42話 夢
フレデリックは、隠し事をしている妻アルメリアのことを心配していた。
アルメリアの様子がおかしくなったのは、ミハイルが戻ってきてからだった。それとなく聞いてみたが、答えは適当に胡麻化されたように感じた。
もしかしたらミハイルが戻ってきたことと、何か関係があるのだろうか?と訝しんだが、アルメリアからこれといった報告はない。しいて言えば、ミハイルがこの屋敷にいなかった間の出来事を、ミハイルに話したことを聞いたくらいか・・・。
今まで献身的に尽くしてくれていたアルメリアのことを考えると、裏切られているとは思えなかった。何か言えないことがあるのなら、それは父に脅されていることも考えられる。
どうしたものかと思っていたら、父がミハイルを連れて王都に行くことになった。何故ミハイルを連れて行くのか疑問であったが、父が屋敷を空けることは朗報だった。
これで父を警戒せずに動くことができる。
早朝、父とミハイルは馬車に乗って王都に出発した。外に出て見送ることはしなかったが、二階の窓から出て行くのを確認した。
アルメリアの行動を隠れて見ていたら、食べ物を入れた籠とランタンをもって地下牢へと降りて行った。秘密は地下牢にあるのだと思ったから、自分もランタンを持ち、地下へと降りた。
そこでやっと、アルメリアが何をしていたのかを知った。
後でアルメリアに何故言わなかったのかと問い正したら、父から口止めされていたと答えた。
だが、それは彼女にかなりのストレスを与えていたようで、隠していることがとても辛くて、ばれて良かったと、これで夫に隠し事をせずに済むのだと思うとほっとしたと答えた。
アルメリアは、とてもまじめな性格で、夫の仕事にも愚痴一つこぼさずに協力的で、ミウの世話にも手を抜くことなく一生懸命なのは、彼女の責任感の強さと優しさからくるものなのだろうと思っていた・・・。
フレデリックはアルメリアが来ない執務室で、寂しさを感じながら仕事を終え、夕食も一人で食べた。一人で食事をするのは、一年ぶりのことだった。
夫婦の部屋にいつもいるはずの彼女はおらず、夜はベッドで一人横になった。
昨夜は、隣にアルメリアの温もりを感じていたのに、今はない。
寂しいと思うのは、僕のわがままだろうか・・・。
ミウがこの屋敷に来て、アルメリアの本当の気持ちを知ることができた。
政略結婚で仕方なくそばにいるのではなく、こんなろくでもない僕を愛していると言ってくれた。
まだジェシカのことを忘れられずにいる愚かな夫を愛していると・・・。
あのとき、涙を流してそう言ってくれたアルメリアを、思わず抱きしめてしまった。
この腕に初めて抱いたアルメリアは、壊れそうなほどはかなげで、僕が守ってあげなくては・・・そんな感情が湧きあがった。
フレデリックは自分の両手を見た。アルメリアを抱きしめたときに感じた温もりがよみがえってくる。
アルメリア、本当にこんな僕でもいいのだろうか・・・。
フレデリックはベッドから起き上がり、窓を開けた。見上げれば、夜空に満月が輝いている。
アルメリアも、この月を眺めていればいいのに・・・
ふとそんなことを思った。
その夜、僕は夢を見た。
僕とジェシカは十二歳の子どもだ。
二人手を繋ぎ、庭を散歩している。
ふと、視線を感じ、屋敷を見たら一階の窓から、茶色い髪の小さな女の子が茶色の大きな瞳をこちらに向けてじっと見ている。
六歳のアルメリアだ。
でも、見ているだけで、こちらに来ようとはしない。
ジェシカは僕の手を離し、アルメリアのそばに駆け寄る。
「あなたはアルメリアさんね。こちらにいらっしゃいな。一緒に遊びましょう。」
だけど、アルメリアは悲しそうに首を振る。
僕はジェシカの後を追い、一緒に窓辺に立った。
「ねえ、フレディー、窓から出るのはお行儀が悪いけど、アルメリアさんを外に出してあげましょうよ。」
ジェシカの言葉に弱い僕は、言われたとおりにアルメリアを抱き上げて窓から外に出した。
「ふふっ、一緒にお散歩しましょうね。」
ジェシカはアルメリアの手を繋ぎ、歩き始める。
「フレディー、あなたもアルメリアさんの手を繋いであげて。」
僕はアルメリアの手を繋ぎ、彼女を真ん中にして三人の散歩が始まった。
「ねえ、フレディー、アルメリアさんを大切にしてあげてね。」
ジェシカは最後にそう言うと、僕の目の前からふっと消えた。
残された僕とアルメリアは、驚いて空を見上げていたのだけれど、ジェシカの姿はそこになく、何故か僕の目から涙がぽろぽろと零れてきた・・・。
僕が朝目覚めたとき、頬に涙が流れた跡が残っていた。こんな僕を見たら、ジェシカはきっと笑うのだろう。
ねえ、ジェシー、僕はアルメリアと幸せになってもいいのだろうか・・・
なんとなく、どこかでジェシカが微笑んでいるような気がした。
話しは王都に戻る。
バルケル伯爵に言われた通り、理不尽には感じながらも、アルメリアはモスグリーンの使用人の服を着た。ミウの着替えを持ってきていたので、困ることはなかったが、理由も知らされずに使用人の姿になることに納得できないでいた。
ミウは昨日と同じ、使用人の服と茶色のカツラを被らせた。
支度が終わってしばらくすると、バルケル伯爵が馬車で迎えに来た。
「いったい私たちをどこに連れて行くのですか?」
「王宮だ。めったに入れない場所に連れて行くのだ。ありがたく思え。」
王宮に行くのに、使用人の服装で?
アルメリアはバルケル伯爵の真意がわからず、不安を抱えたまま馬車に揺られていた。




