54話 賢者
「あの・・・、賢者様って、そんなに何でも知ってるんですか?」
「ああ、そうだな。この国をあちこち旅をしているから、いろんなことを知ってるし、法律とかにも詳しくてな。ここらでは、困ったときの神頼みじゃなくて、賢者様頼みって言うくらいだ。」
「へえ、そんなに・・・。あの、どこに行ったら会えるのですか?」
「おや、兄ちゃん、あんたも何か悩み事でもあるのかい?」
「はい、まあそんなところです。なんでも知ってるのなら聞いてみたいなぁと思いまして・・・。」
「それなら、東通りにあるサンライズって言う宿屋の食堂に行ってみな。そこで客を待っているから。白い口ひげを生やしているからすぐにわかるよ。」
リウは、翌朝、教えてもらった食堂へ足を運んだ。
大きな看板を掲げているサンライズは、すぐに見つかった。
店構えは、どこにでもある木造二階建ての宿屋で、一階が食堂になっている。
中に入るとホールは思ったよりも広く、テーブルと椅子が所狭しと並べられている。
仕事に出かける前に朝食を食べに来た客で賑っていたが、一番奥のテーブルに、ゆったりと椅子に腰かけている短髪白髪に白い口ひげを生やした老人がいた。
リウはその老人に声を掛けた。
「あの、賢者様ですか?」
賢者はちらりとリウを見た。
「いかにも、わしが賢者だが? 何か相談ごとでもあるのかね?」
「はい。お聞きしたいことがあって、会いに来ました。」
「ふむ・・・、それでは・・・」
賢者は右の手のひらをリウの目の前に差し出した。
「・・・?」
リウが意味がわからず黙っていると、賢者はコホンと一つ咳をする。
「わしも生きていくのに金が必要なのじゃよ。わしは自分の知識を売ることを生業にしているのじゃ。」
「ああ、そうですよね。失礼しました。」
リウは、賢者の手のひらに金貨を1枚握らせた。
それを見た賢者は目を丸くして驚いていたが、すぐに金貨を懐にしまい込んだ。
「ほっほっほっ、これは何と気前が良いお方じゃ。して、何を聞きたいのだね?」
「あの・・・、魔物のことを聞きたいのです。」
「魔物のことなんて、どこの歴史書にも書いているだろう? それをどうして金貨まで払って聞きたいのじゃ?」
「四百年前のクリード国王が即位する前のことを聞きたいのです。」
「何?」
賢者の目つきが変わった。
「あんた、王家の犬じゃないだろうな。ああ、こんなことを聞いて、はいそうですと答えるバカもおらんが・・・」
「僕は、王家の犬ではありません。」
「まあ、そのようだな。お前さんの目を見ていればなんとなくわかるよ。では、ここじゃなんだから、場所を変えよう。ついておいで。」
賢者に案内された場所は、賢者が宿泊に使っているこの宿の二階の部屋だった。
「わしの師匠のそのまた師匠のずっと前の師匠が、書き残したものがあるのだ。わしたち弟子は、誤った歴史ではなく真実を後世に伝える義務があると思っている。だから、師匠が書き残したものを、ずっと写本し続けて後世に残そうとしているのだ。おそらく、お前さんが知りたいことも、ここに書かれていると思うぞ。」
「あの・・・、読んでもいいのですか?」
「持ち出すことは許さんが、ここで読むなら良しとしよう。」
「ありがとうございます。」
リウは、早速、賢者から手渡された書物を読み始めた。
そこには太古の昔からの大陸の歴史が書かれていた。
太古の昔、この大陸には、人間族とミウ族の二種族が共存して暮らしていた。
ところが、人間の中に、他人が開墾した土地や財産を、力ずくで奪おうとするものが現れだした。
いわゆる、領地争い、権力争いが始まったのである。
人間は、ミウ族の土地も奪おうとし、異種族だからと迫害して、村や町から追い出そうとした。
争いを好まないミウ族は、それまで住んでいた土地を捨て、森や山岳に隠れ住むようになり、人間との交流はなくなった。
その後も人間は激しい争いを繰り返し、最終的には豪族アッシュリンド家が大陸を制し、一つの国にまとめ上げて国王となった。
国王が即位することによって、人間はようやく平和な暮らしができるようになったのである。
しかし、長い年月とともに、人々の中からミウ族と共存して暮らしていた記憶は忘れ去られ、たまたま森や山でミウ族を見かけると、その人間とはかけ離れた異形の風貌から、ミウ族は魔物と呼ばれるようになった。
四百年前の国王クリード・アッシュリンドは、次男であったがために、王位継承権は長男の次であったのだが、この兄弟の間で激しい王位継承争いが起こった。
争いは互いの軍隊を動かすほどの内乱になり、この戦争に一般市民も巻き込まれ、多くの犠牲者が出た。
結果は、弟のクリードが長男を倒して国王になったが、争いの中で田畑は荒れ、肉親が亡くなり、民衆の心は新しい国王から離れていた。
民衆の支持を得るためには、新たな共通の敵を作るべきだと考えたクリード王は、魔物と呼ばれているミウ族に着目する。
魔物は人間を生きたまま食べる恐ろしい怪物であると噂を流し、内乱中に起こった悪党による残忍な事件も、その後に起こった凄惨な事件も、すべて魔物の仕業であると信じ込ませて人々を恐怖に陥れた。
恐怖心が最高潮に達した時期に、クリード王は軍隊を各地に派遣して、魔物と悪党の討伐を開始する。
それまで、ほぼ野放しにされていた悪党が一掃されたのであるから、国に平和が訪れたのだが、クリード王は悪党のことは表に出さずに、すべての魔物を討伐したから平和になったのだと宣言したのである。
クリード王の思惑通りに、民衆はクリード王に感謝し、王家に対する支持が元に戻ったのであった。
「つまり、ミウ族は何も悪いことをしていないのに、王家に利用された・・・ということですね。」
リウの心に怒りが込み上げてきた。




