49話 父の書斎
昨日、リウとアルメリアが屋敷に戻って来た後、リウはすぐにミウと一緒に魔物の森へと馬を走らせたが、アルメリアは、王都で何が起こったのかを、詳細にフレデリックに話していた。
ミハイルが王女グレースと形だけの結婚式を挙げたけれど、皆が泣いて異様な雰囲気であったこと。
バルケル伯爵がわざと結婚式をミウに見せて、ミハイルと王女が本当に結婚したのだと思い込ませたこと
王女の病を完治させるために、バルケル伯爵が大量の血をミウから抜き取り、ミウが現在瀕死の状態であること。
馬車の中で砂糖水を飲ませ続けたが、ミウの意識がまったく戻らないこと・・・。
それを聞いて、フレデリックは、ますますバルケル伯爵に対して怒りを露わにしていた。
フレデリックもアルメリアも、やっとの思いで魔物の森に帰ったリウが、この屋敷に戻ってくることはないのだろうと思っていた。
しかし、夜になって、目を真っ赤に腫らしたリウが戻って来た。
「ミハイル様、どうして・・・? ミウさんは?」
「ミハイル、話しは聞いた。ミウはどうなったのだ?」
ミウのことを心配していたアルメリアとフレデリックは、リウが戻って来たことで、悪い予感が胸に渦を巻く。
「ミウは・・・、ミウは・・・、死にました・・・。」
「そ、そんな・・・。」
アルメリアがその場で泣き崩れた。
「父上がミウを殺したのです。僕は、父上が許せない!」
リウの泣きはらした目から、また涙が溢れ、大粒の涙が零れ落ちた。
ああ、弟の愛する人までも、父の犠牲になってしまった・・・。
「ミハイル。お前の気持ちは、俺が一番よくわかっている。」
フレデリックはリウを抱き寄せ、幼い弟を慈しむように背中をなでた。
「ううっ・・・兄上・・・」
リウはしばらくの間、フレデリックに抱かれて泣いていたが、自分から離れて、フレデリックとアルメリアに向き直った。
「僕は、どうしてミウが殺されなければならなかったのか、わからないのです。あんなに優しくて、一生懸命に生きていて、人のために命を捨てることだってできるのに・・・。魔物っていったい何ですか? 僕から見て、本当の魔物は父上だった。僕は、魔物について調べたいのです。」
それからリウは屋敷の図書室に籠り、すべての書物に目を通し、魔物について調べた。
しかし、翌日になっても求める文献に出会うことはなく、魔物について書かれていることは恐ろしいことばかりで、ミウのような善良な魔物の記述は一切見当たらなかった。
数代前の領主の日記を読んだときは、反吐が出る思いだった。
生け捕りにした魔物を、間違った認識の中、食事も飲み物も与えず、血を抜き殺してしまった。
もしかしたら、殺されたのは、ミウの先祖なのかもしれないと思う。
捕らえられた魔物が二日目から黙っていたのは、森に残した家族を守るためだったのかもしれない・・・。
昼頃、フレデリックが、明日バルケル伯爵が戻ってくることを知らせに来た。
帰って来るのはおそらく明日の夕方になるだろうから、それまでは、領地内の神殿の書庫を見せてもらうことにした。
翌日の夕方、結局何の収穫もなく神殿から帰って来たリウは、バルケル伯爵の帰りを待った。
本当は顔など見たくもなかったが、ミウを殺した事実を伝えたくて待っていた。
ほどなくして、バルケル伯爵が屋敷に戻って来た。
出迎えたのは、アルメリアとマリエッタと使用人たち。
バルケル伯爵は、アルメリアの顔一瞥し「この裏切り者が・・・」とアルメリアに聞こえるように呟いた。
「すぐにミハイルに、書斎に来るように伝えろ。」
「かしこまりました。」
アルメリアはバルケル伯爵の言葉に動じることはなく、いたって冷静に答えた。
リウが書斎に入ると、椅子に座って待っていたバルケル伯爵が、怒りの形相でリウを睨んだ。
「ミハイル、お前、わしの金をどこへやった? 半分なくなっていたではないか!」
顔をみるなり激しい怒りをぶつけてきた。
「はっ、呼ばれて来てみれば、会って早々、金の話とは・・・」
リウは呆れて笑ってしまった。
「何を笑っている。わしの金を返すのだ。」
「父上、あの褒美はミウのものです。ミウの血に対する褒美なんだから、ミウが使って当然でしょう? ですから、もう残っていませんよ。」
「バカを言うな。あの状態で魔物が金を使えるわけがないであろう。」
「僕はミウのために少しでも早く帰ろうと、お金を湯水のように使いました。馬を何頭も替え、御者も何人も雇い、普通なら高くて買えないような薬まで・・・。」
「だが、それぐらいでは全部の金を使うことなど、できないだろう?」
「僕は長い間森で暮らしていたので、常識というものがわからないのです。言われた金額をそのまま払っていたら、あっという間になくなりましたよ。だから、諦めてください。」
「くそっ、まあいい。お前はこれから大金持ちになるのだからな。」
「何故、僕が大金持ちに?」
「王女に十七本の血を飲ませたのだ。お陰で奇跡的に病気が完治した。医者も驚いていたぞ。王も涙を流して喜んでいた。」
「それと僕が、いったい何の関係があるのです?」
「まだわからぬのか。王女はお前に惚れている。王女の病気が完治したのなら、お前を婿に選ぶってことだ。だから、明日、お前も王都に行くのだ。王女に完治の祝いをするためにな。」
「はあ、まったく・・・」
リウはバルケル伯爵に呆れて、大きくため息をついた。
「父上、王女様はとても聡明な女性です。ほんの数回あっただけの僕を、伴侶に選ぶはずがないでしょう? 元気になったのなら、ご自分に相応しい相手を選ぶはずです。」
「お前は女心をわかっておらん。」
二人の会話は平行線のまま、空しい時間が過ぎて行った。




