると、花の不思議な力がはたらいて、一度だけ生き返ることができると言われている。だから、曼殊沙華の花は、よみがえりの花とも呼ばれているんだ。」
「よみがえりの花・・・」
リウの脳裏に、ミウとアルメリアの言葉が過った。
― リウ イキテタヨ ―
― 一度死んだミハイル様が、棺の中で息を吹き返したのだと思います ―
僕は一度死んでよみがえった・・・。
僕が捨てられた場所には、曼殊沙華の花が群生していた・・・。
ミウを連れて帰ったあの場所は、一年中曼殊沙華の花が咲いていて、一ケ月ぶりに帰った家の中は、食べ物が腐っていなかった・・・。
僕は、僕は・・・、ミウの胸に曼殊沙華の花を供えた!
「あ、あの、ディシュバンさん、お願いがあります。」
リウは一縷の望みを胸に、ディシュバンの金色の瞳を見つめた。




