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ミウとリウと曼殊沙華  作者: 矢間カオル


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48話 二人の家

馬車は宿場を通るたびに馬を替え、臨時に御者を雇い、休む間もなく走り続けた。

リウは金に糸目をつけず、少しでも早く着くのならと、言われるままに金を支払った。


その甲斐あって、馬車は二日目の昼過ぎにはバルケル伯爵領に着いた。


この間、リウはミウに砂糖水を飲ませ続けたが、ミウが目を覚ますことはなかった。


「アルメリア、もうすぐ屋敷に着くが、君は屋敷を出て父上から離れた方がいい。」


「私のことを心配してくれているのですね。ありがとうございます。ですが、私は出ていくつもりはありません。フレデリック様がいらっしゃいますから・・・。」


「君がそう言うなら、無理にとは言わないが・・・。実の息子の僕だって、魔物の呪いにかかったからと、生きたまま捨てられたくらいだ。あんなヤツのそばにいたら、君も何をされるかわかったもんじゃない。」


「あ、あの・・・、ミハイル様が・・・、生きたまま捨てられたと?」


「ああ、そうだ。僕は生きたまま棺に入れられて、ミウが僕を見つけて助けてくれたんだ。」


「あの・・・、お義父様をかばうつもりはありませんが、私は婚約者として、あの場にいたのです。お医者様がご臨終ですと言ったのを確かに聞きました。ですから、生きたまま・・・というわけではありません。」


「・・・そうなのか? 魔物の呪いにかかったら三日後には必ず死ぬことがわかっているから、死ぬ前に捨てに行ったのだと思っていた。記憶を思い出してから、父が魔物の呪いを毛嫌いしていたことを思い出して、確信に変わったのだが・・・」


「いえ、おそらく、一度死んだミハイル様が、棺の中で息を吹き返したのだと思います。」


「魔物の呪いで死んだ人間に、そんなことがあり得るのか・・・?」

リウの心の中に、新たな疑問が浮かび上がったが、馬車の到着と共に、それはかき消された。




馬車がバルケル伯爵の屋敷に着くと、フレデリックとマリエッタ、他にも使用人たちが集まってきた。


早すぎる帰還に皆が驚いていたのだが、「事情はアルメリアに聞いてください。」と一言残してリウは挨拶もせずに、急いで厩舎に向かった。


ミウと一緒に買った馬がここにいる。馬は、慣れ親しんだ飼い主が現れると、嬉しそうに嘶いた。


「僕たちを、あの家に連れて行ってくれ。」

リウはミウを自分の前に乗せ、落ちないように二人の身体をロープで縛りつけた。


死人のように血の気のないミウは、何をされてもぐったりとしたまま一度も目を開かない。

だが、まだ生きている。

消え入りそうに微かだが、まだ心臓が動いている・・・。


「ミウ、僕たちの家に帰ろう。だから、お願いだ。どうか死なないでくれ・・・」

リウは馬を走らせた。

何度も何度も家と町を往復した道を、ぽろぽろと涙を零しながら馬を走らせた。


森を抜け、曼殊沙華の草原を抜け、やっと二人の家に着いた。


病気になった日まで卵を産み落としていた鶏たちは、餌をくれない飼い主に愛想をつかしたのか、柵から逃げ出していた。


一ケ月ぶりに入る家の中はどうなっているのか、不安に感じながらミウを抱き上げ、家の中に入ってみると、不思議なことに、部屋の中のものは、二人が襲われたときのまま、何も変わらず残されていた。


連れ去られたのは一ケ月も前のことなのに、テーブルに乗っている目玉焼きも、ミウが焼いたパンも、切ったリンゴも半分に切ったオレンジも、みんな干からびていたが、きれいにそのまま残っていた。


だが、リウには、一ケ月ではなく、何年もたったような気がする。


「ミウ、着いたよ。僕たちの家だよ。」

リウはベッドにミウを寝かせて、両手で包むようにミウの手を握った。


「もう安心して、目を覚ましていいんだよ。ここには、ミウを傷つける人は誰もいない。だから、お願いだ。目を開けて・・・、ミウ・・・」


そのとき、うっすらとミウが目を開いた。


「ミ、ミウ!目を覚ましたんだね!ミウ!」


「・・・リウ・・・や・・と・・・あ・・えた・・。し・・・せ・・に・・・な・・て・・・」

小さ過ぎて声にならないかすれた声で、それだけ言うと、ミウはほんの少し開いていた瞼を閉じてしまった。


「ミウ、ミウ、ミウ、目を覚まして、目を開けて!」


この後、何度叫んでも、ミウが目を開けることはなかった。

心臓に耳を当てると微かに聞こえていた鼓動も聞こえなくなっていた。

微かに上下していた胸も動かない・・・。


「ミウ、約束したじゃないか。僕のために死んだらだめだって、絶対に僕のために命を粗末にしないって・・・、それなのに・・・ミウ、ミウ・・・ううっ・・」

ミウの手を握りながら、リウは泣き続けた。


「ああ・・・、ミウが、ミウが・・・、死んでしまった・・・。」


リウは、目の前にいるミウの死を、認めたくなかったが、受け入れるしかなかった。


リウは、家の周りに咲いている真っ赤な曼殊沙華の花を十本摘んできてミウの胸に供えた。


「ミウにとって、この花は大切な花だよね。あの世とこの世を結ぶ花・・・。そう言ってたよね。だから、どうか、ちゃんと天国に行ってくれ。」


リウは指を組み、静かに祈りを捧げた。


「ミウ、ごめん。僕はもう行くよ。ミウのこと、ずっとずっと愛してた。この思いはこれからもずっと変わらない。けど・・・、ミウが土になって消えていくのは見たくない。最後まで見届けなくてごめん。」


リウは部屋を出ると、二人の家のドアをパタンと閉めた。

そして愛馬に乗って家を後にした。


曼殊沙華の咲く草原は、ちょうど夕日が沈む寸前で、微かに残るオレンジ色の光に照らされながら、この日最後の赤色を輝かせていた。





リウは、屋敷に戻ると、図書室にこもり、片っ端から書物を調べ始めた。

バルケル伯爵家は、小さな田舎の領主であるけれど、思いのほか長く領主を務めており、それ故、図書室の蔵書は多い。




翌日の昼頃、フレデリックが図書室に現れた。


「ミハイル、探している書物は見つかったのか?」


「いや、まだです。どれもこれも、みんな判で押したように、同じことばかりが書かれています。魔物は人を食らう悪者としか書かれていないし、魔物を討伐した国王を賛辞する文献ばかりだ。」


「そうか・・・。魔物が決して悪い者ばかりではないことは、僕もミウを通して知ったのだが・・・。」


「兄上、ミウのこと、いろいろ世話をしてくれたそうですね。馬車の中で、アルメリアから聞きました。ありがとうございました。」


「いや、あれは僕がしたと言うよりも、ほとんどアルメリアがしてくれたことだから、礼はアルメリアに言ってくれ。」


「そうですね。本当にアルメリアには世話になりました。」


「ところで、話しは変わるが、あいつが、明日戻ってくると知らせがあった。お前をどこにも行かせず、家に閉じ込めておけと言っている。」


「まだ、そんなことを・・・」

兄と弟はバルケル伯爵の鬱陶しい顔を思い出し、怒りが込み上げてきた。


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