52話 末路
ジョシュアの執務室に現れたグレースは、病人だったとは思えないほど血色が良くなり、リハビリの甲斐あって、一人で王宮内を歩けるほどに回復していた。
心配していた再発も見られず、医者は完治したと宣言している。
病気が治ってからは食欲も戻り、こけていた頬もふっくらとしてきて、美しい金髪と輝く茶色い瞳が彼女の美しさをいっそう引き立てている。
「お父様、バルケル伯爵が、騒ぎを起こしたと聞きましたが、何があったのですか?」
「ああ、そのことだが・・・」
ジョシュアは視線を皆に移し、人払いをした。
「伯爵が、神の前で誓い合ったのだから、ミハイルをそなたのそばに置いて欲しいと言ってきたのだ。」
「まあ、何と厚かましく強欲なのでしょう。」
「しかも、あれだけ内密にと言っておいたのに、公の場で口にしたのだ。なんと口の軽い男よ。」
「ミハイルの髪と瞳の色がアルロヴィッヒ様と同じで、雰囲気もどことなく似ているから新郎の代役に頼んだだけですのに、何か大きな勘違いをしたようですね。」
「ああ、そのようだ。」
「ミハイルは何と言っているのですか?」
「いや、ミハイルは来ていない。今回は伯爵だけの謁見であった。」
「そうですか・・・。伯爵よりも息子のミハイルの方が、よほど分別があるようですね。」
「ほう、そう思うのは何故かね?」
「控室で話したときに思ったのですが、ミハイルは自分が代役であることを、きちんと理解しているようでした。そして・・・、参列者にはわからなかったと思いますが、誓いのキスのとき、彼は私の唇に触れなかったのです。ぎりぎりのところで止めました。」
「ふむ、なるほど。息子の方が分別があり聡いのだな。」
「はい。そのように思います。」
「神の名を出し王家を脅迫するなど、本来なら極刑、家門の取りつぶしに匹敵する大罪なのだが、そなたの命を救ったという手柄もある。それならいっそのこと、伯爵の身分を取り上げ、ミハイルに継承させた方が良いかもしれぬな。」
「お父様、たしか、バルケル伯爵には、もう一人息子がいたはずです。フレデリックと言う名の息子が。」
「おお、そうだった。非常に優秀だと聞いていたが、ガルシア侯爵を激怒させた男だったな。」
「ええ、キャサリエンヌが良い男性を見つけたと騒いでおりましたから、わたくし、覚えているのですわ。」
「そなたとキャサリエンヌは、昔から仲が良かったからな。」
ガルシア侯爵の娘キャサリエンヌは、グレースより三つ年上であったが、夢見がちなキャサリエンヌと沈着冷静で賢いグレースとは幼いころから仲が良く、もっぱら、グレースがキャサリエンヌの恋バナの聞き役になっていた。
キャサリエンヌが、とあるパーティーでフレデリックを見初めたときも、縁談を断られて嘆き悲しんだときも、グレースはその話を聞き、後者では彼女の慰め役になっていたのである。
「確かに、フレデリックは縁談を断り、ガルシア侯爵を怒らせてしまいましたが、わたくし、あの者の判断は正しかったと当時から思っておりました。」
「どうしてそう思うのだ?」
「グレースのような高貴な令嬢が、あのような田舎の領主の妻で満足するとは思えませんわ。おそらく一年もすれば後悔することになるでしょう。それに、あのような、強欲で分別のない男が舅になるのでしょう? 一年も、もたないかもしれませんわね。」
「そなたがそう言うのなら、きっとそうなのであろう。」
「ええ。それを証拠に、その後キャサリエンヌは由緒正しい侯爵家の継承者と結婚して、今はとても幸せに暮らしておりますもの。」
「ああ、その通りだ。よし、決めた。口の軽いバルケル伯爵を野放しにしていると、何を言いふらすかわからん。そなたの結婚に差し障りが出る恐れがある。本来ならば極刑、爵位はく奪、取りつぶしと言いたいところだが、そなたの命を救ったことで情状酌量とし、アルミナ島に幽閉とする。爵位は息子フレデリックに継承させよう。」
「お父様、とても良いご判断だと思いますわ。」
「ふふふ、そうであろう。」
娘に褒められて、満足げなジョシュアである。
「ところでお父様、わたくしがここに来た本来の目的は、アルロヴィッヒ様のことをお聞きしたかったからなのです。あのお話、どうなりましたか?」
「そのことなのだが、アルロヴィッヒには縁談が持ち上がっていたのだが、本人が、そなたが生きている間には話を進めたくないと言って、保留のままだったそうだ。そなたの完治を知らせたら、婚約破棄を取り消して、元に戻して欲しいと言ってきた。そなたの完治を心から喜んでいるそうだ。」
「婚約破棄を申し出たのは、わたくしからでしたから、今回も勝手なことをと、アルロヴィッヒ様はお怒りなのではないかと心配しておりましたが・・・、そうですか。アルロヴィッヒ様がそのようなことを・・・。」
グレースの目から涙が一粒零れ落ちた。
この二週間後、バルケル伯爵領の屋敷に王都から書状が届いた。
「フレデリック様、王都の貴族院からお手紙が届いています。」
アルメリアが白い封筒を持って、フレデリックの執務室に入って来た。
「父がなかなか帰って来ないと思っていたら、代わりに手紙か・・・。しかも貴族院だって? いったい何をやらかしたのやら・・・」
呆れた思いで封を切り、中の書状に目を通した。
フレデリック・バルケル殿
貴殿の爵位継承並びに領地に関する重要事項を伝えるので、至急王城に出向くように。
なお、前領主ゴードン・バルケルは、王家を脅迫した罪により、アルミナ島にて幽閉とする。
但し、罪は前領主のみに限定することとする。
貴族院代表 ロバート・フェルナー
「何だって? 父がアルミナ島にて幽閉だって?」
アルミナ島とはこの国の北に位置する小さな島で、入り口となる砂浜以外は断崖絶壁、潮の流れも強く、脱走は不可能とされている監獄である。
極刑には至らないが、一般社会とは隔離した方が良いと判断される罪人が、そこに幽閉されている。
よほどのことがない限り、一度入れば一生出ることはない。
自分の父親であるが、二度と戻って来れない場所に幽閉された。
しかも、王家を脅迫した大罪であるのに、家門の取りつぶしはないようである。
フレデリックは嬉しさで、手紙を持つ手が震えた。
一方、リウは、バルケル伯爵領を出て五日後、この国で最も古い神殿に到着した。




