50話 バルケル伯爵の野望
バルケル伯爵は、何としてでもリウを王女と結婚させたいと思っているが、控室で死を前にしても高潔で美しく、凛とした佇まいでまっすぐに前を見ていた王女グレースを知っているリウには、とても自分が王女に相応しい相手だとは思えなかった。
「父上、あなたがなんと言おうとも、僕は王都へは行きません。今までは、ミウを人質に取られていたから仕方なく父上の命令を聞いていましたが、もうその必要はなくなりました。」
「ん? 魔物は死んだか。まあ、あれだけ血を抜かれては、生きてはおれまい。」
「・・・父上、・・・あなたが、あなたがミウを殺したんだ。何も悪いことをしていないミウを、あなたの手で・・・」
リウの握る拳がワナワナと震えだす。
リウは憎しみのこもった目でバルケル伯爵を睨んだ。
「ふむ・・・、魔物が死んだのは残念だったな。だが、そのお陰で王女の命が救われたのだ。魔物にとっても本望だっただろうて。」
ドンッ!
リウは拳を振り上げて、バルケル伯爵の目の前の机を殴った。
その振動で、机の上に置いてあった書類が床に崩れ落ちる。
「あなたにミウの何がわかる? あなたに騙されて、ミウは死んだんだ! もうこれ以上あなたと話す気はありません。失礼します。」
リウは書斎を出ようとしたのだが、その背中に向かってバルケル伯爵は叫んだ。
「待て、ミハイル、お前が望まなくても、王が望めばお前は王都に行かねばならない。その覚悟はしておけよ。」
最後にリウは振り返り、哀れんだ目をバルケル伯爵に向けた。
「父上、欲に目がくらんでいると、足元をすくわれますよ。」
そして静かにドアを閉めて出て行った。
翌朝、バルケル伯爵は護衛を連れて王都に向かった。
見送ったのはマリエッタと使用人だけで、いつもいるアルメリアの姿はなかった。
「ふん、どいつもこいつも、わしに逆らいおって・・・」
見送りの少なさにバルケル伯爵は、気分を害していたが、王都が近づくにつれて、機嫌が良くなってきた。
もうすぐ、自分が王族と縁戚関係を結ぶことになると思うと、笑いが込み上げてくる。
バルケル伯爵は、フレデリックとガルシア侯爵家の縁談の件から一つの学習を得ていた。
身分に格差があろうとも、溺愛している娘の希望であれば、父親はそれを叶えようとするということを・・・。
当初、ガルシア侯爵から縁談の打診があった際は、正直に言ってバルケル伯爵も信じられない思いであった。
由緒正しく、王都でも屈指の侯爵家の令嬢が、田舎領主の妻の座を望むとは、何かの間違いではないかと思ったのだ。
だが、ガルシア侯爵は乗り気で、結婚後は新事業に支援を惜しまないとまで明言したのである。
これは娘の嫁ぎ先が新事業で裕福になることを想定した申し出であったのだが、フレデリックが断ったために、すべては水の泡と消えてしまった。
バルケル伯爵にとって、これは大きな痛手であった。
しかし、今回は侯爵家よりも、もっと大きな権力を持つ王族である。
しかも王女グレースのミハイルを見る目が、惚れているとしか思えない。
王は、グレースのわがままな望みを叶えてやるほど溺愛している・・・。
「フレデリックのときは、逃がした魚が大きかったが、今回は、もっと大きな魚だ。絶対に逃がしてなるものか・・・」
バルケル伯爵は、未来の自分を想像してニタニタと笑った。
バルケル伯爵が王都に出発して二日後、バルケル伯爵の屋敷の前で、馬車を背に、リウとフレデリック、アルメリアの三人が別れを惜しんでいた。
「兄上、アルメリア、お世話になりました。」
「もう、行くのだな。」
「はい。ここの神殿にも、僕が探していた書物はありませんでした。きっとどこかに真実を記したものがあると思うのです。僕はそれを探し出したい。」
「そうか、金が足りなくなったら、いつでも帰ってこい。」
「ははっ、それは大丈夫ですよ。父から奪った金がまだたくさん残ってますから。いや、これは本来なら、ミウがもらうべき褒美だったのですが・・・。」
リウは懐にあるふくらみを軽くなでた。
「馬は置いていくので、世話をよろしくお願いします。」
「わかった。ところで、あの馬の名前は何と言うのだ?」
「馬の名前は・・・」
リウは馬を初めて買った日のことを思い出す。
ミウと二人で働いて稼いだ金をコツコツ貯めて、やっと念願の馬を一頭、手に入れたのだ。
「名前はどうする?」
とリウが聞くと、ミウは躊躇わずに答えた。
「リウとミウの馬だから、リミーがいい!」
「それを言うならミリーの方が可愛くないか?」
「だめだよ、絶対リミー!」
ミウに弱いリウは、あっさりと引き下がった・・・。
「馬の名前は・・・、リミーです。ミウが名前を付けました。」
「リミー・・・? ははっ、彼女らしい名前の付け方だね。」
フレデリックの顔に、悲し気な笑顔が見えた。
「リミーは、伯爵家が責任を持って育てるよ。会いたくなったら、いつでも会いにおいで。」
「兄上ありがとうございます。では、これで失礼します。どうか、アルメリアと幸せにお過ごしください。」
「ああ、ありがとう。お前も元気でな。」
「ミハイル様、どうぞお身体にはお気をつけくださいませ。」
リウが馬車に乗り込むと、馬車はガタゴトと音を立てて走り出した。
今から向かうのは、この国でもっとも古いと言われている神殿である。
そこに行けば、真実が記された歴史書があるかもしれない。
リウは期待を抱きながら馬車に揺られていた。




