44話 結婚式
グレースの控室で、花嫁衣装と花婿衣装で対面した二人であったが、これはあくまでも形だけの結婚式である。それ以上でもそれ以下でもない。
リウは、自分の役割だけを全うしようと考えていた。
「わたくしのわがままを受け入れてくださったこと、感謝いたしますわ。この世から消え去る前に、一つ夢を叶えることができて、わたくしは満足しております。ですが・・・、もっと、長く生きたかった・・・。」
グレースが遠い目をして、最後にとても小さなため息をついた。
「お、お嬢様・・・」
そばにいた侍女がブワッと涙をこぼして泣き出した。
「ううっ・・・お嬢様・・・」
「まあ、アンナ、わたくしのために泣いてくれるのね。でも、結婚式に涙は似合わないわ。さあ、あなたも式場に行って、笑顔でわたくしを見守ってちょうだい。」
「ううっ、お嬢様、失礼いたします。」
侍女は泣きながら控室を出て行った。
他の世話係たちも、すでに式場に行ったのだろう。
控室にグレースとリウだけが残された。
リウは、グレースと侍女のやり取りを見ていると涙が零れそうになったのだが、ぐっと我慢してグレースの前に跪いた。
「王女様、私は自分の役割をきちんと果たそうと思います。どうかそれが、王女様のお慰めになりますようにと願っております。」
「あなたは優しいのね。ありがとう。さあ、行きましょう。」
車いすに座っている王女グレースは、背筋を伸ばし、凛とした佇まいで前方を見つめた。その姿は美しく高潔で、死期が迫っているとは思えない力強さがあった。
リウはグレースの車いすを押して控室を出て、扉の外で控えていた侍従に案内されて神殿へと向かった。
アルメリアは、このプライベートな神殿内で、今から何が起こるのか想像はついていたが、心の中ではまだ半信半疑だった。
だが、すぐに現実を見せつけられることになる。
「新郎新婦のご入場です。」
入口から声が聞こえた。
振り向くと、車いすに乗ったウエディングドレスを身にまとった花嫁と、車いすを押している白いスーツ姿のリウがいた。
アルメリアは声を上げそうになったが、必死でこらえた。
― 声を出したり動いたりしたら、ミハイルが殺される ―
バルケル伯爵が話した意味を、この時ようやく理解した。
王族の結婚式を台無しにしてしまえば、不敬どころではすまないだろう。
ミハイルが責任を取らされることも、十分に考えられることなのだ。
アルメリアは、ただただ、驚き、目を瞠り、無言で結婚衣装を着ている二人を見つめていた。
リウは、わき目も振らずに目の前の女神像をまっすぐに見ていたので、アルメリアにもミウにも気づかぬまま、車いすを押して通路を歩き、神官の前で止まった。
神官が厳かな声で結婚式の開式を宣言した後、誓いの言葉の儀式に移った。
「新郎ミハイル・バルケル、あなたはここにいるグレース・アッシュリンドを、病める時も健やかなるときも富めるときも貧しきときも、夫として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「はい。誓います。」
「新婦グレース・アッシュリンド、あなたはここにいるミハイル・バルケルを、病める時も健やかなるときも富めるときも貧しきときも、妻として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います。」
「では、誓いのキスを。」
神官の声に促され、リウのかがんだ顔がグレースの顔に重なる。
式場内は、涙と嗚咽で異様な雰囲気に包まれていた。
彼女たちの中には、式場に入って来た時から泣いている者もいた。
一番遅く入って来た侍女は、ボロボロと涙を全開にして泣きながら入って来た。
新郎新婦が入ってくると、さらに泣きだす者が増えた。
グスグスとハンカチで目を押さえている者、嗚咽を押し殺して泣いている者。
だがそれは、決して主人の結婚を喜んで流す涙ではなく、余命いくばくかの哀れな主人を思い、悲しみの中で自然と流れる涙であった。
だが、何も聞かされていないアルメリアは、王女の死期が迫っていることも、何故リウとグレース王女が結婚することになったのかも知らず、皆が泣いている異様な雰囲気に背筋に冷たいものを感じていた。
しかし、隣を見たとたんに、その思いは消えた。
ミウがぼろぼろと涙を零して泣いていたのだ。
まるでこの世の終わりが来たかのように、大粒の涙をボロボロと流し続けている。
ウウッ・・・と、隣にいるアルメリアでさえも聞き取りにくい微かな嗚咽を漏らしているのは、声を出してはいけないと念押しされたことを守るために、必死になって声を押し殺しているからだろう。
ミウは神殿も結婚式も見るのは初めてであったが、今、ここで何が行われているのかは、はっきりとわかっていた。
リウが教えてくれたのだ。
結婚とは、お互いに愛し合う二人が、ずっとずっと愛し合うと神様に誓うことだと。
そしてリウはこうも言った。
― 僕たち、大人になったら結婚しよう ―
リウと結婚するのは、自分だと思っていた。それなのに、それは叶えられず、リウは別の女性を選んだ。
それが悲しくて悲しくて、ずっと涙が止まらず泣き続けていた。
神官の声が厳かに響いた。
「これにて結婚式を終わります。」
リウは車いすを押しながら、入って来た扉に向かって歩きだした。
リウが、ちらりと参列者に目をやると、皆ハンカチで涙を拭いながら泣いている。これ以上その姿を見てしまったら、自分も泣いてしまうかもしれない。
それが怖くて椅子に座っている人を見ずに、目の前の扉だけをまっすぐに見つめて歩いた。
だからアルメリアにも、茶色いカツラを被ってうつむき泣き続けているミウにも気が付かなかった。
結婚式が終わり、式場内にいる者たちがそれぞれの持ち場に戻る際に、バルケル伯爵はアルメリアのそばにやって来た。
「後から会いに行くから、先に宿で待っていろ。馬車を待たせているから、それに乗って行くんだ。」
それだけ言うと、バルケル伯爵は王の執事に会いに行った。
結婚式が終わった後に、国王ジョシュアと約束をしていたものをもらうために・・・。




