47話 本当の魔物
「ミウは・・・、ミウは・・・どうだった?」
リウは、苦しそうに顔を歪めてアルメリアに問う。
「ミウさんは、見ている私が辛くなるほど泣いていました。」
「ああ、僕はミウを傷つけてしまった。ミウとの約束を破ったも同然なのだから・・・」
「何か事情があったのですか?」
「王女様は、もうすぐ死んでしまうんだ。死ぬ前に形だけの結婚式を挙げたいと仰ってね。僕は新郎の代役をしたんだ。でも、それをミウに見せるなんて・・・」
「ミウさんは、ミハイル様と王女様が本当に結婚したのだと信じてしまって・・・。お義父様は、王女様の病気が治ればミハイル様が幸せになれると話したのです。そしたらミウさんが・・・、五本でも足りないのなら、もっとたくさん血を飲めばいいって、自分の血は特別だから、たくさん飲めば命の交換ができるって・・・」
「命の交換だって? 父上にそんなことを言ったのか・・・?」
「はい。ですから、お義父様は、きっと、もっとたくさんの血を・・・・、ああ、ミウさんが・・・」
アルメリアの瞳に涙が滲んだ。
「このままでは、ミウが・・・、ミウが・・・、死んでしまう・・・」
リウは、ガクガクと震えだし、足元から何かが崩れるような感覚に襲われた・・・
屋敷に戻ると、何も知らない警備中の騎士が立っていたが、アルメリアは無理に平静を装い「お疲れ様です。このまま警備を続けてくださいね。」と言い残してリウと屋敷の中に入った。
ドアを閉めたら、すぐリビングに向かって走りだす。
「ここです!この中にミウさんとお義父様がいます。」
リウが急いでドアをバタンと開けると、ちょうどバルケル伯爵が注射器を持って、ミウの腕に針を刺そうとしているところだった。
「父上、やめてくれ!」
リウは慌てて駆け寄り、すんでのところで注射器を掴み奪い取った。
奪った拍子に注射器は床に落ち、パリンと音を立てて割れた。
「ミハイル、何をする!貴重な注射器が割れてしまったではないか!」
バルケル伯爵の怒鳴り声が響いた。
それと同時に「ヒッ・・・」とアルメリアの息を飲む声が聞こえた。
「じゅ、十七本・・・」
テーブルの上には青い血で満たされた薬ビンが十七本置かれていた。
血を大量に抜かれたミウは、ソファに腰を掛けたまま、倒れて横になっている。
「ミ、ミウッ!!」
リウはミウに声を掛けたが返事はなく、顔に血の気はなく、雪のように真っ白になっている。
「父上、何故、このようなことを・・・、話が違うではありませんか。」
「何を言う。魔物が王女に飲ませればよいと、自分から血を差し出したのだ。」
「父上、あなたはミウにひどいことをしない、殺さないと約束したから、今まであなたの言いなりになっていたのに・・・」
「魔物の命と王女の命、どっちが大事かなんて、考えたらわかるだろう? それにな、これはお前のためでもあるんだ。魔物は、最後までお前の幸せを願っていたぞ。わははははっ」
バルケル伯爵の笑い声が、部屋を凍り付かせた。
「父上、あなたこそ、本当の魔物だ!」
「はっ、何を言う。良いか? 予定は変わった。明日、この薬をお前が王女に届けるのだ。」
「あなたは約束を破った。もうこれ以上、あなたの言いなりにはなりません。僕はミウと一緒に帰ります。」
リウは意識のないミウを抱き上げた。
「だめだ、お前は明日、王宮に行くのだ」
ミウを抱き上げて帰ろうとするリウを、バルケル伯爵が身体で止めようとした瞬間、
「動くな!」
リウの怒鳴り声が響いた。
「ちょっとでも動いたら、僕は、このテーブルを蹴り倒します。」
テーブルの上には青い血で満たされた十七本の薬ビンが置かれている。
「だめだ、だめだだめだ!」
バルケル伯爵は薬ビンを守るためにテーブルにしがみつき、薬ビンをかき寄せ腕に抱く。
「これだけは、絶対に割らせないぞ!」
「あなたは、そのままじっとしているといい。ですが、もし動いたり、騎士を呼べば、僕はあなたの身体ごとテーブルを蹴り倒します。」
「わ、わかった、わかったから・・・」
バルケル伯爵は、動かずに薬ビンを必死に守り続ける。
「出よう、アルメリア。」
「はい。」
アルメリアは、持ってきたスーツケースを二つ両手に抱え、ミハイルの後を追う。
部屋を出た後、アルメリアはスーツケースからタオルを取り出し、ミウの耳を隠した。
意識のないミウは人間の姿を保つことができず、大きな尖った耳が左右に飛び出していた。
「ありがとう。アルメリア。さあ、急ごう。」
待たせていた馬車に三人が乗り込むと、御者に領地に帰ることを伝えた。
「馬を何頭替えても良い、御者を何人雇っても良い、だから、全速力で領地に帰るんだ。金はいくらでもあるから・・・」
王からもらった褒美の半分を、リウは自分の懐に入れていた。
バルケル伯爵に明日帰ると聞かされてから、別の馬車を雇ってバルケル伯爵よりも早く帰れば、ミウを救うことができると思ってのことだった。
だが、こんな形で、褒美を使うことになろうとは・・・
「ミウ、ミウ、聞こえるか? 僕だよ。リウだよ。返事をして・・」
ミウを抱いたまま馬車の座席に座り、必死に話しかけているのだが、ミウの意識は戻らない。
耳元で話しかけても身体をゆすっても、まるで反応がない。
だが、心臓に耳を当てると、ゆっくりだが、微かに脈打つ音が聞こえる。とても微かに、今にも消え入りそうな音が・・・。
「ああ、ミウが目を覚まさない・・・。」
「ミハイル様、私はミウさんが血を抜かれた後は、砂糖水を飲ませていました。」
「ああ、僕も、それをしたことがある。」
「私、買ってきます。」
アルメリアは御者に食堂を見つけたら止まるように頼んだ。
そして、水の入った樽と砂糖、コップ、他にも食べられそうなものを見繕って買ってきた。
「ミハイル様も食べてくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
リウはコップに砂糖水を作って飲ませてみたが、意識のないミウは、口に入れても口の端から零してしまう。
リウはコップでは無理だと思い、また口移しで飲ませることにした。
「ミウ、頼むから飲んでくれ。」
少しずつ何度も何度も繰り返し、口移しで砂糖水を飲ませるのだが、以前のようにゴクリと飲んでくれなくて、口からこぼれる量も多くて・・・
どれだけミウが飲んでいるのかわからなかった。
「ミウ、ミウ、お願いだから、生きてくれ。死ぬんじゃない。」
リウの目には涙が溢れ、ぽたぽたとミウの顔に落ちては流れていく。
まるで、ミウさんも泣いているみたいだわ・・・
二人の泣き顔を見ているのが辛くて、アルメリアは視線を落とした・・・。




